国分宿
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国分宿(こくぶしゅく)は、かつて相模国高座郡国分村(現・神奈川県海老名市国分南)にあり、大山道(矢倉沢往還)と八王子道(藤沢道)が通っていた宿場(継立場)[1]。
江戸時代には東海道戸塚宿の助郷(夫役という、労働課役を課された村落のこと)に指定されていたが、1867年(慶応3年)3月の国分宿駅の新設により免除された[2][3]。国分村には旅館、料亭、居酒屋、雑貨屋などがあり、明治30年代の頃が最盛期であったといわれる[4]。1910年(明治43年)3月19日に大火に見舞われた(国分の大火)[2]。
名所・旧跡
[編集]- 大山道の道標 - 天明年間に設置された道標が、相模国分寺(現寺院)の境内に所在している。
- 海老名の大ケヤキ - 神奈川県指定天然記念物(1954年(昭和29年)指定)で、幹周り9.2メートル、高さ12メートル、樹齢約560年(または1300年)の大木である。指定時点では20メートルを超える樹高があったが、戦後の度重なる落雷のため上部が崩れ、半分以下の高さとなったとされる[6]。
- 新道稲荷社 - 江戸期の大山道(矢倉沢往還)は社前を通っていたとされる[4][7]。
交通アクセス
[編集]鉄道
隣の宿場
[編集]厚木宿との間の相模川には、厚木の渡しがあった[9]。
ギャラリー
[編集]-
国分の辻の庚申塔
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国分寺境内の大山道道標
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海老名の大ケヤキ
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新道稲荷社
出典
[編集]- ^ 海老名市 編『海老名市史7 通史編 近世』2001年。
- ^ a b 海老名市教育委員会 編『郷土の史料 再版』1980年。
- ^ 海老名市 編『海老名市史3 資料編 近世1』。
- ^ a b 池亀茂『大正初期郷土の実態』1991年。
- ^ 海老名市教育委員会 編『海老名の庚申塔』海老名市教育委員会、1996年、43頁。
- ^ 海老名市教育委員会 編『海老名市史跡文化財写真ガイド ふるさとの歴史と文化遺産』2004年。
- ^ 海老名市文化財課 編『えびなの歴史 海老名市史研究 第15号』2005年。
- ^ 『神奈川県史研究 第19号』神奈川県史編集委員会、1973年。
- ^ 川崎市大山街道ふるさと館 編『訪ねて楽しい大山街道』2012年、35頁。
関連項目
[編集]座標: 北緯35度27分12.7秒 東経139度23分59.8秒 / 北緯35.453528度 東経139.399944度