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医師事務作業補助者(いしじむさぎょうほじょしゃ)とは、医療機関において医師の指示により医師の事務作業を補助する専従者のことであり、2008年度の診療報酬改定によってその配置が評価されることになった。たとえば、医師が行う診断書作成等の事務作業を補助したり、電子カルテの代行入力を行ったりする。通称として医療クラークや病棟クラークなどとも呼ばれるが、それらの呼称は、医師以外の職種である看護師等の指示に基づく事務作業を病棟などで行う事務職員を指す場合もあり[1]、一概に「医療クラーク=医師事務作業補助者」とは限らない。さらには、メディカル・アシスタントと呼称する医療機関もあるが、米国におけるメディカル・アシスタントは、看護師等も含む医療職の事務補助業務とともに、病歴の確認やバイタルサインの記録、検査の準備や補助なども行ったりする[2]。
概要
[編集]2008年度の診療報酬改定によって、病院勤務医の負担を軽減するために、医師事務作業補助者の配置が評価されることになった。医師事務作業補助者は、医師でなければ作成できない診断書作成等について医師の事務作業を補助する[3]。たとえば、生命保険診断書や病名診断書等の作成では、医師事務作業補助者が患者のカルテを見ながら、必要事項を用紙に記入し、最後に医師が正しく記載されていることを確認し患者に渡す。その他にも介護主治医意見書や年金書類・生活保護の医療要否意見書・傷病手当金・身障認定等々、代行作成する書類は多岐に渡る。院内がん登録・退院時サマリー・検査等のオーダリング・処方箋代行作成・紹介状返書代行作成なども行う。従来は、担当医師が、緊急性の高い診療対応を優先するため、休日勤務するなどしてこうした医師の判断が必要な文書を作成してきた。
逆に禁止業務も定められており、看護師の補助や病棟の事務・電話交換・入院退院時の書類チェック・診療報酬関係・窓口業務等は加算対象とは認められない。医療費計算書等の医療保険事務は従来から医師ではなく医事課の職員が行うことが多い。あくまで医師の事務作業の代行によって医師が診療に専念出来る環境を作る事が加算の目的である。よって、医師以外の指示によって動く事は禁止されている。ただし、実際には看護師はじめコメディカルが医師の事務作業を補助しているケースが多く、そうした業務を看護師等から「補助者」に移すことは問題ない[4]。
2008年の診療報酬改正で医師事務作業補助体制加算・施設基準が示された。医師事務作業補助者の配置により勤務医の負担が軽減されるとされ、医師が診療に専念することでより良質な医療を提供することが評価されることになった。医師の負担軽減のほか、機会損失の減少などにより医業収入を増やす効果もある[5]。医師事務作業補助者の業務は、年々拡大が期待される成長領域とされている[6]。
歴史
[編集]2000年代になり顕在化した医療崩壊、医師不足の問題を背景に、医師事務作業補助の職務が、病院勤務医の負担軽減策として注目されるようになった[7]。2007年11月2日に開催された中央社会保険医療協議会(中医協)診療報酬基本問題小委員会のなかで、事務局(厚生労働省)は「勤務医の事務作業負担の軽減により勤務医が患者への説明に十分な時間を取ることが可能となり、患者の不安軽減にもつながることから、特に地域の急性期医療を担う病院において、医師の事務作業を支援する事務職員の人員配置について診療報酬上の評価を検討」することを提案し、出席者も賛同を示した[8]。そして、2007年12月の厚労省医政局長通知「医師及び医療関係職と事務職員等との間等での役割分担の推進について」(医政発第1228001号)のなかで、医師による診療録等の記載を一定の条件下において事務職員が代行することが正式に認められた[3]。
当時は名称に揺らぎがあり、中医協での議論の過程では、「医療クラーク」、「メディカルクラーク」などの名称の揺らぎが見られたが[9]、2008年度の診療報酬改定において「医師事務作業補助体制加算」が新設され、医師事務作業補助を担う者は「医師事務作業補助者」として定められた。そして、医師事務作業補助者の具体的な業務として、(1)文書作成補助(診断書・指示書・意見書など)、(2)診療録の代行入力(診療録記載、オーダリング作業)、(3)医療の質の向上に資する事務作業(データ整理、カンファ準備など)、(4)行政上の業務(救急医療情報システムの入力など)が位置付けられた。
