利用者:Wetch/公理論的熱力学
ノート
[編集]エントロピー#リーブとイングヴァソンによる再構築 に概説あり.
ほとんど各書籍から引用したものの羅列にしかなりませんが,こういう記事は[WP:NOT]違反だったりするのでしょうか?
この記事の書き方についての方針(案): 公理系をコンパクトに記述するため,この記事では数学的な用語については詳細な定義の記述を省略する(リンクで誘導).これは[特殊相対論]へのアンチテーゼである.やりたきゃ[一般相対論の数学]や[量子力学の数学的定式化]のように別記事を立てること. また,物理的な用語の定義等については脚注で説明することもあるが,省略することもある.
一部の本では前提,要請という書き方をしているが,ここではすべて公理と呼ぶことにする。
それぞれの本の中で、明確に「公理論的熱力学」という語を使っているかを確認すること。
概要
[編集]独自研究注意 従来の熱力学はクラウジウス(1865)を踏襲.
これに対してLieb, Yngvason(1999)
いずれの公理系も熱平衡状態を特徴づけるパラメータとして温度またはエントロピーのいずれかを採用する。温度は第0法則との親和性がよいという利点があるが、相転移を含む系に対しては状態を一意的に表すことができないという欠点がある。
第3法則は熱力学理論の構造に必須ではないため公理系に入れていない例がある.
佐々真一 著、兵頭俊夫 編『熱力学入門』共立出版、2000年。ISBN 4-320-03347-7。
[編集]田崎によると,状態方程式と熱容量を出発点にする(田崎より標準的な)立場.佐々自身も伝統的な熱力学の構成に従っている[1]と述べている. 流体を具体例にして説明していくスタイル[2].
エントロピーについて,伝統的な本では絶対温度から,無限個のカルノーサイクルを使ったり,微分形式の考え方を持ち出したりしながらエントロピーを定義する.本書ではエントロピーへの動機づけを不可逆性から与え,エントロピーの本質を先に明示し,その必要要件からエントロピーが満たさなければならない表現を見出す.[3] 公理論的という言葉は使っていない.
温度の存在は最初から認める立場をとる[4]. 参考文献に田崎本が挙げられており,前後関係がどうなっているのか? 佐々の動機:
- 1995年の大野克嗣からの指摘
- Lieb, Yngvason(1999)の公理論的熱力学の論文
- 田崎,清水等との議論
公理
[編集]- 公理2.1[温度の基本的性質]:断熱壁で囲まれた箱が,断熱不動壁で左右に仕切られている.それぞれの部分に異なる温度の流体が入っていて,平衡状態になっているとする.断熱不動壁のすぐ横に,透熱仕切り壁を入れ,断熱仕切り壁をぬくと,それぞれの流体の温度は変化し,別の平衡状態に変化する.この平衡状態では,2つの流体の温度は等しく,その温度はそれぞれの流体の最初の温度の間のある値になっている.
- 公理2.2[等温環境における平衡状態]:等温環境においては,操作を終えた後,十分に時間が経過すれば,平衡状態が実現し,その時の温度は環境の温度に等しい.
- 公理2.3[断熱環境における平衡状態]:断熱環境においては,操作を終えた後,十分に時間が経過すれば,平衡状態が実現する.
- 公理2.4[状態方程式]:任意の物質A,任意の物質量 N に対して,状態方程式 P = P(T, V; A, N) が決定されている.
- 公理2.5[熱容量]:任意の物質A,任意の物質量 N に対して,(定積)熱容量 C = C(T, V; A, N) が決定されている.
- 公理3.1[力学操作による温度上昇]:任意の体積 V,任意の温度 T0, T1 (T1 > T0) に対し,断熱過程 を実現することができる.
- 公理3.2[熱と仕事の等価性(温度上昇)]:断熱過程[5] に対して,等式 が成り立つように,基準(単位)の熱容量 C* を選べる.
- 公理3.3[熱と仕事の等価性(一般)]:任意の過程 (T0, V0) → (T1, V1) において流体がもらう熱とされる仕事の和 の値は,始状態 (T0, V0) と終状態 (T1, V1) だけで決まる.
