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双曲型トーラス自己同型写像

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

力学系理論における双曲型トーラス自己同型写像(そうきょくがたトーラスじこどうけいしゃぞう、英: hyperbolic toral automorphism)あるいはトーラス上の双曲型自己同型写像は、ユークリッド空間上の双曲型線型写像から誘導されるトーラス上の自己同型写像である[1][2]アノソフ系の代表的な例であり、力学系の中でも重要な対象でもある[3][4]。ユークリッド空間上の線型写像が単純な振る舞いしか示さないのに対して、トーラス上の双曲型自己同型写像は非常に豊かな構造を有する[5][6]

定義

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正方形の上辺と下辺と同一視し、右辺と左辺を同一視することで、2次元トーラスを構成できる

まず、2次元トーラス 𝕋2 を導入する。幾何学的には、 𝕋2 は、平面上の正方形 [0, 1] × [−1, 1] の上辺と下辺と同一視し、さらに右辺と左辺を同一視して構成できる[6]。代数的には、実数の組 (x, y)(x′, y′) に対して xxyy整数のときに (x, y) ∼ (x′, y′) であるという同値関係 を定義したときの同値類全体が2次元トーラスでもある[6]

次に 2 上の点を 𝕋2 上の点に写す自然な射影 π : ℝ2 → 𝕋2 を導入する[7]x = (x, y) ∈ ℝ2 の同値類を [x] で表すと、 π

という連続写像である[8]。ここで 転置の記号で、x列ベクトルとする。

そして、平面 2 上の線型写像 LA : ℝ2 → ℝ2 を導入する[9]。すなわち、LA は平面上の点 x変数として 2 × 2 の定数係数行列 A によって

と定義される[10]

ここで、A成分が全て整数だとすると、LA22 に写す[11]。すなわち、LA(ℤ2) = ℤ2 が成り立つ[10]。したがって、n, m ∈ ℤ としたときに、 をそれぞれ π : ℝ2 → 𝕋2 でトーラス上に射影した点は、 という関係が成り立つ[12][13]。そのため整数係数行列 A を持つ平面上の写像 LA により、fA := πLA で定義されるトーラス上の写像 fA : 𝕋2 → 𝕋2 が矛盾なく導入できる[13][14][12]

写像 fAヤコビ行列A であるような微分可能な写像である[15]。さらに、整数係数行列 A行列式det A = ±1 であるとすれば、A逆行列を持ち、その逆行列 A−1 も整数行列となる[15]2 × 2 行列 A の場合、この条件は det A = adbc = ±1 という条件となる[16]A−1 による LA逆写像は、LA−1(x) = A−1x であり、LA−1 によっても上記と同様にトーラス上の写像を導入できる[15][17]。よって、A が整数行列でなおかつ det A = ±1 であれば、写像 fA可微分同相写像である[15][17]

2 および 𝕋2加法 (x, y) + (x′, y′)= (x + x′, y + y′) によってリー群の構造を持つ[17]。トーラスから自分自身への写像 fA : 𝕋2 → 𝕋2 は、fA(x + x′) = fA(x) + fA(x′) という性質を持ち、なおかつ同相写像であることから、fA𝕋2 のリー群としての自己同型写像を成す[17]。このような fA をトーラス自己同型[17]、トーラス自己同型写像[13]、トーラス上の自己同型写像[18]などと呼ぶ。

n 上の線型写像が絶対値 1 の固有値を持たないとき、その線型写像あるいは係数行列 A は双曲型であるという[19][20][21]。すなわち、係数行列 A の全ての固有値の絶対値が 1 ではないときに双曲型である[21]2 × 2 行列 A の場合、固有値は固有方程式 k2 − (a + d)k + det A = 0 の解 k1, k2 より求められる[16]A が双曲型であるようなトーラス自己同型写像 fA を、双曲型トーラス自己同型[22]、双曲型トーラス自己同型写像[15]、トーラス上の双曲型自己同型写像[2]などと呼ぶ。

以上は2トーラス上での導入だが、一般の n 次元トーラス 𝕋n 上の双曲型自己同型写像を同様に定義することもできる[23][24][25]

振る舞い

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ユークリッド空間上の線型写像が示す振る舞いは単純な構造であるのに対し、それから誘導される双曲型トーラス自己同型写像の構造は非常に豊かである[5][6]fA は以下のような性質を持つ。

出典

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  1. ^ Devaney 2003, pp. 167–169.
  2. ^ a b ロビンソン 2001, p. 76.
  3. ^ 國府 2000, p. 58.
  4. ^ 久保・矢野 2018, p. 252.
  5. ^ a b Devaney 2003, p. 167.
  6. ^ a b c d 青木 1996, p. 149.
  7. ^ 青木 2004, p. 45.
  8. ^ 青木 2004, p. 46.
  9. ^ Devaney 2003, pp. 168–169.
  10. ^ a b c d e f 青木 1996, p. 151.
  11. ^ 久保・矢野 2018, p. 254.
  12. ^ a b 松葉 2011, p. 447.
  13. ^ a b c Devaney 2003, p. 168.
  14. ^ 國府 2000, p. 55.
  15. ^ a b c d e Devaney 2003, p. 169.
  16. ^ a b 松葉 2011, p. 448.
  17. ^ a b c d e 久保・矢野 2018, p. 255.
  18. ^ 青木 1996, pp. 149, 151.
  19. ^ 國府 2000, p. 40.
  20. ^ Devaney 2003, p. 156.
  21. ^ a b 松葉 2011, p. 88.
  22. ^ 久保・矢野 2018, p. 256.
  23. ^ Devaney 2003, p. 176.
  24. ^ ロビンソン 2001, pp. 75–76.
  25. ^ 青木・白岩 2013, p. 49.
  26. ^ 青木・白岩 2013, p. 231.
  27. ^ 國府 2000, p. 57.
  28. ^ ロビンソン 2001, p. 77.

参照文献

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  • 久保 泉・矢野 公一、2018、『力学系』オンデマンド版、岩波書店 ISBN 978-4-00-730742-3
  • 國府 寛司、2000、『力学系の基礎』初版、朝倉書店〈カオス全書2〉 ISBN 4-254-12672-7
  • C. ロビンソン、國府 寛司・柴山 健伸, 岡 宏枝(訳)、2001、『力学系 下』新訂版、シュプリンガー・フェアラーク東京 ISBN 4-431-70826-X
  • Robert L. Devaney、國府 寛司・石井 豊 ・新居 俊作・木坂 正史(新訂版訳)、後藤 憲一(訳)、2003、『カオス力学系入門』新訂版、共立出版 ISBN 4-320-01705-6
  • 青木 統夫、1996、『力学系・カオス ―非線形現象の幾何学的構成』初版、共立出版 ISBN 4-320-03340-X
  • 青木 統夫、2004、『力学系の実解析入門』初版、共立出版〈非線形解析I〉 ISBN 4-320-01771-4
  • 青木 統夫・白岩 謙一、2013、『力学系とエントロピー』復刊、共立出版 ISBN 978-4-320-11043-4
  • 松葉 育雄、2011、『力学系カオス』第1版、森北出版 ISBN 978-4-627-15451-3