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吉田真樹

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
吉田 真樹
(よしだ まさき)
生誕 1971年1月
時代 近世哲学
地域 日本哲学
研究分野 倫理学
日本倫理思想史
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吉田 真樹(よしだ まさき、1971年1月 - )は、日本の哲学者倫理学・日本倫理思想史)。学位は博士(文学)東京大学2004年)。静岡県立大学国際関係学部准教授・大学院国際関係学研究科准教授。

静岡県立大学国際関係学部講師などを歴任した。

来歴

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生い立ち

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1971年生まれ[1]東京大学に進学し、教養学部にて学ぶ[2]。同学部では、教養学科の第一比較日本文化論分科に在籍し、1996年に卒業した[2]。そのまま東京大学の大学院に進学し、人文社会系研究科にて学ぶ[2]。同研究科では、基礎文化研究専攻に在籍し倫理学専門分野の研究を進めた[2]。2001年に同大学院の博士課程を単位修得退学する[2]。なお、2004年になってから、東京大学より博士(文学)の学位を取得した[3]

研究者として

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大学院修了後、日本学術振興会の特別研究員を経て、2002年より都留文科大学文学部にて比較文化学科の講師を務めることとなった[4]。また、同年より、工学院大学の一般教育部にて講師を務めることとなった[4]。両大学とも非常勤での勤務であったが、2003年より静岡県立大学に常勤で勤務することとなり、国際関係学部にて国際言語文化学科の講師に就任した[4]。また、翌年には、静岡県立大学の大学院において、国際関係学研究科の比較文化専攻の講師を兼務することとなった[4]。2008年より、東京医科歯科大学教養部にて、講師を非常勤で兼任する[4]。2010年、静岡県立大学の国際関係学部にて准教授に昇任し、同時に、静岡県立大学大学院国際関係学研究科でも准教授を兼務する[1][4]

研究

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略歴

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著作

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共著

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註釈

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  1. ^ 姫路市が創設した「和辻哲郎文化賞」とは別の賞である。

脚注

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  1. ^ a b 「教員情報詳細」『教員情報詳細:静岡県立大学教員データベース』静岡県立大学。
  2. ^ a b c d e 「学歴」『教員情報詳細:静岡県立大学教員データベース』静岡県立大学。
  3. ^ 「学位」『教員情報詳細:静岡県立大学教員データベース』静岡県立大学。
  4. ^ a b c d e f 「主な経歴」『教員情報詳細:静岡県立大学教員データベース』静岡県立大学。
  5. ^ 「専門分野」『教員情報詳細:静岡県立大学教員データベース』静岡県立大学。
  6. ^ 「主要研究テーマ」『教員情報詳細:静岡県立大学教員データベース』静岡県立大学。
  7. ^ 吉田真樹「『源氏物語』における死と生」『死生学研究』1巻、東京大学グローバルCOEプログラム「死生学の展開と組織化」死生学研究編集委員会、2003年3月25日、94-114頁。
  8. ^ 吉田真樹「光源氏はなぜ光るか」『本』28巻9号、講談社、2003年9月、44-47頁。
  9. ^ 吉田真樹「光源氏の存在の基底について」『思想史研究』4号、日本思想史・思想論研究会、2004年3月、1-35頁。
  10. ^ 吉田真樹「『殺される』ということ - 葉隠返照」『葉隠研究』35号、葉隠研究会、1998年6月、29-31頁。
  11. ^ 吉田真樹「『日本霊異記』の基底について」『思想史研究』5号、日本思想史・思想論研究会、2005年10月、1-13頁。
  12. ^ 吉田真樹「『日本霊異記』冒頭話の孕むもの(上)」『思想史研究』6号、日本思想史・思想論研究会、2006年5月、1-8頁。
  13. ^ 吉田真樹「『日本霊異記』冒頭話の孕むもの(下)」『思想史研究』11号、日本思想史・思想論研究会、2010年3月、1-8頁。
  14. ^ 吉田真樹『平田篤胤 - 霊魂のゆくえ』講談社、2009年。
  15. ^ 吉田真樹「近代道徳学の祖型 - 西村茂樹『日本道徳論』について」『西村茂樹研究論文集 - 我れ百年の後に知己を俟つ』日本弘道会、2004年。
  16. ^ 「第60回大会閉幕・平成21年度和辻賞」『第60回大会閉幕・平成21年度和辻賞 (日本倫理学会)日本倫理学会
  17. ^ 「所属学会」『教員情報詳細:静岡県立大学教員データベース』静岡県立大学。

関連項目

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外部リンク

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