- 公理3.4[理想気体の断熱自由膨張]:理想気体の断熱自由膨張では温度は変化しない.
- 公理3.5[断熱曲線の広がり]:任意の状態 (T0, V0),任意の温度 T に対して,断熱準静的過程 を実現する V がある.
- 公理4.1[ケルビンの原理]:流体がサイクル過程である熱源から正の熱を奪い,他に変化を残すことなく,力学装置に同じ正の仕事をすることはできない.
- 公理4.2[ケルビンの原理(等温過程)]:サイクル等温過程で,流体が正の仕事をすることはできない.
- 公理8.1[理想半透膜の存在]:どんな物質の種類に対しても,その物質だけを透過させる完全な半透膜が存在する.
- 公理8.2[仕事の解析性]:溶媒の物質量を N ,溶質の物質量を M として,(N, M) を固定した等温準静的仕事と断熱仕事は,ε = M/N に関して冪展開できる.
第1法則は公理3.3までで証明される事柄となる.
公理3.5は物理的に大事な仮定ではなく,満たさない場合もある[6].
田崎晴明『熱力学 現代的な視点から』培風館、2000年。ISBN 4-563-02432-5。
[編集]- 基本姿勢:仕事を主役にした操作的な視点から熱力学の全体を見る.等温での操作(第二法則)と断熱下での操作(第一法則)をそれぞれ議論した後,両者を同時にとらえる枠組みを探ることで,一気の熱力学の全体像が構築される.[7]
- 従来の教科書のほとんどがクラウジウスの1865年の論文『熱の力学的理論の基礎方程式の,応用に便利な異なる形式について』で提示された方法を踏襲してきた.[8]
- 田崎が直接の影響を受けたのはLieb-Yngvason[9]の論文による公理的な熱力学の定式化と佐々[10]の熱力学の定式化である.[11]
- 数学の体系の場合にもそうだが,何を「要請(公理)」とみなし何を「結果」とみなすかには,かなりの任意性がある.論証の仕方を変更すれば,「結果」と呼ばれていたものの一部を「要請」に置き換え,それに応じて「要請」の一部を「結果」にすることもできる.それでも,最終的に得られる体系が同じものであることはいうまでもない[12].
- エントロピーを天下りに定義するやり方は,熱力学の基盤についての思考停止を招きかねないと考えている[13].
- 田崎自身はこの本を公理論的とは呼んでいない.
公理
[編集]- 公理2.1[等温環境での平衡状態]:ある環境(外界)に熱力学的な系[14]を置き、示量変数の組を固定したまま,十分に長い時間が経過すると,系は平衡状態に達する.平衡状態では,系の性質は時間がたっても変化しない.また,同じ環境に置いた系の平衡状態は,示量変数の組の値だけで完全に決定される.
- 公理2.2[環境と温度]:各々の環境を特徴づける温度 T という実数の量がある.環境に置いた熱力学的な系の平衡状態を左右するのは,環境の温度だけである[15].つまり,等しい温度の環境の中にある熱力学的な系の平衡状態は,示量変数の組が等しければ,常に等しい.
- 公理2.4[16][断熱系の平衡状態]:熱力学的な系を断熱壁に囲み,示量変数の組を一定値 X に固定したまま十分に長い時間が経過すると,系はある平衡状態 (T; X) に達する.この時の平衡状態の温度 T は,系のはじめの状況で定まり,環境の影響を受けない.
- 公理3.1[ケルビンの原理]:任意の温度における任意の等温サイクルについて,1回のサイクルの間に系が外界に行う仕事 Wcyc について,Wcyc ≤ 0 が成り立つ.
- 公理4.1[温度を上げる断熱操作の存在]:(T; X) を任意の平衡状態とする.T′ > T を満たす任意の温度 T′ について,示量変数の組を変えない断熱操作 が存在する.この操作の際,外界から系に正の仕事を行う必要がある.
- 公理4.3[熱力学におけるエネルギー保存則]:任意の断熱操作の間に熱力学的な系が外界に行う仕事は,はじめの平衡状態と最終的な平衡状態だけで決まり,操作の方法や途中経過には依存しない.
