剣持光
剣持光 | |
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別名 | ケンケン |
生誕 | 1977年2月5日(47歳) |
出身地 | 長崎県佐世保市 |
学歴 | 日本映画学校(現・日本映画大学) |
ジャンル | 声帯模写 |
活動期間 | 2014年 - |
事務所 | ケンケンクリエイト |
公式サイト | http://kenmochi-hikaru.mods.jp/ |
剣持 光(けんもち ひかる、1977年2月5日 - )は、ものまね芸人、作家、昭和サブカルチャー研究家、昭和歌謡歌手[1][2]。
独自の出版事業所であるケンケンクリエイトが窓口。かつてはジンセイプロに所属していた。旧芸名:剣持 洸、剣持 光(いずれも「けんもちあきら」と呼んだ)。ニックネームはケンケン。
来歴
[編集]長崎県佐世保市出身。長崎県立川棚高等学校普通科卒業。日本映画学校(現・日本映画大学)映像科脚本ゼミ卒業[3]。
専門学校卒業後は営業マン、雑誌編集、映像制作などの仕事をしていたが、30代に一度郷里に移り住み、自主映画を製作[4]。
36歳の時、地元ケーブルテレビの営業担当からイベントの司会を依頼され、そのついでにものまねを披露したところ、それが好評だった。その後、ジンセイプロと契約し、再度上京[5]。
以後、子門真人、ささきいさお、ヒデ夕樹といったアニメソング歌手の歌まねや、山田康雄のルパン三世、永井一郎の磯野波平、小池朝雄の刑事コロンボの声帯模写など、主に昭和をキーワードとしたレパートリーを披露するようになる[6]。
2017年にジンセイプロを退所。現在は出版事業所・ケンケンクリエイトを窓口としている。
ヒデ夕樹との関係性
[編集]剣持はアニメソング歌手・ヒデ夕樹とは直接の面識はないものの、日本で唯一のヒデ夕樹の評伝著者となった。
2018年にヒデに関するイベント[7]を開催しようと思いつき、遺族や関係者への取材をスタートさせた。ところが、2019年のイベントでファンの圧倒的な熱気を感じたことにより、ヒデの評伝を記す決意を固める。
つながりのあった出版社に企画を持ち込むも、編集担当者からは売れないと判断され、原稿を突き返された。そこで2021年、剣持はケンケンクリエイト(会社ではなく屋号)という独自の出版事業所からインディーズ書籍「ヒデ夕樹とテレビまんが主題歌の黄金期」を出版した[8]。
この書籍は出版取次を通さないため、全国の書店には配本されておらず、発売当初はインターネットのみでの受注販売だった。その後、ディスクユニオンの店頭にも置かれるようになった。
出演
[編集]テレビ番組
[編集]- よル〜じげ トゥギャザーしようぜ!!(長崎国際テレビ)(2021年3月 - 4月)(ナレーション)
ラジオ番組
[編集]- ハッピー・ラジオ・パーク(FMさせぼ)(2021年4月から不定期出演)
- アニソン・アカデミー(NHK-FM)(2021年12月18日放送)
音声配信番組
[編集]- 20世紀タイムトラベラー(2021年12月から)
CM
[編集]- 逗子食品「プロテインヌードル」(WebCM)(CMソング、プロテインメンの声)(2022年3月から)
著書
[編集]出典
[編集]- ^ “歌い手が引退、故人の昭和アニソン名曲公演 有名アニソン歌手がカバー「マクロス」「コブラ」など(よろず~ニュース)”. よろず~ニュース. 2022年11月25日閲覧。
- ^ “剣持 光のホームページ”. kenmochi-hikaru.mods.jp. 2021年12月22日閲覧。
- ^ “剣持 光のホームページ”. kenmochi-hikaru.mods.jp. 2021年12月22日閲覧。
- ^ “剣持 光”. 剣持 光. 2021年12月22日閲覧。
- ^ (日本語) 【2021/12/21】第221回 おひとりさまと呼ばないで 2021年12月22日閲覧。
- ^ “剣持 光のホームページ”. kenmochi-hikaru.mods.jp. 2021年12月22日閲覧。
- ^ “アニメソングメモリアルリサイタル~ヒデ夕樹、成田賢の世界~”. kenmochi-hikaru.mods.jp. 2021年12月22日閲覧。
- ^ (日本語) 【第1回】20世紀タイムトラベラー【特集:昭和のアニメソング】2021年12月4日収録 2021年12月22日閲覧。
外部リンク
[編集]- 剣持光のホームページ
- 剣持光(@KenmochiHikaru)- Twitter
- ケンケンクリエイト(個人の出版事業所)