また、2008年6月の「安心と希望の医療確保ビジョン」では、「メディカルクラーク(医師事務作業補助者、医療秘書など)」について、「書類記載、オーダリングシステムへの入力などの役割分担を推進するとともに、資質向上の方策について検討する。また、医師等と患者側のコミュニケーションの仲立ちをし、十分な話し合いの機会を確保するといった業務を担う人材の育成が必要である」と明記された。この時点では「メディカルクラーク」が医療秘書を含む職として示されているが、後に、メディカルクラークは日本医療教育財団の医療事務(医療保険事務、窓口業務)の資格名称であることが判明し、この名称は取り下げられ、以後、医師事務作業補助者の名称のみが用いられることになった[10]。
2010年度の診療報酬改定では、医師の負担軽減策としての医師事務作業補助体制加算の有効性が検証されるとともに、医師事務作業補助者のさらに手厚い配置が評価されることになり、(病床数に対する配置割合が)従来の「25対1」、「50対1」、「75対1」、「100対1」に加え、「15対1」、「20対1」の評価が新設された。2008年時点では医師事務作業補助体制加算を算定する医療機関は730機関であったが、2014年には2,500機関を超えた[11]。
2014年度の診療報酬改定では、医師の診療業務を直接的に支援する性格をさらに強めるために、「医師事務作業補助体制加算1」と「加算2」に細分化され、「加算1」の施設基準として、「医師事務作業補助者の延べ勤務時間数の8割以上の時間において、医師事務作業補助の業務が病棟又は外来において行われていること」が求められることになった。2014年度の診療報酬改定では、加算1の評価がさらに引き上げられた。さらに、2018年度の診療報酬改定でも、医療従事者のさらなる負担軽減策の策定を要件に、点数が引き上げられることになった。
他方で、医師事務作業補助者の業務内容が多様化・高度化するなかで、スキルに差が生じていることが指摘されるようになり、業務マニュアルの整備やリーダーの育成、組織内で医師事務作業補助部門として独立させるなどの提言がなされている[12]。
業務
[編集]医師事務作業補助者の業務
[編集]診療報酬点数表においては、医師事務作業補助者の業務は、医師(歯科医師を含む)の指示の下に行う以下の業務に限られると限定列挙されている。もちろん、医師事務作業補助体制加算を算定しない場合は、この規定に縛られないものの、職能団体であるNPO法人日本医師事務作業補助研究会が2013年4月に定めた「医師事務作業補助者業務指針試案」では、次のように指摘している。「(医師事務作業補助体制加算の適用を受けない場合は、)受付業務や看護業務の補助なども可能になる。しかしながら、これらの業務は本質的に医師が行う業務ではないから同加算の対象外とされているのであり、加算がないことをもって安易に医師事務作業補助者の業務に取り込むのは、その配置の趣旨からは誤謬となることも考えられる。……施設基準がないことによって医師事務作業補助者を配置する目的が不明瞭になりやすい面もあり、それが業務範囲や業務フローなどの混乱を招きやすい面もあることを十分に考慮して、業務範囲等を整理することが望まれる」[13]。
- 診断書などの文書作成補助
- 診療記録への代行入力
- 医療の質の向上に資する事務作業
(診療に関するデータ整理、院内がん登録等の統計・調査、医師の教育や臨床研修のカンファレンスのための準備作業等)
- 行政上の業務
(救急医療情報システムへの入力、感染症サーベイランス事業に係る入力等)
現状では診断書、退院サマリー、紹介状返書のような「文書作成補助」を行っている病院が最も多い。「代行入力」を行っている病院は半数に満たないが、その内容は外来診療録から手術記録まで多岐にわたっている[14]。
医師事務作業補助者の禁止業務
[編集]医師事務作業補助体制加算を算定する場合、以下の業務については行ってはならないと明記されている。これらは、診療報酬の請求事務を除き、次項でみる医師事務作業補助者以外の「クラーク」や看護助手などが行う業務である。
