南山城 (琉球国)
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南山城 (沖縄県) | |
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別名 |
島尻大里城 南山グスク 高嶺グスク 島尻大里グスク |
城郭構造 | 山城 |
築城主 | 南山王 |
築城年 | 14世紀頃 |
主な城主 |
南山王、承察度 汪応祖、他魯毎、尚巴志 |
遺構 | 曲輪、石垣 |
指定文化財 | 市史跡(南山城跡) |
再建造物 | 石碑、説明板 |
位置 | 北緯26度7分39秒 東経127度41分24秒 / 北緯26.12750度 東経127.69000度座標: 北緯26度7分39秒 東経127度41分24秒 / 北緯26.12750度 東経127.69000度 |
地図 |
南山城(なんざんじょう)は、現沖縄県糸満市大里にあったグスク。同市の文化財。
別称は、南山城跡、南山グスク、高嶺グスク、島尻大里グスク。
概略
[編集]南山王国の王城であり、また南山城がある現糸満市には首都が置かれていた。
国王が代々城主を継いだが、1429年に尚巴志により南山王国が滅ぼされ、琉球王国ができると、尚巴志が城主となった。
歴史
[編集]創建
[編集]細かい創建年代は分かっていないが、14世紀頃、南山城は南山王によって創建されたとされている。
王城
[編集]その後、南山王国の王が南山城を王城に用い、南山城がある大里は首都となった。
南山王国の滅亡
[編集]1429年、尚巴志が南山王国が滅ぼし、琉球王国が建国されると、大里は首都としての機能を失い、南山城には国王が王城として用いることもなくなった。
琉球処分
[編集]1879年に琉球王国がなくなり、沖縄県が設置されると、元琉球王国あたりは大日本帝国が領有した。
沖縄戦
[編集]1945年、アメリカ軍が沖縄に上陸すると、南山城がある高嶺村では約1600人が犠牲になり、高嶺村があった現糸満市は激戦地となった。そして、終戦後にアメリカは沖縄県を占領した。
交通
[編集]車
- 那覇市内からは直線距離でおよそ10kmあり、車で30分ほどで行くことができる。