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大沢基実

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 
大沢基実
時代 江戸時代前期
生誕 貞享4年(1687年
死没 元禄13年6月2日1700年7月17日
改名 長利→基実
別名 友太郎、右近
戒名 智英
幕府 江戸幕府 旗本
主君 徳川綱吉
氏族 持明院家庶流大沢氏
父母 父:大沢基明、母:本庄宗資の娘
兄弟 基実基隆近藤昔用、女子
養子:英晴
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大沢 基実(おおさわ もとざね)は、江戸時代前期の旗本

略歴

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貞享4年(1687年)、高家旗本大沢基明の長男として誕生した。母は本庄宗資の娘。

元禄4年(1691年)に父基明の死去により4歳で家督を相続し寄合に列した。

元禄12年(1699年)に初めて徳川綱吉御目見えしたが、翌13年(1700年)に14歳で早世した。

基実には後継者がいなかったため采地2千石は収公されたが、母方の大伯母にあたる桂昌院の要請で、基実の従兄弟である英晴内藤信常の子)が3百俵を与えられ家名を継いだ。

参考文献

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