利用者:Prof.Kubo
万 葉 集 山 上 憶 良 -2
貧 窮 問 答 歌
さて、山上憶良-2として、彼の代表作の貧窮問答歌を取り上げよう。若い方達は、貧乏の歌!と毛嫌いしては、いけません。よく読むことでこの名作の価値がわかってくると
思います。さあ講義に入りましょう。
風雑り 雨降る夜の 雨雑り 雪降る夜は 術もなく 寒くしあれば
堅塩を 取りつづしろひ 糟湯酒 うち啜ろひて 咳かひ 鼻びしびしに
しかとあらぬ 髭かき撫ぜて 我をおきて 人は在らじと 誇ろえど
寒くしあれば 麻衾 引き被り 布肩衣 有りのことごと 服襲へども
寒き夜すらを 我よりも 貧しき人の 父母は 飢え寒からむ
妻子どもは 乞う乞う泣くらむ この時は 如何にしつつか 汝が世は渡る
天地は 広しといへど 吾が為は 狭くやなりぬる 日月は 明しといへど
吾が為は 照りや給はぬ 人皆か 吾のみや然る わくらばに 人とは
あるを 人並みに 吾も作れるを 綿も無き 布肩衣の 海松の如
わけさがる 襤褸のみ 肩にうち懸け 伏庵の 曲庵の内に 直土に
藁解き敷きて 父母は 枕の方に 妻子どもは 足の方に 囲み居て
憂へ吟ひ 竈には 火気ふき立てず 甑には 蜘蛛の巣懸きて
飯炊く 事も忘れて 鵺鳥の 喉吟ひ居るに いとのきて 短き物を
端裁ると いへるが如く 楚取る 里長が声は 寝屋戸まで
来立ち呼ばひぬ かくばかり 術無きものか 世間の道
終わりまで読んだ方は、疲れたでしょう。でもここまで書いてきて、諸君のためにルビを振る仕事をしてきた小生は本当に疲れました。教授という仕事は、このような君達の目に見えない準備をして講義に臨む者なのです。さて諸君がこの日本文化史上の名作を、理解出来るよう手伝いましょうか。
1行目の風雑り、雨雑り:かぜまじりは風、雨が間歇的に風が吹き、雨が吹き付ける状態を表現したとおもいます。当用漢字では在りませんが、情景が目に浮かぶではないですか。 雪降る夜は術もなく 寒くしあれば:なんら対処できない状態。 2行目:堅塩を 取りつづしろひ:かたしお=岩塩 海水を天日乾燥させ釜で煮て精製する技術は、これ以後発達した技術です。 糟湯酒 うち啜ろひて:酒を絞った後残る酒粕をお湯で溶いた薄い酒を、啜って 咳かひ 鼻びしびしに:咳が止まらず、鼻水が垂れながら 3行目:しかとあらぬ 髭かき撫ぜて:大して無い髭を、撫ぜながら 4行目: 麻衾 引き被り 布肩衣:麻で出来ている掛け布団、衣服を身に 服襲へども:ありたけの衣服を、身にまとったのだけど 5行目:寒き夜すらを 我よりも 貧しき人の 父母は 飢え寒からむ 妻子どもは 乞う乞う泣くらむ この時は 如何にしつつか 汝が世は渡る
ありたけの衣類を身にまとい、布団を被ってさえも寒い夜を、自分より貧しい人の、父は母飢え寒かろう、妻子はめそめそ泣いているだろう、こんな時は、どのようにして過ごしているのだろうか。 私は、この詩、山上憶良が好きなのは、この自分でも寒く、鼻が止まらない状況なのに、自分より貧しい人の父母を、妻子を思いやる心です。 この心情が、漢詩の世界で、詩聖といわれる杜甫と比肩する日本人が誇り得る詩聖だと思います。君達若い世代に、人の窮状を思いやる気持ちを持って貰いたいと思います。 後半の部分は、小生の勝手な感覚では、不要だと思っています。この詩は前半で完結していると思います。この為後半の解説はしないことにします。
2010/12/14 Prof. Kubo
つぎには、万葉集から離れ、島崎藤村の若菜集に触れたいと思っています。