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北大社信号場

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
北大社信号場
構内(2006年。左:車庫入出庫線、右:本線)
きたおおやしろ
KITAOYASHIRO
(H09)東員 (0.6 km)
(2.1 km) 大泉(H10)
地図
所在地 三重県員弁郡東員町
北緯35度4分54.84秒 東経136度34分53.65秒 / 北緯35.0819000度 東経136.5815694度 / 35.0819000; 136.5815694座標: 北緯35度4分54.84秒 東経136度34分53.65秒 / 北緯35.0819000度 東経136.5815694度 / 35.0819000; 136.5815694
所属事業者 三岐鉄道
所属路線 北勢線
キロ程 10.3 km(西桑名起点)
駅構造 単線分岐型
ホーム 2面3線*
開業年月日 1914年大正3年)4月5日
備考 2005年平成17年)3月26日付で信号場へ格下げ(旅客駅の営業を廃止)
* ホームは旅客駅として営業していた当時のもの。信号場への格下げに伴い、ホームは撤去された。
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北大社信号場(きたおおやしろしんごうじょう)は、三重県員弁郡東員町にある三岐鉄道北勢線信号場。元は北大社駅というであったが、廃止後も車庫(北大社車両管理区)への出入庫のため信号場として存続した。

歴史

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開業時から北勢線の運転の中枢として、構内には北大社車両管理区が置かれた。三岐鉄道の事業合理化の方針により六把野駅と統合した東員駅が当駅東側に新設されることになり、2005年平成17年)3月26日六把野駅とともに廃止された。

年表

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構造

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本線(1号線)と車庫入出庫線(2号線)を有する。1号線からは桑名・阿下喜方面への出発および車庫方面への入庫が可能である。2号線からは桑名方面への出発および車庫方面への入庫が可能であるが、阿下喜方面への出発はできない。2005年度(平成17年度)に構内の曲線改良工事が施工され、急曲線部分が解消された。

北大社駅時代

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北大社駅として営業していた頃は北勢線で最大規模の駅であった。駅務員の宿泊設備を有した。運転指令所が設置され、北勢線全線の信号制御を行っていたが、東員駅開業時にその機能は同駅へ移設されている。

駅舎には自動券売機が設置されていたが、自動改札はなかった。ホームは2面3線で北側線路が阿下喜方面行き、中線路が主に西桑名行き、南側線路が主に当駅折り返しの西桑名行きおよび車庫への入出庫列車が使用した(2005年度(平成17年度)にホームおよび北側の線路が撤去された)。駅舎の西側に車庫及び変電所(北大社変電所)があった(駅舎・ホームは2005年度(平成17年度)に取り壊されたが、車庫・変電所は信号場となってからも存在している)。なお駅舎、東駐輪場があった場所は現在空き地となっている。

配線図

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北大社駅(1993年)/北大社信号場(2009年) 構内配線の変遷

桑名方面
北大社駅(1993年)/北大社信号場(2009年) 構内配線の変遷
阿下喜方面
凡例
出典:[1][2]


利用状況

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※北大社駅として営業時のもの。

  • 朝夕はいなべ総合学園、桑名高等学校等の生徒や通勤客が利用。昼間の利用者は専ら高齢者等であったが少数であった。
  • 桑名 - 阿下喜の間に平行してバス路線があり、バスの方が早く本数も多いため、バス利用者も多かった。

周辺

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北大社と大木(二軒屋)の境界にあたる。元の駅前には中日新聞代理店、歯科医院、墓地がある。

隣の駅

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三岐鉄道
北勢線
東員駅(H09) - 北大社信号場 - 大泉駅(H10)

脚注

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注釈

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  1. ^ (従来は三位式二現示(YR)であった)

出典

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  1. ^ 宮脇俊三原田勝正 『大阪・神戸・京都・福岡の私鉄 (JR・私鉄全線各駅停車)』、p.58、小学館、1993年、ISBN 978-4093954129
  2. ^ 川島令三『東海道ライン 全線・全駅・全配線 第8巻 名古屋南部・紀勢東部』、p.13、 講談社、2009年9月、ISBN 978-4062700184

関連項目

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