剣吉館
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剣吉館 (青森県) | |
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城郭構造 | 平山城 |
築城主 | 北氏 |
築城年 | 不明 |
主な城主 | 南部左衛門尉 |
廃城年 | 不明 |
遺構 | 曲輪 |
指定文化財 | 史跡等未指定[1][2] |
埋蔵文化財 包蔵地番号 | 青森県No.445044[2] |
位置 | 北緯40度26分46.0秒 東経141度20分27.6秒 / 北緯40.446111度 東経141.341000度座標: 北緯40度26分46.0秒 東経141度20分27.6秒 / 北緯40.446111度 東経141.341000度 |
地図 |
剣吉館(けんよしたて)は、青森県三戸郡南部町剣吉にあった日本の城。
概要
[編集]八戸根城と三戸城の中間に位置し、馬淵川の東側の丘陵に東西70メートル×南北100メートルの規模で広がり、居館域は大館と小古館の二つに分かれている。現在跡地は、大館は剣吉小学校校地となっている。
沿革
[編集]築城時期は不明。戦国時代の城主の北氏は南部家の家老を務め、三戸城の北に屋敷があったので「北殿」と呼ばれた。
天正20年(1592年)の『諸城破却書上』には「糠部郡之内 剣吉 平城 南部左衛門尉 持分」とあり、破却は免れた。
脚注
[編集]- ^ 「町指定文化財(3)史跡・天然記念物」南部町公式HP
- ^ a b 「青森県遺跡地図」青森県公式HP