含翠園
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含翠園 GANSUIEN | |
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分類 | 都市公園[1] |
所在地 | |
座標 | 北緯42度58分36.2秒 東経140度30分52.2秒 / 北緯42.976722度 東経140.514500度座標: 北緯42度58分36.2秒 東経140度30分52.2秒 / 北緯42.976722度 東経140.514500度 |
面積 | 約0.8ヘクタール[1] |
前身 | 梅沢市太郎の別荘[1] |
含翠園(がんすいえん)は、北海道岩内郡岩内町高台に所在する公園。
岩内は1954年(昭和29年)の大火で市街地の8割を焼失しており、郊外にあるため延焼を免れた含翠園は、ニシン漁で栄えた明治・大正期の華やかな歴史を後世に伝える希少な財産となっている[2]。
歴史
[編集]含翠園は岩内の初代 / 7代村長を務めた梅沢市太郎の別荘のひとつであった[1]。1897年(明治30年)から1920年(大正9年)にかけて、日本庭園や平屋建ての茶屋風家屋が造られ、画家の木田金次郎や「憲政の神様」と呼ばれた尾崎行雄らが園を訪れている[1]。
その後に園は人手に渡り、2001年(平成13年)以降は土地の一部や家屋が岩内町に寄付された[1]。2015年(平成27年)7月、町によって都市公園に指定される[1]。
しかし家屋の老朽化が進行したため、町は2021年度(令和3年度)から本格的な整備に着手[1]。2022年度(令和4年度)には一般会計当初予算に1億3700万円が計上され、園の外周を石垣で囲う工事が実施された[1]。さらに2023年度(令和5年度)には、家屋の補修や岩内の歴史を紹介する施設の整備が行われた[1]。
2024年(令和6年)4月29日、日本国の交付金など約4億円を投じた大改修工事を終えて、一般公開された[2]。
脚注
[編集]参考文献
[編集]- 川浪伸介 (2022年9月14日). “岩内「含翠園」観光名所に”. 北海道新聞: 29面
- 酒井聡平 (2024年4月30日). “岩内自慢の栄華復元”. 北海道新聞: 18面