堀川小百合
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獲得メダル | ||
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パラリンピック | ||
銅 | 1984 | 車いすバスケットボール |
銅 | 2000 | 車いすバスケットボール |
堀川 小百合(ほりかわ さゆり、1963年2月19日、大分県出身)は、車いすバスケットボールのパラリンピック銅メダリスト。20年以上に渡り日本代表として活躍。現在は、日本車椅子バスケットボール連盟の女子車椅子バスケットボール連絡委員会、育成部長を務める。
来歴・人物
[編集]バレーボールに打ち込むスポーツ少女だったが、高校2年の時に交通事故に遭い、車いす生活となった。別府市のオムロン太陽(株)に入社後、社員が加入していた男子車いすバスケットボールの監督から「全日本女子チームに入れば世界遠征で海外へ行ける」と言われたことがきっかけで練習を開始。毎日古タイヤを引っ張って車いすで走り、19歳で車いすバスケ女子の日本代表に選出された。また車いすマラソンにも取り組み、1981年、日本人女性として初めて車いすでハーフマラソンを完走した3人の1人となった。25歳で結婚、2児の母である。現在は、自身の経験を生かした講演活動を積極的に行っている。
車いすバスケット
[編集]ポジションはガード 、持ち点 2.0
- 1984年 ニューヨーク・ストークマンデビルパラリンピック代表(1984年のロサンゼルスオリンピック時)(銅メダル)
- 1988年 ソウルパラリンピック代表(辞退)
- 1992年 バルセロナパラリンピック代表(6位)
- 1996年 アトランタパラリンピック代表(5位)
- 2000年 シドニーパラリンピック代表 (銅メダル)
シドニーパラリンピック
[編集]女子3位決定戦においては、若手中心のチーム編成のため控えに回り応援に徹していた。しかし残り時間が少なくなった時、長年チームを支えてきたベテラン3人(主将の塚本京子(群馬)、堀川、南川佐千子(長崎)がコーチの計らいにより選手交代で同時に投入され、コート上で試合終了のブザーを聞くことができ、抱き合って喜びを分かち合った。
車いすマラソン
[編集](すべて大分国際車いすマラソン大会)
- 1981年 ハーフ(日本人3位)日本人女性として初めてハーフマラソンを完走した3人のうちの1人。
- 1982年 ハーフ(日本人3位)
- 1983年 ハーフ(日本人3位)
- 1984年 ハーフ(日本人2位)
- 1985年 フル リタイア
- 1986年 3時間06分14秒 女子5位 日本人2位
- 1987年 フル リタイア
- 1990年 ハーフ完走
- 1991年 ハーフ完走
- 1992年 ハーフ完走
- 1994年 ハーフ完走
- 1997年 ハーフ完走
その他
[編集]2004年公開の車いすバスケ映画「ウイニング・パス」(松山ケンイチ主演)が大分県別府市の社会福祉施設「太陽の家」で撮影された際、アシスタントコーチとしてエキストラ出演している。