ネルンスト・プランクの仮説,あるいは第3法則は熱力学の基本的な構造にかかわる主張ではない[17].
清水明『熱力学の基礎』東京大学出版会、2007年。ISBN 978-4-13-062609-5。
[編集]清水明『熱力学の基礎I』(2版)東京大学出版会、2021年。ISBN 978-4-13-062622-4。
- 適用範囲を限定した妥協した形で示すのではなく,どんな熱力学系にも適用できるような普遍的な理論として提示した.[18]
- 相加変数を基本的な変数に取ることによって,相転移があっても破綻しない堅固な論理構成とした.[19]
- 物理学では,数学の公理に相当する出発点の「要請」(「仮定」とか「基本法則」とも呼ばれる)の選び方をある程度換えても,ほとんど同じ内容の理論が得られる.この事情は熱力学にも当てはまるので,熱力学の出発点の「要請」には様々な選び方がある.様々な流儀をごく大ざっぱに分類してみよう.(中略)A.相加変数だけを基本的な変数に選んで熱力学を展開していく流儀 B.基本的な変数の一部を狭義示強変数(特に温度)に置き換えて熱力学を展開していく流儀 の2つの流儀がある.歴史的には温度などに着目して熱力学が作られてきた経緯があるので,Bの流儀を採用する教科書が多い.しかし(中略)Bの流儀は「一次相転移」がある場合には不完全になるし,そもそも相対論的な重力の効果があると(中略)破綻してしまう.これに対して,J. W. Gibbs[20]が創始したAの流儀は,これらの難点がすべて解消される上に,量子論や統計力学とのつながりもスムーズである.(中略)本書は,Aの流儀がもつ長所をフルに生かしたもっとも広い適用範囲を持つ一般的な形式を記述した教科書を目指した[21].Bの流儀として田崎(2000)を挙げている[22].
- 以下,初版から2版になるときに消えた表現には取り消し線を,増えた表現には下線をつける.
公理
[編集]- 公理1[平衡状態]
- (1.1)[平衡状態への移行]:系を孤立させて(静的な外場だけはあってもよい)十分長いが有限の時間放置すれば,
どんなマクロ変数もに見て時間変化しない特別な状態へと移行する.このときの系の状態を平衡状態と呼ぶ. - (1.2)[部分系の平衡状態]:もしもある部分系の状態が,その部分系をそのまま孤立させた(ただし静的な外場は同じだけかける)ときの平衡状態とマクロに見て同じ状態にあれば,その部分系の状態も平衡状態と呼ぶ.平衡状態にある系の部分系はどれも平衡状態にある.
- (1.1)[平衡状態への移行]:系を孤立させて(静的な外場だけはあってもよい)十分長いが有限の時間放置すれば,
- 公理2[エントロピー]
- (2.1) [エントロピーの存在]:任意の系の様々な平衡状態のそれぞれについて,
実数値が一意的に定まるエントロピーという量 S が存在する.
- さらに,系に対して行う操作の範囲を決めたとき,それらの操作を含む適当な一群の操作たちと,それらによって移り変わる
平衡状態たちについて,以下が成り立つ.
- (2.2)[単純系のエントロピー]:単純系の S は,エネルギー U
を含むと,いくつかの相加変数の組U,X ≡ X1, ..., Xt の関数である:S = S(U,X1, ..., XtX) (単純系).これを(エントロピー表示の)基本関係式と呼び,U, X (= X1, ..., Xt) をエントロピーの自然な変数と呼ぶ.変数の数 t + 1 は,変数の値と無関係である.単純系の部分系は,元の単純系と同じ基本関係式を持つ. - (2.3)[基本関係式の解析的性質]:基本関係式 S = S(U, X1, ..., Xt) は,連続的微分可能であり,特に U についての偏微分係数は,正で(U が物理的に許される範囲のすべての値をとりうるならば)下限は0で上限はない.
