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利用者:㭍月例祭/競馬/サイヤーライン/1

/実際の検証 /実際の検証2 /検証の結果1 /下書

前提[編集]

競馬における父系(母系という考え方もあるが、今回はそれは触らない)は、一般的に、「○○系」という表現でカテゴライズされる。

しかし、たとえば「サイアーライン分類決定協会」みたいなものがあって「○○系」の定義を公式に定めているということはなく、様々な時代、様々な場面、様々な見解、様々な執筆者、様々な用途で、適当に「○○系」という表現が用いられている。これらの中には、競馬ジャンルにおいて大凡広く流布していると思われるものもあれば、そうとは思えないものもある。

注意したいのは、「○○系」という表現が登場した時に、この語をどのように用いているか、私見では2通りのパターンが有るように思う。

  • (1)いわゆる父系としてのカテゴリーとしての「○○系」
端的にいうと、たとえば「ノーザンダンサー系」と言った場合に、<ノーザンダンサー系>という塊・総体として、一定の存在感を発揮する概念である。たとえば、「<ノーザンダンサー系>と<ボールドルーラー系>は相性がいい」「ノーザンダンサー系は早熟である」というような場合である。
かなり個人的な見解を言うと、このように「塊・総体」で<◯◯系>と言ったばあいには、たとえば<ノーザンダンサー系は北米で繁栄している>って」いうような具合ならばまあ妥当かなって思うけど、<ダンチヒ系はスピードが云々>とかいう具合になると、ダビスタのやりすぎ、って感じる。そもそも「スピード」の定義がわけわかんないし、個々の事情を一つ一つ検討していないでしょ、って思う。
  • (2)単に父系としての連続性を示すための接尾語としての「系」
例えば、「ラッキーエクセルの父はノーザンダンサーの子孫で、トップサイダー系のウイングアロー」のように、「○○系」=単独の群として一定の存在感をもっているというわけではなく、単に「○○、××という種牡馬を経てきた」程度の意味合いとして「系」という語を伴っているもの。

うーん私の日本語能力の低さのせいで(1)と(2)の違いをうまく言語化できないのですが、伝わるかなあ。

実態[編集]

  • 自由に分割・細分化されている。分割には適正な手続きが取られていないことがほとんど。
  • あらたに分割された大半の記事には概要がなく、テンプレート、そこに至るまでのサイヤーライン(つまり三大父祖から)が、記事のボリュームの5割以上を占める。
  • 記事を見ると、一見、それなりにボリュームがあるようにみえる。しかし、要するにサイヤーラインの表記の特性上、1行に1頭で改行しているから行数が多くてボリュームが多いようにみえるだけで、実際には大した内容はない。ほぼ完全に単なる馬名の羅列に過ぎず、リンクが張られている馬のほうが少ない。我々は、馬名の後の四桁の数字が生年だというのは常識としてわかるが、一般から見ると、なにかの符丁や登録番号?かと思われるかもしれない。とにかく何の説明もない。「*」マークに対する説明もない。種牡馬入りが記入の条件のようだが、牝馬や騙馬でも「代表産駒の一部」は収録されており、よくわからない。
  • 個別の議論をすると、たとえば「ネアルコ系」といった場合に何をイメージするか。ノーザンダンサー系もナスルーラ系もロイヤルチャージャー系も「ネアルコ系」であることは100%間違いないのだが、だからといって、現在は普通は「デインヒルはネアルコ系だ」とかあまり言わない。むしろ、あえて「ネアルコ系」というのは、上記の3大系統以外のもの、たとえばサヤジラオー→タケホープとか、モスボロー→ゴールドレットとか、カリムとか、そういうのであろう。
  • とはいえ、それは時代性があって、たとえば1950年台のことについて述べている場合には「ネアルコ系」とか「ファラリス系」とか「サイリーン系」とか言うだろう。難しい。

「○○系」は公認されるものではない[編集]

上で述べたように、そもそも「○○系公認委員会」みたいなものがあるわけでもないので、例えば私が「ソングオブウインド系」と言い出した時に、他の根拠を基にそれが正しいとか間違っているとかいう判定は不可能である。少なくとも(2)の意味では100%間違いのない概念であると言えてします。

(大変申し訳無いが、あるいは、失礼な言い方になるが)競馬のジャンルの出版物(ネット上の情報も含む)というものは、学術的であるとかカチッとしているというよりは、そうではないもの、(少なくとも私のセンスでは)まともに取り合うに値しないもの、というものが少なくない。多い。かなりある。まあたとえば「暗号説で馬券を当てて儲けようぜ本」とか(そういう本を執筆している方ゴメンナサイ)。

なので、ウィキペディアの基礎ルールである「検証可能性/出典」をベースにした場合に、「ソングオブウインド系」と書いた出版物が1冊でもあれば、「ソングオブウインド系」を単独立項できることになる。しかし、そもそも「○○系」は公式的な概念ではないし、「ソングオブウインド系」なる概念は、おそらく少なくとも現時点では、多くの競馬執筆者/読者にとって「そんな系ねえよ」と思われるのではないだろうか。

しかし競馬執筆者の皆さんは、おそらく色んな場面で「そんな系ねえよ」的な「○○系」という表現を、いろいろな場所で目撃した経験はあるのではないかと思う。競馬とはそういうジャンルだ。しかしこうしたオリジナルな「○○系」も、時間が経つと一般に通用するようになる場合もあるだろう。

たとえば私が競馬に興味を持ち始めた頃は、「レイズアネイティヴ系」と言ったら世界最先端で、なんだか流行りもの好きの気取り屋って感じがして、オーソドックスには「ネイティヴダンサー系」と言ったものだ。しかし今ではキングマンボ系なんて記事がある時代だ。