医師事務作業補助者以外の「クラーク」の業務
[編集]医師事務作業補助者が生まれる前から、医師や看護師などの医療スタッフが医療業務をスムーズに行えるよう、病棟や外来などで事務員(クラーク)が配置されており、これらの事務員も「医療クラーク」、「病棟クラーク」、「外来クラーク」などと呼ばれてきた。こうした医師事務作業補助者以外の「クラーク」の業務としては、以下のものが挙げられる。
- 医師の回診や手術、検査などのスケジュール管理
- 医療用物品や診療科との連絡や伝票、薬剤などの搬送
- 診療器具や薬剤など診察や検査の準備と片付け
- 食費伝票、検査伝票、処置伝票などの作成と管理
- 診療内容・点滴・投薬などの情報管理
- 患者の入退院受付と事務手続き
- 院内の設備や必要なものなど、入院に関する説明
- 医療スタッフなどからの申し送り事項の患者への伝達
- 面会者の対応と案内、ナースステーションでの電話応対
教育・研修
[編集]医師事務作業補助者に就くには特に資格は不要であるが、医師事務作業補助体制加算の施設基準として、医療機関は医師事務作業補助者を新たに配置してから6か月間の研修期間のうち32時間以上の基礎研修を行なうことが定められている。研修項目は以下のとおりである。
- 医師法、医療法、薬事法、健康保険法等の関連法規の概要
- 個人情報の保護に関する事項
- 当該医療機関で提供される一般的な医療内容及び各配置部門における医療内容や用語等
- 診療録等の記載・管理及び代筆、代行入力
- 電子カルテシステム(オーダリングシステムを含む)
これらの基礎研修の習得や実務能力を評価する民間資格として、財団法人日本医療教育財団が医師事務作業補助技能認定試験を行っており、合格者には「ドクターズクラーク」の称号が付与される。当該試験の受験資格者は、教育機関において「医師事務作業補助技能認定試験受験資格に関する教育訓練ガイドライン」に適合すると認めるものを履修した者か、医療機関等において医師事務作業補助職として6か月以上(32時間以上の基礎知識習得研修を含む)の実務経験を有する者か、上記と同等と認定された者である。また、特定非営利活動法人日本メディカルセクレタリー機構は、基礎研修修了者を対象にメディカルセクレタリー(初級)認定試験を実施している。
脚注
[編集]- ^ たとえば、豊島ほか(1987)。
- ^ “Medical Assistant”. U.S. News. 18 February 2015閲覧。
- ^ a b 「医師及び医療関係職と事務職員等との間等での役割分担の推進について」 - 厚生労働省医政局長通知、2007年12月28日。
- ^ 平成23年度徳島県医師事務作業補助者導入推進事業に関するQ&A
- ^ 佐藤(2012: 92)。
- ^ 「医師事務作業補助は成長領域 唐澤審議官」 - じほうMEDIFAX、2012年7月4日号。
- ^ 徳永・大友(2010: 233)。
- ^ 「中央社会保険医療協議会診療報酬基本問題小委員会平成19年11月2日議事録」 - 厚生労働省。
- ^ 徳永・大友(2010: 233-4)。
- ^ 徳永・大友(2010: 234)。
- ^ 「主な施設基準の届出状況等」(中央社会保険医療協議会)の各年データによる。
- ^ 「医師事務作業補助者の役割を問う―第18回日本医療マネジメント学会開催」- 『週刊医学界新聞』3175、2016年5月23日。
- ^ 「医師事務作業補助者業務指針試案」 - NPO法人日本医師事務作業補助研究会、p.7。
- ^ 瀬戸ほか(2009)。
参照文献
[編集]- 佐藤秀次監修(2012)『医師事務作業補助マネジメントBOOK』医学通信社.
- 瀬戸僚馬ほか(2009)「医師事務作業補助者の業務と電子カルテ等への代行入力の現状」『医療情報学』29 (6): 265-72.
- 徳永彩子・大友達也(2010)「日本における秘書職能の史的考察」『安田女子大学紀要』38: 223-23.
- 豊島忍ほか(1987)「クラーク導入による看護改善の試み」『看護管理』18: 128-30.
関連項目
[編集]外部リンク
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