- (2.4)[均一な平衡状態]:
平衡状態にある系の中の任意の球状の部分系に着目したとき,その部分系の状態が空間的に均一であれば,その状態は,その部分系のエントロピーの自然な変数の値と一対一に対応する.平衡状態にある単純系は,それぞれがマクロに見て空間的に均一な部分系たちに分割できる(部分系の間の境界はマクロに見て無視できる).それぞれの均一な部分系の状態は,エントロピーの自然な変数 U, X が適切に選んであれば,その部分系の U, X の値で一意的に定まる.また,その部分系には,それと同じ U, X の値を持つ不均一な平衡状態は存在しない. - (2.5)[エントロピー最大の原理]:単純系 i (= 1, 2, ...) のエントロピーの自然な変数を U(i), X(i) (= U(i), X(i)
1, ..., X(i))
ti),基本関係式を S(i) = S(i)(U(i),X(i)X(i)) とするとき,これらの単純系の複合系は,与えられた条件の下で,すべての単純系が平衡状態にあって,かつ
1, ..., X(i)
ti)構文解析に失敗 (不明な関数「\sout」): {\displaystyle \sout{\hat{S}\equiv \sum_i S^{(i)}(U^{(i)},X_1^{(i)},\dots,X_t^{(i)})} }が最大になるときに,そしてその場合に限り,平衡状態にある.そのときの複合系のエントロピーは, の最大値に等しい.
- (2.1) [エントロピーの存在]:任意の系の様々な平衡状態のそれぞれについて,
第3法則(ネルンスト・プランクの仮説)は公理系には入れていない.この仮説は経験上,ほとんどの系について成り立っている.ガラスのような系では成り立たないが,それは,ガラスは平衡状態に向かう途中で固まってしまって真の平衡状態に達していないからだと解釈できる.熱力学の立場では,基本関係式は,理論の「外から」実験などにより与えられるものであるから,こう考えても構わない.[23]
- 公理1[平衡状態]
- (1.1)[平衡状態への移行] 系を孤立させて(静的な外場だけはあってもよい)十分長い時間放置すれば,どんなマクロ変数も時間変化しない特別な状態へと移行する.このときの系の状態を平衡状態 (equilibrium state) と呼ぶ.
- (1.2)[部分系の平衡状態] もしもある部分系の状態が,その部分系をそのまま孤立させた(ただし静的な外場は同じだけかける)ときの平衡状態とマクロに見て同じ状態にあれば,その部分系の状態も平衡状態と呼ぶ. 平衡状態にある系の部分系はどれも平衡状態にある.
- 公理2[エントロピー]
- (2.1)[エントロピーの存在] 任意の系の様々な平衡状態のそれぞれについて,実数値が一意的に定まるエントロピー (entropy) という量 S が存在する.
- さらに,系に対して行う操作の範囲を決めたとき,それらの操作を含む適当な一群の操作たちと,それらによって移り変わる状態たちについて,以下が成り立つ.
- (2.2)[単純系のエントロピー] 単純系の S は,エネルギー E を含むいくつかの相加変数の組 E, X1, ..., Xt の関数 である: S = S(E, X1, ..., Xt) (単純系). これを(エントロピー表示の)基本関係式 (fundamental relation) と呼び,E, X1, ..., Xt をエントロピー の自然な変数 (natural variables of entropy) と呼ぶ.変数の数 t + 1 は,変数の値と無関係である.単純系の部分系は,元の単純系と同じ基本関係式を持つ.
- (2.3)[基本関係式の解析的性質] 基本関係式は,連続的微分可能であり,特に E についての偏微分係数は, 正で(E が物理的に許される範囲の全ての値をとりうるならば)下限は 0 で上限はない.
- (2.4)[均一な平衡状態] 平衡状態にある系の中の任意の球状の部分系に着目したき,その部分系の状態が空間的 に均一であれば,その状態は,その部分系のエントロピーの自然な変数の値と一対一に対応する.
- (2.5)[エントロピー最大の原理] 単純系 i (= 1, 2, ...) の基本関係式を S(i) = S(i)(E(i), X(i)
1, ..., X(i)
ti) とするとき,これらの単純系の複合系は,与えられた条件の下で,全ての単純系が平衡状態にあって,かつ- が最大になるときに,そしてその場合に限り,平衡状態にある.そのときの複合系のエントロピーは, の最大値に等しい.
