吉原慎一郎
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吉原慎一郎 | |
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生誕 | 1908年12月7日 |
死没 | 2009年8月2日(100歳没) |
国籍 | 日本 |
出身校 | 横浜国立大学 |
職業 | 建築家 |
所属 | 創和建築設計事務所 |
建築物 | 野毛都橋商店街ビル・横浜スタジアム |
著作 | デーヴィド・ルーイス「都市構造の論理」(翻訳) |
吉原 慎一郎(よしはら しんいちろう、1908年12月7日[1] - 2009年8月2日[2])は、日本の建築家。株式会社創和建築設計事務所(現 株式会社創和三幸設計)創業者。
横浜市長であった飛鳥田一雄とは神奈川県立第一中学校(現 神奈川県立希望ヶ丘高等学校)の同窓であり[2]、その縁で横浜市内を中心とした建築物の設計を数多く手がけたことで知られている。
略歴
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主な作品
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- 日本貿易博覧会三角塔(1949年) - 現存しない
- 横浜市戦没者慰霊塔(1953年)[3]
- 崎陽軒シウマイショップ(1955年)[4] - 現存しない
- 神奈川県立川崎図書館(1958年)[5]
- 岡倉天心生誕記念碑(1958年)
- 直木三十五文学碑(1960年)
- 横浜銀行協会 - 1965年に4階を増築した際に、増築部分の設計を担当[6]
- 野毛都橋商店街ビル(1964年) - 横浜市の歴史的建築物に認定[7]
- 日本万国博覧会ワシントン州館(1970年) - 現存しない
- 横浜市営地下鉄(1972年) - 建築デザインを担当[8]
- 横浜スタジアム(1978年)[2]
-
横浜市戦没者慰霊塔
-
神奈川県立川崎図書館
-
岡倉天心生誕記念碑
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野毛都橋商店街ビル
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横浜市営地下鉄 蒔田駅改札口
-
横浜スタジアム
著書
[編集]- デーヴィド・ルーイス「都市構造の論理」彰国社、1974年 - 吉原慎一郎・高橋志保彦 訳
脚注・出典
[編集]- ^ 『現代物故者事典2009~2011』(日外アソシエーツ、2012年)p.669
- ^ a b c 「夢のハマスタに光 幻の計画図見つかる」『カナロコ』、神奈川新聞、 2018年4月1日
- ^ 松崎辰彦「11月1日に三ツ沢公園で行われた第64回横浜市戦没者追悼式の様子は?」『はまれぽ.com』、アイ・ティ・エー、2015年11月4日
- ^ 野波豊『大正浜っ子奮闘記』 神奈川新聞社、2007年、ISBN 978-4-87645-395-5、95ページ
- ^ 「神奈川県立川崎図書館」『新建築 第34巻第1号(1959年1月号)』、新建築社、1958年
- ^ 河合正一『かながわの近代建築』、神奈川合同出版、1983年
- ^ 「野毛都橋商店街ビル」『公益社団法人 横浜歴史資産調査会(YOKOHAMA HERITAGE)』 横浜歴史資産調査会
- ^ 『横浜市高速鉄道建設史』 横浜市交通局、1987年12月
外部リンク
[編集]- 株式会社創和三幸設計
- 株式会社創和設計(旧社)