多治比八千足
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時代 | 平安時代初期 |
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生誕 | 不明 |
死没 | 不明 |
官位 | 従五位上・下総守 |
主君 | 桓武天皇→平城天皇 |
氏族 | 多治比真人 |
多治比 八千足(たじひ の やちたり)は、平安時代初期の貴族。姓は真人。官位は従五位上・下総守。
経歴
[編集]従五位下に叙爵後、延暦16年(797年)少納言に任ぜられる。桓武朝末の延暦24年(805年)従五位上に叙せられ、延暦25年(806年)少納言に再任する。
平城朝に入り、大同3年(808年)みたび少納言に任ぜられるが、まもなく大蔵大輔に遷り、翌大同4年(809年)には下総守として地方官に転じた。
官歴
[編集]『日本後紀』による。
- 時期不詳:従五位下
- 延暦16年(797年) 2月15日:少納言
- 延暦24年(805年) 3月14日:従五位上
- 延暦25年(806年) 2月10日:少納言
- 大同3年(808年) 7月9日:少納言。9月5日:大蔵大輔
- 大同4年(809年) 3月11日:下総守