前野昌弘『よくわかる熱力学』東京図書、2020年。ISBN 978-4-489-02341-5。
[編集]前野は田崎に準拠しており[24],熱力学は力学の続きであるという方針である.
公理
[編集]- 公理1[温度の存在と平衡状態の唯一性]:単純系の状態を指定する示強変数として,「温度」という実数パラメータがある.温度 T と示量変数 {V}, {N}[25]を指定すると,平衡状態はただ一つに決まる.[26]
- 公理2[断熱環境下の平衡]:示量変数 {V}, {N} を固定し,周りからの影響を受けない状態にした(断熱環境にした)単純系は十分な時間がたてば(T, {V}, {N}で指定される)平衡状態に達し,そのまま変化することはない.
- 公理3[等温環境下の平衡]:一様で一定の温度にある環境の中で示量変数 {V}, {N} を固定した単純系は十分な時間がたてば(T, {V}, {N}で指定される)平衡に達し,そのまま変化することはない.その時の単純系の温度は環境温度と同じになる.
- 公理4[断熱平衡状態での温度]:単純系の示量変数 {V}, {N} を固定して周囲の環境の影響を受けない状態で平衡に達したとき,系の温度は系の最初の状態にのみ依存する.
- 公理5[ケルビンの原理]:示量変数が元に戻る等温操作 の間に系がする仕事を Wcyc とすると,Wcyc ≤ 0 である.
- 公理6[温度を上げる断熱操作の存在]:示量変数 {V}, {N} を変化させず[27]に,温度を上げる断熱操作は常に可能である.すなわち,任意の温度 T, T′ (T < T′) で,任意の示量変数の状態に対し,断熱操作 が存在する.
- 公理7[断熱仕事の一価性]:断熱操作で系が行う仕事は,最初の平衡状態(始状態)と最後の平衡状態(終状態)を決めれば決定し,途中経過によらない.
第3法則は例外となる物質(ガラスなど)が実在することが分かっており,普遍性が乏しいため公理には入れない[28].
新井朝雄『熱力学の数理』日本評論社、2020年。ISBN 978-4-535-78918-0。
[編集]新井の本は物理的概念の数学的定式化,ということのようだ.したがって清水のように物理的概念そのものの定義は行っていない.
明確に公理論的熱力学という言葉を使っている.
まえがきより抜粋
[編集]近代物理学の一範疇としては1824年のカルノーに始まり20世紀初めに一応の完成を見た熱力学の標準的な理論は,熱現象に関わる経験的事実から帰納される四つの普遍的法則—熱力学第0法則,熱力学第1法則,熱力学第2法則,熱力学第3法則—を仮定し,これらの法則から諸々の熱的現象の法則を演繹的に導くという形をとる.そこでなされる議論や推論は,通常の物理学としては,それで特に問題があるわけではない.だが,その数学的部分は,厳密な認識を求める観点から吟味した場合,残念ながら,到底受け入れられるものではない.こうして,熱力学の数学を厳密な思考にとって疑義のない形に構成したいという衝動が生まれる.
この公理論的熱力学—数学的にきちんと定義されるいくつかの公理から,熱力学の諸結果を数学的に疑義なく導出しようとする理論—の構築という問題に対して歴史上最初に着手したのは1909年のカラテオドリ[29]である. 爾来,様々な公理論的熱力学の構築が試みられてきた.しかしながら,こうした努力にも関わらず,公理論的熱力学に関しては,古典力学や量子力学の公理系のように,多くの研究者が認める公理系は,なおも見いだされていないように思われる.
新井の本の方針:
- 過度の抽象化に陥ることなく,経験的事実や物理的直観と直結している抽象的定式化
- 古典力学のように,熱力学も巨視的物理学の一理論として完結すべきものであり,その公理論的定式化においては,統計力学的理念や概念は一切使用しない
- 絶対温度とエントロピーは導出されるべきものではなく,熱現象にかかわるアプリオリな根源的対象として位置付けている.
標準的な熱力学理論の問題点
[編集]- 準静的過程は,通常の熱力学においては,状態 x から状態 y への過程[30] における状態変化が常に系の熱平衡状態に“無限に近い”状態の連続的変化として行われ,その逆の過程 も同様に仕方で実現可能であることと定義される.この“無限に近い”という概念が数学的に明確でない[31].
