坂元英俊
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坂元 英俊(さかもと ひでとし、1863年7月28日(文久3年6月13日)[1] - 1956年(昭和31年)2月14日[2])は、日本の政治家、衆議院議員(4期)。
経歴
[編集]宮崎県出身[2]。慶應義塾で学ぶ。農業を営む。庄内村(のち庄内町→荘内町→都城市)会議員、宮崎県会議員、同常置委員、徴兵参事員、陸軍省雇員、台湾総督府台中県属、宮崎県畜産組合長、中央事務所長、北諸県郡会議員、県産牛馬組合連合組合長となる[2]。
1902年の第7回衆議院議員総選挙において宮崎県から立憲政友会公認で立候補して当選した[3]。以来当選4回。1912年の第11回衆議院議員総選挙には出馬しなかった。1956年に死去した。
脚注
[編集]参考文献
[編集]- 日本国政調査会編『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』国政出版室、1977年。
- 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。