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宮城県女子専門学校 (旧制)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
宮城女専から転送)
宮城県女子専門学校
(宮城女専)
創立 1926年
所在地 宮城県仙台市
初代校長 雀部顕宜
廃止 1951年
後身校 東北大学農学部家政学科
同窓会 白楊会

宮城県女子専門学校 (みやぎけんじょしせんもんがっこう) は、1926年大正15年) に設立された公立の旧制専門学校女子専門学校)。

概要

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沿革

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前史

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宮城県女子専門学校

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  • 1926年3月18日: 専門学校令により宮城県女子専門学校設置認可 (文部省告示第139号)。
    • 予科・本科 (国文専攻・英文専攻) を設置。
    • 予科は修業年限1年で、4年制高女卒業者対象。本科は修業年限3年で、予科修了者・5年制高女卒業者対象。
  • 1926年3月26日: 宮城県、女専設置・第二高等女学校高等科廃止を通達 (宮城県令第28号)。
    • 県第二高等女学校高等科の校舎・敷地を女専に移管。
  • 1926年4月15日: 第1回入学式。
  • 1927年3月30日: 本科に家政科を増設。従来の本科を文科と改称。
    • 家政科に家事専攻・裁縫専攻を設置。
  • 1928年3月: 旧高等科の5回生卒業 (旧高等科廃止)。
  • 1929年3月: 宮城女専、第1回卒業。
  • 1930年6月1日: 家政科、予科を廃止し本科のみの3年制となる (宮城県令第33号)。
  • 1932年3月31日: 文科、予科を廃止し本科のみの3年制となる (宮城県令第20号)。
    • 文科研究科 (1年制) を設置。
  • 1934年4月29日: 校歌制定。『正しく強く美はしく』 (土井晩翠 作詞、信時潔 作曲)。
  • 1934年12月: 長町越路3番地 (八木山) の新校舎に移転。
  • 1937年3月20日: 文科の英文専攻、募集停止。
    • 1940年3月、在籍者卒業により英文専攻廃止。
  • 1938年3月16日: 文科研究科を国文研究科、本科文科を国文科と改称。
  • 1939年2月1日: 家政科 (家事専攻・裁縫専攻) を家事科・裁縫科に分科。
  • 1940年3月: 『女専明魂曲』 を第二校歌に制定 (加藤文友 作詞、黒沼幸四郎 作曲)。
  • 1944年2月29日: 本科に数学科を増設。既存学科を改称。
    • 国文科 → 国語科、家事科 → 保健科、裁縫科 → 被服科。
  • 1945年7月10日: 仙台空襲で校舎の一部を焼失 (北側校舎・寄宿舎分舎)。
  • 1946年9月: 研究科を廃止。
  • 1947年10月1日: 保健科を生活科と改称。
  • 1947年12月: 女子大学への昇格期成同盟結成。
  • 1948年5月22日: 新学制審議委員会、女専の東北大学への合併を審議。
  • 1949年3月: 東北大学農学部教授会、女専の併合を承認。
  • 1949年5月31日: 新制東北大学発足。
    • 宮城県女子専門学校は、農学部家政学科の母体となった。
    • 農学部家政学科の設置講座 (学内扱い): 第一講座 (被服学・住居学)、第二講座 (保健衛生学)、第三講座 (家庭経済学・社会福祉学)。
  • 1949年8月: 文部省、女専の東北大学への合併を承認。
  • 1949年9月: 女専校地に東北大学第三教養部設置。
  • 1950年12月: 農学部家政学科を農学部生活科学科と改称 (学内扱い)。
  • 1951年3月17日: 旧制宮城女専、最終卒業。
宮城県仙台向山高等学校にある記念碑(昭和26年3月31日閉校し、東北大学に合併)
  • 1951年3月31日: 旧制宮城県女子専門学校、廃止 (地大第22号)。

後史

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  • 1952年4月: 東北大学第三教養部を第一教養部に合併。農学部生活科学科の講座を改称 (学内扱い)。
    • 第一講座 (被服学・住居学) → (住居環境学・被服学)
    • 第二講座 (保健衛生学) → (保健栄養学)
    • 第三講座 (家庭経済学・社会福祉学) → (消費経済学・社会福祉学)
  • 1953年4月: 農学部生活科学科を5講座に改組 (学内扱い)。
    • 第一講座 (住居環境学)、第二講座 (被服学・材料学)、第三講座 (栄養科学)、第四講座 (食糧科学)、第五講座 (社会福祉学・消費経済学)。
  • 1960年4月: 農学部生活科学科を廃止し、農学部食糧化学科に改組 (文部省令第13号)。
    • 旧第一講座 (住居環境学) は工学部建築学科へ、旧第五講座 (社会福祉学・消費経済学) は文学部社会学科へ移管。
    • 省令による正式の講座を設置: 第一講座 (一般食品学)、第二講座 (食品分析学)、第三講座 (食品保蔵学)、第四講座 (栄養学)。

歴代校長

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宮城県第二高等女学校高等科校長
  • 初代: 小倉博 (1921年4月 - 1923年8月)
  • 第2代: 秋葉馬治 (1923年8月 - 1925年4月)
  • 第3代: 澄田福松 (1925年5月 - 1926年3月)
宮城県女子専門学校校長
  • 初代: 雀部顕宜 (1926年4月 - 1933年7月)
  • 第2代: 三矢英松 (1933年7月 - 1944年10月21日死去)
  • 校長事務取扱: 飯野哲二 (1944年10月 - 1945年3月)
  • 第3代: 羽生隆 (1945年5月 - 1949年9月)
  • 第4代: 高柳真三 (1949年9月 - 1951年3月)
    • 東北大学第三教養部長 (兼任)

校地の変遷と継承

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創立当初は母体となった宮城県第二高等女学校 (現・宮城県第二女子高等学校、仙台市若林区連坊) の校地を使用したが、1934年に市内長町越路3番地 (現・太白区八木山緑町) に新校舎が完成し、移転した。八木山校地は後身の東北大学に継承され、第三教養部が設置された。1952年4月、第三教養部は第一教養部に合併し、跡地は国立仙台電波高等学校 (現・仙台電波工業高等専門学校) の校地となった (のちに移転)。1975年4月には宮城県仙台向山高等学校が設置され、現在に至っている。

旧制女専時代の校舎は、第二次世界大戦後も長期間残っていたが、1984年7月に解体された。

著名な出身者

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関連書籍

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  • 宮城県女子専門学校史編集委員会(編) 『宮城県女子専門学校史』 宮城県女子専門学校同窓会白楊会、1986年7月。
  • 東北大学農学部創立50周年記念事業実行委員会(編) 『東北大学農学部五十年の歩み』 東北大学農学部同窓会、1997年9月。

関連項目

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外部リンク

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