- 第1法則 における δ の記号の意味が数学的に不明である[32].
- 絶対温度の導入が数学的な観点から見れば発見法的な議論以上のものではない[33].通常の熱力学の議論においては,第0法則に依拠して,各熱系に対して“経験温度”を定義する.次に,カルノーサイクルと第2法則を用いて特定の熱系によらない温度目盛が作れることを示し,これを絶対温度として導入する.加えで絶対温度の逆数 1/T が δQ の積分因子であることを示し,δQ / T の“不定積分”としてエントロピー を状態量として導入する.
- 以上の問題点は数学的に見たとき,の話であり,物理学的な意味では了解されうる[34]し,物理学的な考察としては十分意味のあるものである[35].
- 従来の公理論的熱力学では,通常の熱力学の本で提示される第2法則をしかるべく再定式化し,そこから絶対温度とエントロピーを導出しようとするものが多い.しかし,これはほとんどの場合,うまくいかない.絶対温度とエントロピーの,平衡状態の空間全体にわたる大域的存在を示すことは難しい.
公理
[編集]- 公理1
- 公理2[断熱的仕事の加法性]:関係 ≤ のグラフ G := {(x, y) ∈ M × M | x ≤ y} 上の実数値関数 で
- を満たすものが存在し,W(x, y) は x から y への断熱的遷移において系が外界に行う断熱的仕事を表す.関数 W を M の断熱的仕事関数という.
- 公理1と2から内部エネルギーの存在が導かれ,断熱的遷移に限定した第1法則に対応する等式が成り立つ.
- 公理3:熱平衡状態バンドル[38][39] は次の性質を満たす二つの関係 を有する:
- 公理4[絶対温度]:全順序集合 [40]から全順序集合 [41] への全単射写像 Θ で,順序を保存するもの,すなわち
- を満たすものが存在する.
- 各 に対して,正数 TA(x) > 0 を
- によって割り当てることができる.TA は熱系 A の状態関数[42]である.状態関数 TA を A の絶対温度と呼ぶ.
- 公理5
- (5.1)[熱系の状態空間]:熱系 M は弧状連結な C∞ 多様体である.
- (5.2)[準静的過程]
- (5.2.1) x ∈ M を始状態,y ∈ M を終状態とする準静的過程 は M 内の(x を始点,yを終点とする)D1 級曲線 γx, y によって表される.
- (5.2.2) 各 x ∈ M に対して,ある近傍 Ux が存在して,x を始点とする,Ux 内の任意の C∞ 級曲線は準静的過程を表す.
- (5.3) 準静的過程 γx, y において,M が外界から受け取る熱量を Q(γx, y)と表す.M 上の C1 級1次微分形式 ωH(熱形式)が存在し,任意の準静的過程 γx, y に対して,次が成り立つ:
- (5.4) 準静的過程 γx, y において,系が外界に対して行う仕事を W(γx, y) と表す.M 上の C1 級1次微分形式 ωW(仕事形式)が存在し,任意の準静的過程 γx, y に対して,次が成り立つ:
- (5.5)[準静的過程の熱力学的エネルギー保存則] 内部エネルギー U は M 上の C2 級関数であり,U の微分を dU とすれば が成り立つ.
- 公理6[第2法則]:T := TM を系 M の絶対温度とする.T ∈ C1(M) であり,M 上の C2 級関数 S: M → が存在して
- が成立する.関数 S を系 M のエントロピーと呼ぶ.
- 公理7:任意の(準静的とは限らない)絶対温度 T の等温過程 に対して
- 公理8:任意の過程 において,系が吸収する熱量を ,系が放出する熱量を とすれば
- が成り立つ.ただし C+, C- は正の定数である.
- 公理9[第3法則]:M を熱系とし,状態 x ∈ M の絶対温度を T(x) とする.もし,有向集合 I で添え字づけられるM のネット {xα}α∈I が T(xα) → 0 をみたすならば S(xα) → 0[43].
