名古屋市立汐路小学校
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名古屋市立汐路小学校 | |
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北緯35度8分5.59秒 東経136度56分23.25秒 / 北緯35.1348861度 東経136.9397917度座標: 北緯35度8分5.59秒 東経136度56分23.25秒 / 北緯35.1348861度 東経136.9397917度 | |
国公私立の別 | 公立学校 |
設置者 | 名古屋市 |
共学・別学 | 男女共学 |
学期 | 3学期制 |
学校コード | B123210001011 |
所在地 | 〒467-0006 |
名古屋市瑞穂区御莨町1-2[WEB 1] | |
外部リンク | 公式ウェブサイト |
ウィキポータル 教育 ウィキプロジェクト 学校 |
名古屋市立汐路小学校(なごやしりつ しおじしょうがっこう)は、名古屋市瑞穂区御莨町にある公立小学校。
歴史
[編集]1939年(昭和14年)12月、御劔尋常小学校分校であったものが、汐路尋常小学校として独立開校した[1]。
戦時体制下では汐路国民学校と名を変えた。その中途、集団疎開が実施され、児童270人が東加茂郡松平村内の正受寺など6ヶ寺において生活をすることとなった[2]。その間、1945年(昭和20年)3月19日の名古屋大空襲において校舎を失っている[3]。
戦後、1954年(昭和29年)4月には、名古屋市立陽明小学校新設に伴い、学区を分割している[4]。
児童数の変遷
[編集]『愛知県小中学校誌』(2018年)によると、児童数の変遷は以下の通りである[5]。
1947年(昭和22年) | 1338人 | |
1957年(昭和32年) | 1920人 | |
1967年(昭和42年) | 1297人 | |
1977年(昭和52年) | 1244人 | |
1987年(昭和62年) | 912人 | |
1997年(平成9年) | 617人 | |
2007年(平成19年) | 689人 | |
2017年(平成29年) | 658人 |
通学区域
[編集]所管する名古屋市教育委員会は、2018年(平成30年)9月1日現在、瑞穂区のうち、石川町・御莨町・大殿町・川澄町・駒場町・桜見町・佐渡町・汐路町1~3丁目・松月町・洲雲町・高田町・東栄町・中山町・初日町・瑞穂町(字川澄・字高田)・瑞穂通1~2丁目・村上町の全域および田辺通1~2丁目・檀渓通の各一部を通学区域として指定している[WEB 2]。
また、卒業後の進学先は名古屋市立汐路中学校となっている[WEB 3]。
交通アクセス
[編集]主な出身者
[編集]脚注
[編集]WEB
[編集]- ^ a b 名古屋市役所教育委員会事務局総務部企画経理課企画統計係 (2018年9月18日). “瑞穂区の小・中学校一覧”. 名古屋市. 2018年11月14日閲覧。
- ^ 名古屋市教育委員会事務局総務部教育環境計画室計画係 (2018年9月1日). “名古屋市立小・中学校の通学区域一覧(瑞穂区)” (PDF). 名古屋市. 2018年11月15日閲覧。
- ^ 名古屋市教育委員会事務局総務部教育環境計画室計画係 (2018年4月1日). “名古屋市立中学校区一覧(小→中)” (PDF). 名古屋市. 2018年11月14日閲覧。
- ^ “大岩 一貴選手 加入内定について”. ジェフユナイテッド (2011年11月7日). 2018年11月28日閲覧。
書籍
[編集]- ^ 瑞穂区制施行50周年記念事業実行委員会 1994, p. 302.
- ^ 瑞穂区制施行50周年記念事業実行委員会 1994, p. 331.
- ^ 瑞穂区制施行50周年記念事業実行委員会 1994, p. 323.
- ^ 瑞穂区制施行50周年記念事業実行委員会 1994, p. 408.
- ^ 六三制教育七十周年記念 愛知県小中学校誌 合同記念誌編集特別委員会 2018, p. 215.
参考文献
[編集]- 瑞穂区制施行50周年記念事業実行委員会 編『瑞穂区誌 区制施行50周年記念』瑞穂区制施行50周年記念事業実行委員会・名古屋市瑞穂区役所、1994年2月11日。全国書誌番号:94043882。
- 六三制教育七十周年記念 愛知県小中学校誌 合同記念誌編集特別委員会 編『六三制教育七十周年記念 愛知県小中学校誌』愛知県小中学校校長会・名古屋市立小中学校長会、2018年2月15日。