逆に当時私が手にしたような書物には、まだ普通に「ファラリス系」とか「マンナ系」とか「サイリーン系」なんて表現も見受けられた。現代でいうと、たとえば大阪人と東京人を比較するのに「哺乳類」みたいなところから始めるようなもので、「サイリーン系」なんていう概念は、現代的にはナンセンスだ。しかし、血統の歴史を概観する上では、かつては普通に用いられた概念だし、ハイフライヤー系みたいに、完全に過去の閉じた系統について詳述したいこともあるだろう。

ヒムヤー系においては、ピーターパン系とか、ドミノ系とか言うこともあるし、現代の競走馬を19世紀の「系」で括ることにはほとんど実際的な影響力は無いと思うが、絵図的に眺めた場合には、たしかにここらへんの系統の馬をヒムヤーまで遡って「ヒムヤー系」と言いたくなる気持ちは理解できるものである。それは要するに、あまり発展していないが続いているから、であり、同時期だからといってサンデーサイレンスやノーザンテーストを「ベンドア系」などと括ったりはしないものである。それは要するに、これらの系統はもっと発展していて、通念としてもっと細かいカテゴリーに分けられているからであり、ベンドアの影響力が遺伝学的手法で証明されているんだとか、法制度や数学のようにカチッとした規則性のある概念というわけではない。

類似した概念として、音楽におけるジャンル分けというのがあるように思う。音楽の世界でも、やれメタルだ、いやスラッシュだ、いやいやスピードメタルだ、いやいやデスラッシュだ、と、様々なカテゴリーが乱立している。(音楽と血統が異なるのは、音楽の場合には同時に複数のカテゴリーに分類されうる、競馬のカテゴリーは少なくともカテゴリーの包含関係はキッチリできる、ということかな。)

ルール案[編集]

まあ、そういうイロイロな話は、競馬執筆者にとっては敢えて議論をするまでもない話だということにして、割愛をする。

結論として、ルール案を申し上げる。

  • ○○系を単独記事として分割/立項を行なうためには、最低でも3つの異なる出典を必要とする。

要するに、ワケワカンネー本とかネットブログみたいなものを「はい出典ですよ」みたいにして好き放題に「○○系」を際限なく立てられるのを抑制しようというものである。

本来のルールであるならば出典は1あればOKなのだが、それを3とすることで、それなりにオーソライズされているものだろうということを担保するものである。2や4や5でなくて3なのは、特に意味は無い。

実際問題としては、現時点で存在するすべての「○○系」記事は、容易に3以上の「出典」を見出しうるだろう。

  • (推奨)単独記事として「○○系」を分割/立項する場合には、単なる父系図に留まらず、出典を用いて、その「○○系」の特徴だとか、歴史だとか、なにか特筆的な情報を加筆するように心がけること。

要するに「ノーザンダンサー系は早熟である」みたいな情報になる。多くの執筆者は、「それホントかよ、統計的な証拠出せんの?ダビスタのやり過ぎじゃないの?」という感想を抱くだろう。しかし「出典」を用いることで、そうした責任を回避することはいちおう可能である、かもしれない。(どうかなあ)

  • あらたに「○○系」をおこす場合、その記事に対する「リンク元」にも配慮する。つまり、その記事本当に必要ですか?ということである。
  • この観点から、合議(複数の執筆者の合意)によって、「3以上の出典が示されて単独分割された○○系」も、上位の「系」に統合することができる。この場合、示された出典と同数程度の「その○○系を独立した系としていない」出典を示すことが望ましいだろう。ただし、古く、そもそもその系統の競走馬があまり登場していない時期の文献を出典とすることは、この場合フェアではない。

出典の主なもの[編集]

これはあくまで「例」である。これらのものが「信頼できる情報源」であり、それ以外はクソだとか、そういうことではない。

定期刊行されている競馬雑誌[編集]

  • 優駿 - JRAの「公式」出版物。好き嫌いは別として、公式感はいちばん。
  • 競馬ブック - 長寿。硬派。サラブレッド血統センターを吸収。
  • ギャロップ - 新参。軟派。執筆陣はいわゆるライターよりも競馬関係者が多い。
  • サラブレ - 超軟派。もとがファミ通。
  • 古いものではファンファーレとかハロンとかもあるかもね。
  • いずれも、実情は各ライターのセンスによるものであり、出版社の「公式統一見解」というものではない。とはいえ、出版されたということは、ある程度はオーソライズしうるものだと言えるかも。読者投稿欄みたいのはカンベン。


非定期刊行だが公式感の高いもの[編集]

  • サラブレッド血統センターの出版物
    • 今はもう出ていない種牡馬録、年鑑
  • 中央競馬PRCの出版物
    • 実際には、執筆者の個人的センスだろう。
  • JBBAなどの出版物
    • これらの情報に、○○系とかっていう情報があるのかどうかわからない。
      • JBBA種牡馬HPを検証したところ、本文で「○○系」という表現はほぼ皆無。種牡馬のパンフレット(pdf)にも、「○○系」という表現は完全に回避されており、「○○、△△、××を経て□□にいたるサイヤーライン」のように表現されている。コラム的な情報欄で、牧場関係者のセリフの中に「サンデーサイレンス系の牝馬が~」というくだりがある程度。


  • いわゆる種牡馬のパンフレット類、種牡馬牧場のカタログ類は、「宣伝チラシ」であると判定し、ノーカン。
  • 田端到・加藤栄の種牡馬事典 - それなりに続いている。現役種牡馬の紹介を主眼としているので、最新の末端の種牡馬群を○○系と称する傾向がある

海外の出版物の翻訳物[編集]

  • 凱旋門賞の歴史

みたいなやつ。これも結局は執筆者の個人的センスなんだろう。

ある程度古いもの[編集]