多田晃
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履正社高等学校硬式野球部 監督 | |
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基本情報 | |
国籍 | 日本 |
出身地 | 大阪府 |
生年月日 | 1978年5月20日(46歳) |
選手情報 | |
ポジション | 捕手 |
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
選手歴 | |
指導者歴 | |
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この表について
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多田 晃(ただ あきら、1978年5月20日[1] - )は、大阪府出身[1]の高校野球指導者、社会科[1]・情報科[2]教諭。
経歴・人物
[編集]学生時代は履正社高校で、岡田龍生監督(現:東洋大姫路監督)の下、捕手としてプレーし、主将も務めた[2]。高校卒業後の1997年からは東芝の工場で冷蔵庫をつくりながら、同社の軟式チームでプレーした。仕事と軟式野球の合間を縫って、高校卒業後も履正社の練習に顔を出していた[3][4]。
工場勤務の傍らで佛教大学の通信教育課程を卒業し、教員免許を取得。桜宮高校での非常勤講師を経て、2007年より母校・履正社の教員となる[1]。
履正社の硬式野球部では、2006年からコーチ、2021年から部長を歴任[2]。2022年3月の岡田の監督退任に伴い、4月より監督に就任した[5]。監督としての指導方針については、岡田監督の影響を挙げており、生徒たちと密にコミュニケーションを取ることを重要視している[3]。
同年秋の近畿大会ではベスト8に進出し、2023年の第95回記念選抜高校野球大会への出場を勝ちとった[6]。
2023年夏、選手権大阪大会では、決勝で大阪桐蔭に勝利し、第105回記念選手権大会への出場を勝ち取った[7]。夏の大阪大会で、履正社が大阪桐蔭を破るのは、岡田監督が指揮を執っていた2020年の独自大会以来で、甲子園出場につながる大会に限ると、同じく岡田監督時代の1999年以来24年ぶり[8]。決勝での大阪桐蔭との対戦は過去5回あり、この年まで履正社が4連敗している中での勝利[9]、という快挙であった。
教え子
[編集]出典
[編集]- ^ a b c d 【青春って密…センバツ有力校密着!】異色指揮官率いる履正社 多田晃監督が熱き誓い!岡田前監督に恩返し サンスポ2022年12月8日付配信記事
- ^ a b c 「シン履正社率いる「兄貴」 甲子園初采配の多田晃監督 センバツ」『毎日新聞』2023年3月24日。2023年6月23日閲覧。
- ^ a b “「履正社は大丈夫か?」と不安の声も。名将・岡田龍生のあとを継いだ新指揮官の思い|高校野球他|集英社 スポルティーバ 公式サイト web Sportiva”. 集英社のスポーツ総合雑誌 スポルティーバ 公式サイト web Sportiva. 2023年1月29日閲覧。
- ^ 「工場から甲子園へ 一度あきらめた指導者の道、人生変えた1本の電話」『朝日新聞』2023年3月24日。2023年6月23日閲覧。
- ^ Company, The Asahi Shimbun. “甲子園13回の履正社・岡田監督が母校の東洋大姫路へ 後任は現部長 | バーチャル高校野球 | スポーツブル”. バーチャル高校野球. 2023年1月29日閲覧。
- ^ “【センバツ】準優勝2度の履正社、甲子園初采配の多田監督は打倒・大阪桐蔭を宣言 - スポニチ Sponichi Annex 野球”. スポニチ Sponichi Annex. 2023年1月29日閲覧。
- ^ “履正社が“5度目の正直”で大阪桐蔭に勝利!19年以来5度目の甲子園へ 背番号10・福田が完封 - スポニチ Sponichi Annex 野球”. スポニチ Sponichi Annex. 2023年8月8日閲覧。
- ^ 柏原誠. “30日大阪決勝は大阪桐蔭vs履正社のライバル対決に 夏は12勝3敗と大阪桐蔭が圧倒/大阪 - 高校野球夏の地方大会 : 日刊スポーツ”. nikkansports.com. 2023年8月8日閲覧。
- ^ 柏原誠. “30日大阪決勝は大阪桐蔭vs履正社のライバル対決に 夏は12勝3敗と大阪桐蔭が圧倒/大阪 - 高校野球夏の地方大会 : 日刊スポーツ”. nikkansports.com. 2023年8月8日閲覧。