利用者:Omotecho/マクマード海峡
座標: 南緯77度30分 東経165度00分 / 南緯77.500度 東経165.000度
マクマード海峡(マクマードかいきょう 英語: McMurdo Sound)は、南極大陸のロス海に開く海域である。幅およそ55 kmで奥行きも深い。北はロス海へ、南はハスケル海峡を介してロス棚氷の奥へつながる。海峡はほぼ全面がマクマード棚氷に覆われる。西側に接する王立協会の名を付けた高原(Royal Society Range)は海面から4,205 mの断崖の上に広がる。対する東側は、かつて極地探検家が出発点としたロス島と接する。
この島にそびえるエレバス山は活火山で、標高3,794 mである。島の南海岸に南極大陸最大の科学調査基地マクマード基地(アメリカ)およびスコット基地(ニュージーランド)が位置する。マクマード海峡で凍らない海面は海岸線の10%に満たない[1]ものの、世界最南の航行可能な水域である[2]。
概要
[編集]マクマード海峡は南極点からおよそ1,300 km。発見者ジェイムズ・クラーク・ロスは1841年2月、英国海軍テラー号(HMS Terror)に乗り組んだ探検家アーチボルド・マクマード中尉(Archibald McMurdo 1812年–1875年)に献名した[3]。
現在、海峡は貨物航路が通り、上空を通過する航空機はマクマード基地に近い流氷上の滑走路 を目指す。同基地は1957・1958年から通年の運用を続け、積年の排水によりウィンター・クオーターズ湾(Winter Quarters Bay)の水質汚染が進んだ。
この海峡に面した海岸線では、ウィンター・クォーターズ湾などに接する氷が水上艦にとって恐ろしい存在である。耐氷性を高めた船体の強化は必須であり、しばしば砕氷船による先導に頼ることになる。そのような極限状態の海は人類の移動を制限し、たとえ南極半島の開放水域で観光客増加をゆるしても、マクマード海峡にたどり着く人の数を抑えている。海峡沿岸にはシャチ、アザラシ、アデリーペンギン、皇帝ペンギンなど野生生物が見られる。
南極海を流れる冷たい南極環流は太平洋と大西洋の南を通過する海流の進入をさえぎり、マクマード海峡ほか南極沿岸水域に暖流が到達しにくい。南極の高原から吹き下ろす激しい滑降風は、世界で最も寒く強風が吹きすさぶ大陸という南極の地位を象徴する。湾は冬季は厚さ3 m前後の氷に閉ざされる。夏季に割れて分裂した流氷は風と海流に押されて北に向かう。ロス海に押し寄せた流氷は深みから冷たい海流をかき立て、海盆に引きこむ。
マクマード基地では、冬季の極夜には気温が零下51℃に達する。ただし『USAトゥデイ』によると、最も暖かい12月と1月は平均最高気温は零下1℃という[要出典]。
氷の戦略的役割
[編集]この海峡には戦略上の要路という役割が認められ、20世紀初頭の南極探検にさかのぼる。イギリスの探検家アーネスト・シャクルトンとロバート・スコットは、南極点への陸路遠征の出発点として海峡に面した海岸に基地を建てた。
物資輸送の面では、この海峡の重要性は現代も変わらない。貨物船と燃料タンカーは大陸最大の基地であるマクマード基地(アメリカ)ほかへの物資供給ルートとして、海峡を必ず通ることになる。航空輸送による貨物と乗客はマクマード氷棚にアメリカが構えるウィリアムズ滑走路を離着陸し、ロス島南端にあるマクマード基地(アメリカ)とスコット基地(ニュージーランド)へ向かう。
南極大陸の最南端のロス島へ進む船は、この海峡に開く世界最南端[注釈 1]のウィンター・クォーターズ湾の港に立ち寄る。
南半球の冬季、マクマード海峡は氷に埋め尽くされて事実上、航行できない。夏でさえ多くの場合、氷河から分裂したばかりの流氷や複数年を海面で過ごし硬さを増した流氷、あるいは海岸線に接する定着氷に進路を阻まれがちである。マクマード基地の海上補給任務は、砕氷船の応援を求めて接岸を試みる。あるいは気象条件により、海流と激しい南極風で流氷が北のロス海に移動すると、一時的でも開放水域が出現することもある。
B-15A氷山による海峡の封鎖
[編集]ロス棚氷で前代未聞の事象が2000年に発生すると、5年超を経てマクマード海峡を大混乱に陥れることになる。発端は2000年3月、ロス棚氷から分離した全長280 km超(当時史上最大[4])の細長いB-15氷山である。その後、その氷山は2005年10月27日に前触れもなく崩壊する。
B-15氷山には地震計が設置してあり、測定値に基づくアメリカ国営ラジオによる調査で、1万3千 km離れたアラスカ湾の地震が海面膨張を引き起こすと報告された[5]。風と海流の作用でB-15A氷山が分離してマクマード海峡を漂い、ニュース報道によると、その巨体で海峡から流出するはずの流氷を一時的に押しとどめている。
