守口市立滝井小学校
表示
この記事の主題はウィキペディアにおける独立記事作成の目安を満たしていないおそれがあります。 (2010年10月) |
守口市立滝井小学校 | |
---|---|
北緯34度43分46秒 東経135度33分27秒 / 北緯34.729361度 東経135.557417度座標: 北緯34度43分46秒 東経135度33分27秒 / 北緯34.729361度 東経135.557417度 | |
過去の名称 |
守口尋常高等小学校分教場 大阪府北河内郡守口第二尋常小学校 大阪府北河内郡瀧井国民学校 守口市立瀧井国民学校 |
国公私立の別 | 公立学校 |
設置者 | 守口市 |
設立年月日 | 1923年7月 |
閉校年月日 | 2014年3月31日 |
共学・別学 | 男女共学 |
所在地 | 〒570-0074 |
大阪府守口市文園町9番地32号 | |
外部リンク | 守口市立滝井小学校 - ウェイバックマシン |
ウィキポータル 教育 ウィキプロジェクト 学校 |
守口市立滝井小学校(もりぐちしりつたきいしょうがっこう)は、大阪府守口市にあった公立小学校。
敷地内に守口市立ふみぞの幼稚園が設置されており、校舎を共用していた(ただし、内部では繋がってはいない)。
沿革
[編集]- 1923年(大正12年)7月 - 守口尋常高等小学校の分教場として開設
- 1931年(昭和6年)4月 - 大阪府北河内郡守口第二尋常小学校として独立する
- 1934年(昭和9年)9月21日 - 室戸台風による暴風雨で木造校舎二棟が倒壊[1]
- 1941年(昭和18年)4月 - 大阪府北河内郡瀧井国民学校と改称
- 1945年(昭和20年) - 土居小学校を分離
- 1946年(昭和21年)11月 - 守口市立瀧井国民学校と改称
- 1947年(昭和22年)4月 - 守口市立瀧井小学校と改称
- 1957年(昭和32年)4月 - 守口市立春日小学校が分離
- 2014年(平成26年)3月 - 閉校(敷地・校舎は滝井小学校と春日小学校の統合校である守口市立さつき小学校に引き継がれた)[2]
- 2017年(平成29年)4月 - 義務教育学校である守口市立さつき学園が開校
交通
[編集]通学区
[編集]- 守口市
- 京阪本通1丁目(市道守口8号線及び市道守口46号線以西の区域)、豊秀町1丁目(市道守口46号線以西の区域)、日吉町1丁目(市道守口46号線以西の区域)、金下町1丁目(市道守口46号線以西の区域)、平代町(市道守口46号線以西の区域)、文園町(市道守口46号線以西の区域)、梅園町(府道大阪内環状線以西の区域)、長池町(府道大阪内環状線以西の区域)、大門町、寿町、紅屋町、滝井元町1~3丁目、滝井西町1~3丁目、馬場町2丁目9番・3丁目(12番・13番・14番の区域)[2]
関連項目
[編集]脚注
[編集]- ^ 高潮の阪神沿道で三百人行方不明『大阪毎日新聞』昭和9年9月22日号外(『昭和ニュース事典第4巻 昭和8年-昭和9年』本編p230 昭和ニュース事典編纂委員会 毎日コミュニケーションズ刊 1994年)
- ^ a b 守口市教育委員会 2013, p. 9.
参考文献
[編集]- 守口市立小中一貫校施設整備実施計画(平成25年2月 守口市教育委員会) - ウェイバックマシン(2018年4月24日アーカイブ分)