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天安聖居山慰礼城

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
天安聖居山慰礼城
(市道記念物第148号 天安聖居山慰礼城)
各種表記
ハングル 천안성거산위례성
漢字 天安聖居山慰禮城
発音 チョナンソンゴサニレソン
日本語読み: てんあんせいきょさんいれいじょう
文化観光部2000年式
マッキューン=ライシャワー式
Cheonan Seonggeosan Wiryeseong
Ch'ŏnan Sŏnggŏsan Wiryesŏng
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天安聖居山慰礼城の位置(大韓民国内)
天安聖居山慰礼城
天安聖居山慰礼城
天安聖居山慰礼城
天安聖居山慰礼城の位置(忠清南道内)
天安聖居山慰礼城
忠清南道内での位置

天安聖居山慰礼城(チョナン・ソンゴサン・ウィレソン、朝鮮語: 천안 성거산 위례성)は忠清南道天安市東南区北面、慰礼山頂上にある山城である。1998年7月25日大韓民国忠清南道の記念物第148号に指定された。

この山城は海抜525.9mである慰礼山頂上に築き上げている縁山式山城で、周囲は950m程である。城壁は、土石混築工法の2重構造で成り立っている。

土と石を混合して築いた部分は、自然岩盤を平坦に均した後、1.5m幅に2列に石を平行に積み重ね、その上に土と砂利および瓦のかけらを混ぜて築いた。現在残っている城壁の高さは1.5m程である。石で築いた城壁は傾斜が急な40m区間にだけ残っているが、主として自然割石で築いてあって、現在、高さ4m程である。

この城は『三国遺事』の記録によって、百済都邑地だった慰礼城と見なされることもあったが、都邑城だと見るよりは、国防のための山城と見られていて、築いた時期も三国時代後期と推定される。

参考資料

[編集]

座標: 北緯36度52分45秒 東経127度15分05秒 / 北緯36.87911度 東経127.25133度 / 36.87911; 127.25133 (天安聖居山慰礼城)