山本雅基
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山本 雅基(やまもと まさき、1963年10月24日 - )は、日本の社会福祉事業家[1]。「一般社団法人ハートウェアタウン山谷実行委員会(CCRC)」「カトリック・ヨセフ・ピタウ大司教記念福祉会」代表。 元「認定NPO法人 きぼうのいえ」施設長、同施設を運営する特定非営利活動法人きぼうのいえ理事長を務めていた[2][3]。2018年6月をもって、特定非営利活動法人きぼうのいえを退職・退任した。
経歴
[編集]通信制の大学で西洋哲学を学び、20歳ころに日本基督教団で洗礼を受けた[5]。1985年、日本航空123便墜落事故の報道に接し、聖職者を志す[4]。その後、聖公会に転じて堅信礼を受けたが、さらにカトリックに改宗し、レデンプトール会の修道会志願者となって、上智大学神学部に学んだ[6]。しかし、司祭への道は断念することとなった[6]。
1995年、上智大学神学部卒業し、その後、難病の子どもと家族を支援する特定非営利活動法人ファミリーハウスの事務局長となる[2][4]。
2002年から山谷地区に移り、一時緊急宿泊施設「なかよしハウス」、高齢の生活困窮者を看取るホスピス「きぼうのいえ」を開設し[2][4]、「在宅ホスピスケア対応型集合住宅」という表現を新たに提唱して、高齢困窮者がホスピスケアを受けられる独居用アパートの運営にあたる[7]。
2008年、社会貢献支援財団より社会貢献者表彰を[2][4]妻・美恵とともに受けた[1]。2011年には毎日新聞社会事業団より毎日社会福祉顕彰を受けた[2][4][8]。
著書
[編集]- 東京のドヤ街・山谷でホスピス始めました。:「きぼうのいえ」の無謀な試み、実業之日本社、2006年
- 山谷でホスピスやってます。:「きぼうのいえ」、涙と笑いの8年間、実業之日本社、2010年(じっぴコンパクト新書)
関連作品
[編集]脚注
[編集]- ^ a b c “平成19年度 社会貢献の功績 山本 雅基・山本 美恵”. 公益財団法人 社会貢献支援財団. 2016年5月6日閲覧。
- ^ a b c d e f g “『ホームレスのホスピス』きぼうのいえ 山本雅基施設長のブログ”. 山本雅基. 2016年5月6日閲覧。
- ^ “きぼうのいえ”. きぼうのいえ. 2016年5月6日閲覧。
- ^ a b c d e f g h “代表プロフィール”. きぼうのいえ. 2016年5月6日閲覧。
- ^ 山本、2016、p.7:「とある有名大学の通信制に籍を置きました。そこで西洋哲学を勉強するのですが、… 私は日本基督教団で洗礼を受けた後、牧師になろうと思いました。」
- ^ a b 山本、2016、p.8:「日本基督教団から聖公会へ改宗し、堅信礼を受けて、聖公会の信者になりました。… 聖公会はやめたと言って、カトリックへ行って … レデンプトール会という半観想、半活動の修道会の志願者になりました。… 上智大学の新学部を受けて、28歳になってから合格ということになります。… 結果的に私は修道院長に話をして、「… 僕はやっぱり修道司祭になれそうにありません信者になります。それで一生やっていきます」と言った…」
- ^ “特集2 変わりはじめた“ドヤ”の街 山谷のホスピス「きぼうのいえ」” (PDF). (2008年3月28日). pp. 5-6 2016年5月6日閲覧。
- ^ “毎日社会福祉顕彰:重病者に最後の「希望」 台東のNPO・山本雅基さん受賞”. 毎日新聞・朝刊・東京. (2011年9月6日) - 毎索にて閲覧
- ^ a b 山本雅基. “山田洋次監督作品「おとうと」” (PDF). きぼうのいえニュースレター (2009年冬): p. 1 2016年5月6日閲覧。
- 山本雅基「東京・山谷でホスピスを始めて -NPO法人きぼうのいえ理事長・施設長が語る-」『人権』第24号、立教大学人権・ハラスメント対策センター、2016年、5-27頁。