この氷山が接岸すると、数千羽のペンギンは直接、外洋へ食料を採りに出られなくなった。国立科学財団によると、この氷山がブロックした流氷はロス海に流れ出ないまま堆積して全長およそ150 kmに達する氷の壁を築いた。マクマード基地に向かう途中の貨物船2隻は進路を封鎖された。
アメリカ海軍砕氷船ポーラースターとロシア船籍クラシン号(Krasin)はマクマード海峡の厚さ3 mの氷を開き、ロス島東海岸に沿ったルートをたどり水路の最後の区間をつけた。1月下旬、砕氷船はタンカー(USNSポールバック)を誘導してマクマード基地の埠頭に接岸させた。貨物船MVアメリカン・ターン(MV_American_Tern)の救出も進み、2月3日に接岸。
進路を阻まれたブレイブハートという全長34 mの船には、B-15A氷山に向かう『ナショナルジオグラフィック』遠征隊が乗っていた。ダイバーは接岸した別の板状氷山を取材すると、水中世界を探索して氷山に走る深いクレバスに隠れた驚くべき環境に遭遇し、海の生物としてヒトデ、カニ、氷海の魚類を撮影した。氷にヒトの親指ほどの穴を掘る魚の生態も見つかった。
遠征隊は、非常にまれな氷山の爆発を目撃したと報告、まるで爆弾でも破裂したかのように、氷の破片が空中に噴きあげたという。ダイバーが浮上し帰船してからわずか数時間後の出来事で、ブレイブハートは氷山から離れて無事だった[6]。
海景と人間活動の影響
[編集]ゴミの海洋不法投棄
[編集]ロス島でアメリカとニュージーランドが50年以上にわたり基地を運営したため、マクマード海峡に汚染物質の滞留が発生し手付かずの環境に深刻な影響をおよぼした。1981年に禁止するまでマクマード基地の生活ゴミは海氷に穴を掘り投棄していたのである。報道によると、春に氷が割れるとゴミは海底に沈んだという[7]。
マクマード基地近郊で2001年に海底調査を実施したところ、車両15台、輸送用コンテナ26基、燃料ドラム缶603個、雑貨およそ1千個あまりがおよそ20ヘクタール (49エーカー)の範囲に投棄されていた。調査はスキューバダイバーが行い、ニュージーランド協賛の報告書は『環境調査報告書』として公表されている[8][9][リンク切れ]。
国立機関アンタークティカ・ニュージーランド(Antarctica New Zealand)の報告では、夏季は住民1,200人の出す生活排水が未処理のまま毎日数千ガロンずつ、数十年にわたって垂れ流され、マクマード基地が使うウィンター・クォーターズ湾を汚染したと記された。500万ドルをかけた生活排水処理施設を開設し、2003年以降は汚水の放流を止めている[10]。同報告書によると湾の汚染物質にはその他、基地から出るゴミの不法投棄が目立つ。その内訳は重金属、石油化合物および化学物質であった[9]。
2004年の一般紙『ニュージーランド・ヘラルド』の報道によると、動物学者クライヴ・エヴァンス(オークランド大学)はマクマード基地の港湾を「汚染物質を石油に特化すると、世界一、汚染がひどい港の1つ」と説明している[要出典]。
その後の施策に刺激されたマクマード基地では、海面のゴミ浄化作戦の取り組み、廃棄物リサイクルとゴミその他の汚染物質を域外へ輸送する動きが進められた。ロイター通信によるとアメリカ国立科学財団は1989年に3000万ドルのクリーンアップ5ヵ年計画を開始し[注釈 2]、マクマード基地の海洋不法投棄取り締まりに集中した。オーストラリアの新聞『ヘラルド・サン』紙によると、アメリカの南極調査プログラムは2003年には廃棄物リサイクル率を約70%まで引き上げたという[要出典]。
1989年当時の廃棄物処理作業には、何百本ものドラム缶を検品する労働者がいて、島から運び出す貨物船に積み込んでいた。ドラム缶の中身はほとんどが燃料か人間の排泄物であった。基地からの廃棄物の持ち出しならびに不法投棄はすでに1971年に先鞭がつけられており、アメリカの原子力行政当局が小規模な原子力発電所を閉鎖した際に、大量の放射線汚染土壌を持ち出している[11]。
塗料とトリブチルスズ
[編集]さらにマクマード基地の廃棄物持ち出しを支えた輸送船自体が、汚染源となっていた。オーストラリア国立海洋科学研究所(Australian Institute of Marine Science)の調査により、砕氷船の船体に塗られた防汚塗料が海峡の汚染物質だと判明した[注釈 3]。船体に付着する藻類やフジツボその他の海洋生物を殺すための塗料であり、科学者たちは海底から採取した標本から、防汚塗料の成分トリブチルスズ(TBT)を高濃度に検出した。同研究所のアンドリュー・ネグリは「レベルは最高に近く、船の着岸地点だけでなく、あらゆる場所で検出するはず」と語った。
燃料油の流出事故
