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昭儀夏氏(しょう ぎかし、? - 1115年)は、北宋の徽宗の妃嬪。
初め端王趙佶(後の徽宗)の側女を務めた。端王は若い頃から女色家で、18歳で皇帝に即位する以前に、側室や側女などがすでに48人いた[1]。端王が皇帝に即位した後、夏氏は初め典闈(皇帝の側女、正七品)となり、建中靖国元年12月(西暦で1102年)に安定郡君に封ぜられた。政和元年(1111年)6月24日、才人にいたった。
政和5年(1115年)11月、薨去し、昭儀(嬪、正二品)を追贈された。
- ^ 『続資治通鑑長編』