合田昌文
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合田昌文(ごうだ まさぶみ、1925年1月11日 - )は日本の大蔵官僚。金沢国税局長、宇宙開発事業団理事などを務めた。
来歴
[編集]愛媛県出身。東京大学法学部政治学科卒業[1]。1948年9月 大蔵省入省。大臣官房秘書課配属[1]。1952年8月 東住吉税務署長。1953年10月 金沢国税局総務部総務課長。 1964年7月 福岡国税局総務部長。1965年7月 日本鉄道建設公団参事兼経理部経理課長。1967年8月 関東信越国税局総務部長。1970年5月 国税不服審判所部長兼審判官。同年12月1日 金沢国税局長。1972年7月 退官。同年7月 小規模企業共済事業団理事。1974年 山村硝子専務[2]。1978年 宇宙開発事業団理事[2]。1982年 資源・環境観測解析センター監事[2]。
略歴
[編集]- 1948年9月:大蔵省入省。大臣官房秘書課配属[1]。
- 1949年:大臣官房秘書課調査係長心得[3]。
- 1950年4月:東京国税局調査査察部調査課。
- 1950年5月:関東信越国税局調査査察部調査課。
- 1950年12月:関東信越国税局調査査察部調査課国税調査官。
- 1951年4月:関東信越国税局調査査察部調査第一課国税調査官。
- 1952年2月:関東信越国税局総務部総務課。
- 1952年8月:東住吉税務署長。
- 1953年10月:金沢国税局総務部総務課長。
- 1955年5月:大臣官房専売公社監理官付課長補佐。
- 1957年6月:近畿財務局理財部金融課長。
- 1959年7月:銀行局検査部金融検査審査官付課長補佐。
- 1960年7月:理財局証券第二課長補佐。
- 1962年8月:福岡国税局調査査察部長。
- 1964年7月:福岡国税局総務部長。
- 1965年7月:日本鉄道建設公団参事 兼 経理部経理課長。
- 1967年8月:関東信越国税局総務部長。
- 1969年8月:大臣官房付。
- 1970年5月:国税不服審判所部長 兼 審判官。
- 1970年12月1日:金沢国税局長。
- 1972年6月27日:大臣官房付。
- 1972年7月:退官。