[編集]マクマード海峡を行き交う交通機関として、船舶ばかりか航空機や陸上輸送機関もすべて海洋への燃料流出や燃料漏れのリスクをもたらす。たとえば2003年の事例では、2年間にわたり厚い氷が解けずに蓄積したため、アメリカの石油タンカー「リチャード・G・マーシセン」号(MV Richard G. Matthiesen)は砕氷船の助けを借りながらもマクマード基地の港湾に接岸できなかった。そこで陸上労働者が暫定的なパイプラインを5.5 km超にわたって氷上に敷設し、タンカーから燃料2300万リットル超をマクマード基地の貯蔵施設に汲み上げたのである[13]。
当局は燃料輸送につきものの流出事故の可能性と、マクマード基地の燃料需要対応という重要事項とのバランスをとろうとしている。2003年には前出の例とは無関係の別件の流出事故が発生、同基地のヘリポートでおよそ2.5万リットルのディーゼル燃料が海に流れ出た[14]。あるいは1989年のアルゼンチン船舶「バイアパライソ号」(ARA Bahía Paraíso)座礁事故と南極半島近海への64万リットルの燃料流出は、南極への補給任務とは切っても切れない環境災害の全容を示す結果となった[7]。
地勢
[編集]- ボーフォート島 :マクマード海峡の北の入り口にあり、ペンギンの繁殖保護地域。
- ロス列島のブラック島 :ホワイト島 の西にあり、マクマード基地からおよそ40 km。無人通信基地がある。
- ロイド岬:アデリーペンギンの最南端のコロニーで保護地域(南極ニュージーランド)。1907年にアーネスト・シャクルトンとニムロッド号乗組員がロス島の西岸に建設した遠征小屋が残る。
- ディスカバリーポイント:別名ハットポイントとも呼ばれる(小屋の岬)。ウィンタークォーターズ湾 を見下ろす場所で、ロバート・ファルコン・スコット率いるイギリス南極遠征(1901年–1904年)が建てた遠征小屋の所在地。
- エレバス氷舌 :海岸線から沖合い12 kmほど、海面からの高さは最高10 m。エレバス山麓の氷河から急速に流れる氷が源流。
- マッケイ氷舌(MacKay Ice Tongue):グラナイトハーバー の北西の海峡にある。
- マクマード・ドライバレー:西岸の谷の連なり。命名の由来となったとおり、湿度が非常に低く、雪や氷に覆われない。
- マクマード氷棚:マクマード海峡の南の境界に浮かぶ。巨大なロス氷棚の一部。
- マウントディスカバリー :マクマード海峡の西岸にある。孤立した火山スコリア丘の標高は2681 m。
- エレバス山:ロス島にあり、地球最南端の活火山[15]。標高3794 m。
- ロス島:4つの主要な火山があり、エレバス山、テラー山、バード山 、テラ・ノヴァ山 という。南端にアメリカとニュージーランドの科学基地がある。
- ロイヤルソサエティ山脈:マクマード海峡の南西岸に連なる火山の山脈。世界で最も長い山脈の1つ[16]。
- ホワイト島 :スコット基地から見えるホワイト島を取り囲む氷には、多年にわたり水をたたえた割れ目がある。ウェッデルアザラシが一年中、島に住む。(ガルベストンLABB、テキサスA&M大学撮影)
ギャラリー
[編集]-
ロス島沖のシャチ
-
マクマード海峡を泳ぐシャチの群れ
-
マクマード基地のウィンタークォーターズ湾
-
マクマード海峡の氷山「B-15A」
-
マクマード基地への水路を開く砕氷船(1965年12月29日)
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ テキサスA&M大学地理学部の分析による。
- ^ "U.S. Antarctic Base at McMUrdo Sound a Dump; Environment: Trashing began in last century with the start of exploration. The waste area is fenced off to slow the escape of wind-blown rubbish". ロイター通信、1991年12月29日。
- ^ 雑誌『New Scientist』の記事[12]の典拠は、オーストラリア国立海洋科学研究所(Australian Institute of Marine Science)が論文集『Marine Pollution Bulletin』に掲載したものという。
出典
[編集]- ^ Christine Elliott (May 2005). “Antarctica, Scott Base and its environs”. New Zealand Geographer 61 (1): 68–76. doi:10.1111/j.1745-7939.2005.00005.x.
