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吉富町立吉富小学校

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
吉富町立吉富小学校
地図北緯33度36分17秒 東経131度10分21秒 / 北緯33.60475度 東経131.17262度 / 33.60475; 131.17262座標: 北緯33度36分17秒 東経131度10分21秒 / 北緯33.60475度 東経131.17262度 / 33.60475; 131.17262
過去の名称 金山小学校
広津小学校
尋常広津小学校
東吉富尋常小学校
(尋常科4年)
東吉富尋常高等小学校
(尋常科4年・高等科2年)
東吉富尋常小学校
(尋常科6年)
東吉富尋常高等小学校
(尋常科6年・高等科2年)
東吉富村国民学校
国公私立の別 公立学校
設置者 吉富町
設立年月日 1874年明治7年)
共学・別学 男女共学
学期 3学期制
学校コード B140264200016 ウィキデータを編集
所在地 871-0811
福岡県築上郡吉富町大字広津665番地1
外部リンク 公式サイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
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吉富町立吉富小学校(よしとみちょうりつ よしとみしょうがっこう)は、福岡県築上郡吉富町大字広津にある公立小学校

概要

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歴史
1873年明治6年)「金山小学校」として創立。現校名になったのは1947年昭和22年)。2024年令和6年)には開校150周年を迎えた。
通学区域

沿革

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  • 1873年(明治6年)5月 - 天仲寺に「金山小学校」が創立。教員6名、児童95名(男子86名、女子9名)でのスタート。「金山」という校名は天仲寺の山号である「金牛山」にちなむ。分校4校(小犬丸・中村・幸子・小祝)を設置。
  • 1876年(明治9年)3月 - 和井田の私邸の酒蔵を借用の上、金山小学校を移転し、「広津小学校」に改称。
  • 1885年(明治18年)5月 - 小犬丸分校を、広津本校に統合。
  • 1886年(明治19年)4月 - 小学校令施行により、尋常科(4年制)を設置の上、「尋常広津小学校」に改称。なお、高等小学校は周辺の町村とともに組合を組織し、黒土村と椎田町に設置される。
  • 1888年(明治21年)1月 - 初代校長が配置される。
  • 1889年(明治22年)4月 - 町村制施行により、上毛郡8村(幸子・別府・楡生・今吉・鈴熊・土屋・直江・広津)の区域をもって、「東吉富村」が発足。
  • 1892年(明治25年)5月 - 「東吉富尋常小学校」に改称。小犬丸分校を再び設置。
  • 1893年(明治26年)- 宮ノ坂(現在地)に校舎を新築。
  • 1896年(明治29年)
    • 4月1日 - 東吉富町の所属郡が築上郡に変更。
    • 5月1日 - 高浜村(山国川以西の小祝・小犬丸)が東吉富町に合併される。小祝は中津町に編入される。
    • この年 - 小犬丸分校を本校に統合。校舎不足のため、広運寺を借用。
  • 1899年(明治32年)4月 - 佐井川以東の五ヶ村組合により「南吉富高等小学校」が宇野に設置される。
  • 1900年(明治33年)- 2教室を増築。
  • 1903年(明治36年)- 木造2階建5教室を増築。
  • 1906年(明治39年)4月 - 高等科(2年制)を設置の上、「東吉富尋常高等小学校」(尋常科4年・高等科2年)に改称。
  • 1908年(明治41年)
    • 4月 - 改正小学校令により、尋常科(義務教育)が4年制から6年制に改められる。これにより、従来の高等科1年が尋常科5年に、高等科2年が尋常科6年に改められる。また、一旦高等科が廃止される形となり、「東吉富尋常小学校」(尋常科6年)に改称。
    • 12月 - 尋常科(義務教育年限)の延長により、収容児童数は増加。このため、校舎(7教室・職員室)を増築。
  • 1913年大正2年)4月 - 高等科(2年制)を設置の上、「東吉富尋常高等小学校」(尋常科6年・高等科2年)に改称。校舎(4教室)を増築。運動場および農園を増設。
  • 1916年(大正5年)11月 - 2教室を増築。
  • 1917年(大正6年)7月 - 東吉富余力館(図書館)が設置される。
  • 1918年(大正7年)12月 - 東吉富実業補習学校が併置される。
  • 1923年(大正12年)1月 - 2階建て6教室を改築。
  • 1928年(昭和3年)8月 - 奉安殿が完成。
  • 1936年(昭和11年)6月 - 正門前に築山が完成。二宮金次郎の銅像が建立される。
  • 1939年(昭和14年)5月 - 相撲場が完成。
  • 1940年(昭和15年)12月 - 楠公の銅像が建立される。
  • 1941年(昭和16年)4月1日 - 国民学校令施行により、「東吉富村国民学校」に改称。尋常科を初等科に改める(初等科6年・高等科2年)。
  • 1943年(昭和18年)- 二宮金次郎および楠公の銅像が金属供出される。
  • 1946年(昭和21年)10月 - 西校舎(4教室)が完成。
  • 1947年(昭和22年)
    • 4月1日 - 学制改革(六・三制の実施)が行われる。
      • 国民学校の初等科(6年制)は、新制小学校「吉富町立吉富小学校」(現校名)に改組・改称。
      • 国民学校の高等科(2年制)は、青年学校普通科とともに、新制中学校「吉富町三毛門村組合立 吉富中学校」に改組・改称。中学校校舎が完成するまでの間、小学校校舎に併設(西校舎4教室を使用)。
    • 4月16日 - 小学校校舎で、吉富中学校の開校式・入学式が開催される。
  • 1949年(昭和24年)
    • 2月 - 学校給食を開始。
    • 11月 - 中学校校舎が完成し全生徒の収容が可能となったため、小学校との併設を解消。
  • 1950年(昭和25年)- 運動場を拡張。
  • 1951年(昭和26年)
    • 3月 - 2階建て第一校舎が完成。なお、旧資材はわかば保育園の建築に使用される。
    • 8月 - 運動場を拡張。
  • 1952年(昭和27年)10月 - 講堂公民館が完成。
  • 1956年(昭和31年)5月 - 第二校舎の東側を改築。
  • 1958年(昭和33年)11月 - 完全給食を開始。
  • 1960年(昭和35年)11月 - 新相撲道場が完成。
  • 1967年(昭和42年)3月 - 小学校敷地内に吉富町立吉富幼稚園が完成。
  • 1970年(昭和45年)7月 - 町営プールが完成。
  • 1974年(昭和49年)5月 - 開校100周年記念碑を建立。
  • 1977年(昭和52年)4月 - 新園舎の完成により、吉富幼稚園が移転。
  • 1982年(昭和57年)11月 - 防音改築工事に着手。
  • 1985年(昭和60年)4月 - 新校舎が完成。
  • 1987年(昭和62年)3月 - 体育館が完成。
  • 1990年平成2年)3月 - パソコンを導入。
  • 2010年(平成22年)8月 - 校舎耐震補強改修工事が完了。

交通

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最寄りの鉄道駅
最寄りの幹線道路

周辺

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  • 吉富町役場
  • 吉富町体育館・武道館

脚注

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参考資料

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  • 「吉富町史」(吉富町, 1983年(昭和58年)3月15日発行)p.358-p.370 第六節 新しい教育の歩み
  • 吉富町のあゆみ - 吉富町ウェブサイト

関連事項

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外部リンク

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