四宮有信
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四宮 有信(しのみや ゆうしん、1856年5月19日(安政3年4月16日[1]) - 1903年(明治36年)12月12日[2])は、日本の政治家、衆議院議員(4期)。
経歴
[編集]下総国印旛郡新橋村[注釈 1](のち千葉県印旛郡富里村→富里町→富里市)出身[1]。鹿山中学校(現・千葉県立佐倉高等学校)で学び[1]、後に漢籍を学ぶ[1][2]。農業を営み[2]、学務委員、七栄村(現・富里市)外十二ヶ村戸長[1]、印旛郡徴兵参事員[1][2]、千葉県会議員となる[1][2]。また、房総馬車会社を経営した[2]。
1894年3月の第3回衆議院議員総選挙において千葉2区から立憲改進党公認で立候補して初当選する[3]。以来1898年8月の第6回衆議院議員総選挙まで連続4回当選した。1902年の第7回衆議院議員総選挙は不出馬。翌1903年に死去した。
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 『衆議院議員列伝』529頁では「富里村新橋」。
出典
[編集]参考文献
[編集]- 『衆議院議員列伝』山崎謙編、衆議院議員列伝発行所、1901年。
- 日本国政調査会編『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』国政出版室、1977年。
- 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。