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大母音推移

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

大母音推移(だいぼいんすいい)とは、イングランド言語である英語の歴史上、中英語期後期(1400年代初頭)にはじまり、近代英語期(1600年代前半)に入って完了した、母音体系の一連の歴史上の変化(→英語の音韻史)である[1]。最初に研究を行った言語学者オットー・イェスペルセンによる英語の術語Great Vowel Shiftの直訳。母音大推移ともいう[2]

概要

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母音
前舌 前舌め 中舌 後舌め 後舌
i • y
ɨ • ʉ
ɯ • u
ɪ • ʏ
ɪ̈ • ʊ̈
ɯ̽ • ʊ
e • ø
ɘ • ɵ
ɤ • o
 • ø̞
ə • ɵ̞
ɤ̞ • 
ɛ • œ
ɜ • ɞ
ʌ • ɔ
æ • 
ɐ • ɞ̞
a • ɶ
ɑ • ɒ
広めの狭
半狭
中央
半広
狭めの広
記号が二つ並んでいるものは、左が非円唇、右が円唇
国際音声記号 - 母音

英語は、中英語期に、強勢のある長母音の舌の位置が一段ずつ高くなり、これ以上高くなることのできない [iː] [uː] はいわゆる「音割れ[3]を起こして二重母音化した[1]。このため、該当する英単語の発音と綴り(スペル)が一致しない現象の大きな原因となった。

この大母音推移以前は英語の綴りはその発音にほぼ忠実で、他の言語とほぼ同様に「発音と綴り」の一致関係があった。一例を挙げるならば日本におけるローマ字の読み方に近かった。しかし大母音推移後は綴りと発音との一定のずれが生じた。

その後、15世紀中頃以降の活版印刷の技術向上と、それに付随した書物等の文書の普及などに伴って、語の綴りは固定化される一方で、発音だけが変化を続けて、現在のようなずれがみられるようになった。

主な母音変化

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母音変化の推移
  • 長母音 [aː] は、二重母音→[eɪ] への変化。
    (nameなど。「ナーメ」→「ネィム」)
  • 長母音 [εː][eː] は、長母音 [iː] への変化。
    (feelなど。「フェール」→「フィール」)
  • 長母音 [iː] は、二重母音 [aɪ] への変化。
    (timeなど。「ティーメ」→「タィム」)
  • 長母音 [ɔː] は、二重母音 [oʊ] への変化。
    (homeなど。「ホーメ」→「ホゥム」)
  • 長母音 [oː] は、長母音 [uː] への変化。
    (foolなど。「フォール」→「フール」)
  • 長母音 [uː] は、二重母音 [aʊ] への変化。
    (nowなど。「ヌー」→「ナウ」)

注)

  • 例には発音記号のほかに、それに近いカタカナ表記を併記した。ただし、英語と日本語との発音が異なるため、あくまで目安としての近似的な発音である。
  • 例として挙げた単語は、あくまでも「例」として、現在の発音とその綴りから類推し再現したもののため、当時完全には成立していない語や、現在と意味や用法の異なる語も含まれる。
  • 当時から英単語として存在する語のうち、語末の"e"は、現在はほとんど発音されない黙字のため、カタカナ表記もそれに従った。ただしこの現象は、「大母音推移」の部分とは関連のない変化である。

ea, oaはそれぞれe, oの広音を表していた。

原因

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わずか200〜300年という短期間にこれほどの変化が起きた原因は特定されておらず、現在も謎のままであるが、以下のような説がある。

黒死病による人口移動
黒死病後のイングランド北部から南東部への急速な人口移動によりアクセント混合が起こり、標準的なロンドンの言語の変化が起こったとする説。黒死病により少数の知識階級の人々が死んだため、大多数を占める下層階級の人々の間で使われていた発音が表に出てきたという説もある[4]
フランス語の外来語
フランス語由来の外来語彙の流入が主要因とする説[5]
中産階級による過剰修正
中産階級の間でフランス語の発音の威信が高まり(この時期にイングランドの貴族がフランス語から英語に使用言語を切り替えたことに関連)、フランス語の発音の不正確な模倣により生じた過剰修正が原因であるとする説[6]
フランスとの戦争
フランスとの戦争による反フランス感情から、英語をフランス語のように聞こえないよう意図的に過剰修正をしたとする説[7]

脚注

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  1. ^ a b 寺澤盾『英語の歴史 過去から未来への物語』中央公論新社、2008年、104-109頁。ISBN 9784121019714 
  2. ^ 『現代英語学辞典』石橋幸太郎(編集代表)(初版)、成美堂、1973年1月、672頁。 
  3. ^ 『現代英語学辞典』石橋幸太郎(編集代表)(初版)、成美堂、1973年1月、134頁。 
  4. ^ 英語のつづりと発音が違う意外な「歴史的事情」
  5. ^ Millward, C. M.; Hayes, Mary (2011). A Biography of the English Language (3rd ed.). Wadsworth Publishing. p. 250. ISBN 978-0495906414. https://books.google.com/books?id=nC4_1z292jUC 
  6. ^ Nevalainen, Terttu; Traugott, Elizabeth Closs, eds (2012). The Oxford Handbook of the History of English. Oxford University Press. p. 794. ASIN B009UU4P66. https://books.google.com/books?id=v92EdN2fLWkC 
  7. ^ Asya Pereltsvaig (Aug 3, 2010). “Great Vowel Shift — part 3”. Languages of the World. 2021年1月3日閲覧。

参考文献

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  • Fausto Cercignani: Shakespeare's Works and Elizabethan Pronunciation. Clarendon Press, Oxford 1981.
  • E. J. Dobson: English Pronunciation 1500-1700. 2. Auflage, 2 Bnde, Clarendon Press, Oxford 1968.
  • Manfred Görlach: Einführung in die englische Sprachgeschichte. München, 1994.

関連項目

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