コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

小泉清三郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

小泉 清三郎明治38年(1905年8月11日 - 没年不明)は、日本実業家。小泉商店代表社員[1]

経歴・人物

[編集]

大正12年(1923年島根県立商業学校[1]。鳥取県履物統制組合理事長[1]、同履物工業統制組合理事[1]、同屑ゴム利用製品統制組合理事長[1]米子商工会議所議員[1]米子市万能町町内会長等を歴任[1]万能神社総代[1]、瑞仙寺檀徒総代を兼任す[1]

趣味は読書[1]宗教禅宗[1]。住所は米子市万能町[1]

昭和9年(1934年)3月1日、万能町・小泉清三郎方より出火損害五千[2]

家族・親族

[編集]

小泉家

[編集]
(鳥取県米子市万能町[1]
明治40年(1907年)生[1] - 没

史料

[編集]

大正11年(1922年10月)『西伯之資力』によると、地価二百円以上納入者として、小泉清三郎履物製造、九百九十六円八十八銭)、河原仁十(魚類問屋業、四百七十八円五十四銭)の二人がみえ、所得税納入者は十七人、国税営業税納入者として次の十七人の名が記されている[3]

田子吉三郎(四百七十四円)[3]
加藤豊吉[4](百二十五円)[3]
小泉清三郎(百二十一円)[3]
河原仁十(七十円)[3]
大生合名会社(六十七円)[3]
岡房市(五十円)[3]
福島啓太郎(三十円)[3]
山崎久作(二十円)[3]
常田孝治(十九円)[3]
赤井熊太郎(十八円)[3]
藤丸スマ(十五円)[3]
北村正一(十五円)[3]
坂本えい(十一円)[3]
大村勝次郎(十二円)[3]
山本隆一(九円)[3]
出島鉄郎(八円)[3]
原田栄太郎(八円)[3]

脚注

[編集]
  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q 『新日本人物大観』(鳥取県版)1958年 コ…144頁
  2. ^ 『米子自治史』375頁
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r 『米子商業史』382頁
  4. ^ 元加藤商事会長加藤章の父