- 公理10:合成系[44] はプリオーダー ≤ を有し,x ≤ y は状態 x = (x1, ..., xn) ∈ M から状態 y = (y1, ..., yn) ∈ M への断熱的遷移を表す.さらに次の(10.1)から(10.3)が成り立つ:
- (10.1) 任意の x, y ∈ M に対して,x ≤ z, y ≤ z となる z ∈ M が存在する.
- (10.2) xi ≤ yi, i = 1, ..., n ならば x ≤ y.
- (10.3) 集合 {(x, y) ∈ M × M | x ≤ y} 上の関数 W が存在して,公理2と同様の関係式および
- が成り立つ.ただし,Wi は系 Mi の断熱的仕事関数である.
脚注
[編集]- ^ p. 5
- ^ p.5
- ^ p.5
- ^ p. 11
- ^ 断熱環境にあって,力学的操作だけで実現される過程
- ^ p.45
- ^ はじめに p.ii
- ^ p.16
- ^ E. H. Lieb and J. Yngvason, The Physics and Mathematics of the Second Law of Thermodynamics, Physics Reports 310 (1999) 1-96.
- ^ 佐々真一,熱力学入門,共立出版,2000年
- ^ p. 16
- ^ p. 17
- ^ p. 280. en:Herbert Callen, 1985の教科書に対する評.
- ^ 外部と物質のやり取りをしない閉じた熱力学的な系を考えている。
- ^ 単純状態に限る
- ^ 2.3は結果,定理なので書かない
- ^ 田崎,p.204
- ^ 清水(初版),まえがき
- ^ 清水(初版),まえがき
- ^ Thi Scientific Papers of J. W. Gibbs Vol. I (Longmans, Green, and Co., 1906)
- ^ 清水(2版),p.5
- ^ p.389
- ^ 清水(初版),pp.118-119
- ^ まえがき p.iv
- ^ 多成分の共存だけでなく,それぞれの成分が存在している空間が何らかの理由で分離している場合も考慮した書き方となっている.
- ^ 相転移現状のなかでこの定義では状態が1つに決まらない状況があることは前野も指摘している.
- ^ 一旦変化させて元に戻すような操作も含める
- ^ p. 308
- ^ C. Carathéodory, Untersuchungen über die Grundlagen der Thermodynamik(熱力学の基礎についての研究), Mathematische Annalen 67, 355-386 (1909).
- ^ 記号 は,系が熱平衡状態xからyに至る状態の変化(過程)を表す.
- ^ p. 136
- ^ p. 139
- ^ p. 153
- ^ 朝井,p.136
- ^ 朝井,p.153
- ^ 熱力学の対象となる系を総称的に熱系と呼ぶ.それはその系がとりうる様々な熱平衡状態の集合である.
- ^ 外界との熱的接触を断ちつつ x から y への変化(断熱的遷移)が可能であること
- ^ 熱系全体の集合を とし,集合 を考える.元 (A, x) は熱系 A の平衡状態 x を表す記号と解釈できる.したがって,系 A の平衡状態の全体は と表すことができ,これを用いると と書き直せる.集合 を熱系 A の“上に立つ”ファイバーとみなすと,右辺 は,このファイバーを全ての熱系にわたって”束ねた”ものとみなすことができる.そこで を熱平衡状態バンドルと呼ぶことにする.
- ^ フォントについて:原著では\mathscr{I}, \mathscr{T}が使われていたが,\mathscrが使えないそう[1]なので\mathcalで代用する.
- ^ 集合 は,同値関係により,同値類に類別される.点 の同値類を と書こう:.同値関係による商集合を と記す:関係 等は同値類上の関係へwell-definedに定義でき,関係 は における全順序であることが示せる.
- ^ ここでの≤は通常の実数に関する不等号.
- ^ 熱平衡状態の集合を定義域とする実数値関数— M からへの写像—を(熱力学的)状態関数という.
- ^ [2]を参考に最後の数式は から書き変えた.
- ^ 有限個の熱系 M1, ..., Mn (n ≥ 2) からなる系であり,その状態空間は積多様体 によって与えられると仮定する(公理).
参考文献
[編集]- 山本義隆『熱学思想の史的展開』現代数学社、1987年。