- ^ “McMurdo Sound”. www.maritimeprofessional.com. Maritime Professional (March 14, 2014). November 1, 2014閲覧。
- ^ “NSF 92-134 Facts about the US Antarctic Program”. National Science Foundation (7 November 1994). 23 May 2007閲覧。
- ^ 共同研究センターによる『南極気候と生態系』より。
- ^ Richard Harris (5 October 2006). “Alaskan Storm Plays Role of Butterfly for Antarctica”. National Public Radio. 23 May 2007閲覧。
- ^ Goldblatt, Jennifer (1 April 2001). “Aboard the Braveheart: In search of a monster iceberg”. St. Petersburg Times (Florida). 23 May 2007閲覧。
- ^ a b “The world's frozen clean room”. Business Week. (22 January 1990)
- ^ Radford, Tim (17 November 2001). “Thaw puts husky hazards in the path of Scott's successors”. The Guardian 23 May 2007閲覧。
- ^ a b Ray Lilley (18 November 2001). “Antarctic sea floor contaminated by human waste near bases”. 23 May 2007閲覧。
- ^ “Reflections from time on the Ice”. NBC News (4 December 2006). 23 May 2007閲覧。
- ^ Antarctic dump leaks waste", Courier Mail. 20 March 1991.
- ^ "Toxic chemicals from ice-breaking ships are polluting Antarctic seas", New Scientist. 22 May 2004.
- ^ "NSF chooses alternative method to refuel its main Antarctic research station; Unusual, multi-year ice conditions keep tanker out of McMurdo Station", M2 Presswire. 27 February 2003
- ^ "Antarctic Research: Station recharged by ship via miles of fuel lines", Science Letter via NewsRx.com and NewsRx.net. 17 March 2003
- ^ 『Antarctic Connection』による
- ^ 『Antarctic Connection』
関連項目
[編集]参考文献
[編集]注記:英語版からの部分訳であるため、未使用の典拠を含む。
- A Special Place, Australian Government Antarctic Division.
- Antarctic Connection.
- Antarctica New Zealand Information Sheet.
- Antarctic Climate & Ecosystems: Cooperative Research Center
- The Aster Project.
- British Antarctic Survey.
- Clarke, Peter; On the Ice, Rand McNally & Company 1966.
- Evolution of antifreeze glycoprotein gene from a trypsinogen gene in Antarctic notothenioid fish, Proceedings of the National Academy of Sciencesof the United States December 2006.
- Field Manual for the U.S. Antarctic Program.
- First Ever Voyages, Quark Expeditions.
- Fresh Fish, Not Frozen, Origins: Antarctica. Scientific Journeys from McMurdo to the Pole.
- Frozen continent: Time to clean up the ice, New Zealand Herald. January 6, 2004.
- Historical Development of McMurdo Station, Antarctica, an Environmental Perspective, Department of Geography, Texas A&M University; Geochemical and Environmental Research Group, Texas A&M; Uniondale High School, Uniondale New York.
- Ice Bomb Goes Off.National Geographic.
- Icebreakers Clear Channel into McMurdo Station.February 3, 2005.
- International Association of Antarctica Tour Operations (IAAT0).
- Laboratory for Applied Biotelemetry & Biotechnology.
- Management Plan for Antarctic Specially Protected Area (ASPA) No. 121.Antarctica New Zealand.
- MCMURDO DRY VALLEYS REGION, TRANSANTARCTIC MOUNTAINS, National Science Foundation
- McMurdo Station Weather(USA Today).
- NASA's Earth Observatory.
- NewsRx.com
- National Public Radio
- Paint polluting Antarctic, Herald Sun; Melbourne, Australia. May 21, 2004.
- Runaway Iceberg,Reed Business Information, UK; April 16, 2005.
- U.S.,Russian icebreakers open path to Antarctic base. USA Today; February 6, 2005.
- The Guardian
- U.S. Antarctic Base at McMurdo Sound a Dump, Reuters News Agency. December 29, 1991.
- Understanding polar weather,USA Today. May 20, 2005.
- Underwater Field Guide to Ross Island & McMurdo Sound.[permanent dead link]
- U.S. Antarctic Program.
- Where the Wind Blows,Anatarctic Sun. January 28, 2001.
- Why is Antarctica so cold?, Antarctic Connection.
関連資料
[編集]本文の典拠ではないもの。発行順。
- Curtsinger, Bill. "Under Antarctic Ice." National Geographic. Vol.169, no.4, pp497-511. ISSN 0027-9358. OCLC 643483454.
外部リンク
[編集][[Category:南極の海峡]] [[Category:南極の環境]] [[Category:環境と社会]] [[Category:廃棄物削減]]