太田清之助
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太田 清之助(おおた せいのすけ、1909年(明治42年)1月19日 - 1989年(平成元年)2月26日[1])は、日本の実業家。元・博多大丸会長。元・大日本麦酒技師[2]。
第一徴兵保険(後の東邦生命保険)社長、衆議院議員、貴族院議員などを務めた四代目太田清蔵の四男。東邦生命保険社長五代目太田清蔵の弟[2]。元・自民党衆議院議員太田誠一、ホテル日航福岡社長太田輝幸の実父。妻・俊子は商工大臣、農林大臣、大蔵大臣など歴任した櫻内幸雄の三女。
経歴・人物
[編集]福岡県福岡市出身[3]。旧制福岡高等学校理科甲類を経て、1933年に九州帝国大学農学部農芸化学科を卒業[3][4]。大日本麦酒に入り1938年、兵役[3]。1946年香椎農園、1949年日東食品を各経営[3]。1951年、前二事業を閉鎖[3]。1952年1月、東邦生命嘱託となる[3]。同年12月、博多大丸常務取締役[3]。趣味はゴルフ、写真、清元小唄[3]。宗教は曹洞宗[3]。住所は福岡市早良区城西。
家族・親族
[編集]- 太田家
脚注
[編集]参考文献
[編集]- 九州帝国大学編『九州帝国大学一覧 昭和9年』九州帝国大学、1934年。
- 人事興信所編『人事興信録 第13版 上』人事興信所、1941年。
- 広瀬弘『大衆人事録 第二十三版 西日本編』帝国秘密探偵社、1963年。
- 『「現代物故者事典」総索引 : 昭和元年~平成23年 1 (政治・経済・社会篇)』日外アソシエーツ株式会社、2012年。