堀内半三郎
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堀内 半三郎(ほりうち はんざぶろう、1852年2月20日(嘉永5年2月1日[1][2]) - 1937年(昭和12年)7月7日[3])は、明治から大正時代の政治家、銀行家、実業家。貴族院多額納税者議員。
経歴
[編集]大地主、製茶業[2]・堀内知雄の二男[2]として駿河国富士郡吉原宿(吉原町、吉原市を経て現富士市)に生まれる[1]。明治4年6月(1871年)に分家した[2]。1883年(明治16年)以降、静岡県会議員のほか、吉原銀行取締役、興業銀行頭取、原田製紙、富士電気、富士軌道各社長を歴任した[3]。
1911年(明治44年)静岡県多額納税者として貴族院議員に互選され、同年9月29日[4]から1918年(大正7年)9月28日まで在任した[3]。
脚注
[編集]参考文献
[編集]- 清田伊平 編『日本ダイレクトリー : 御大典紀念』甲寅通信社編集部、1915年 。
- 東洋新報社編『大正人名辞典 第3版』東洋新報社、1917年。
- 衆議院、参議院 編『議会制度七十年史 第1』大蔵省印刷局、1960年 。