古川岩太郎
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古川 岩太郎(ふるかわ いわたろう、明治3年1月12日[1](1870年2月12日)– 1940年(昭和15年)5月11日[2])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。兵庫県篠山町長。
経歴
[編集]丹波国[3](兵庫県)出身。篠山藩士・古川貞寿の長男として生まれる[3]。1891年(明治24年)、陸軍士官学校を卒業(2期)[4]。陸軍砲工学校を卒業し、1900年(明治33年)に陸軍大学校(14期)を卒業した[4]。少尉時代に日清戦争に従軍し、野砲兵第10連隊中隊長、参謀本部員、陸軍大学校教官を歴任[4]。日露戦争時には満州軍総司令部高級副官として従軍した[4]。その後、南京武備学堂教官、野砲兵第19連隊長、鎮海湾要塞司令官を歴任[4]。
1918年(大正7年)に陸軍少将で予備役に編入された後は、1920年(大正9年)から19年間[3]、篠山町長を務めた[4]。この間、兵庫県町村会長に3期在任した[3]。
栄典
[編集]脚注
[編集]参考文献
[編集]- 『多紀、氷上人名鑑』篠山新聞社、1933年。
- 松井拳堂『丹波人物志』臨川書店、1987年。
- 福川秀樹『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。