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名鉄6750系電車 (6650系) | |
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尾張旭検車区で並ぶ6750系1次車と2次車 (2008年9月21日) | |
基本情報 | |
運用者 | 名古屋鉄道 |
製造所 | 日本車輌製造 |
製造年 | 1986年 - 1990年 |
製造数 | 24両 |
運用開始 | 1986年3月28日 |
引退 | 2011年3月 |
投入先 | 瀬戸線 |
主要諸元 | |
編成 | 2両・4両編成 |
軌間 | 1,067 mm |
電気方式 |
直流1500V (架空電車線方式) |
最高運転速度 | 100 (95) km/h |
設計最高速度 | 100 km/h |
起動加速度 | 1.6 km/h/s |
全幅 | 2,740 mm |
全高 | 4,200 mm |
主電動機 | TDK528 |
主電動機出力 | 112.5 kW |
駆動方式 | 吊り掛け駆動方式 |
歯車比 | 63:17 (3.71) |
編成出力 | 112.5kW×8=900kW |
定格速度 | 全界磁 55 km/h |
制御方式 | 抵抗制御 |
制動装置 | 自動空気ブレーキ |
保安装置 | M式ATS |
名鉄6750系電車(めいてつ6750けいでんしゃ)は、1986年(昭和61年)から2011年(平成23年)まで、名古屋鉄道(名鉄)が運用した通勤形電車である。
名鉄の直流1,500 V電化路線において運用された吊り掛け駆動車各形式のうち、間接自動進段制御器を搭載するAL車に属し、1990年(平成2年)に導入された2次車は、名鉄で吊り掛け駆動方式を採用して製造された車両としては最後の存在である。同時に日本の大手私鉄の旅客車(1067mm以上の一般的な軌間[注釈 1])に限っても、最後に製作された吊り掛け駆動車であった。
本項では、特定の編成について記す場合は、尾張瀬戸向きの先頭車の車両番号をもって編成呼称とする(例:尾張瀬戸向き先頭車の車両番号がモ6751の編成であれば「6751編成」)。
導入経緯
[編集]名古屋鉄道の他の路線と線路の繋がっていない孤立路線である瀬戸線では、1978年(昭和53年)に架線電圧の1500Vへの昇圧、更に名古屋市の最大の繁華街である栄町への地下新線建設による乗り入れが実施されるにあたり、当時の運輸省が定めていた鉄道車両の出火対策基準である「A-A基準」対応が必要になった[注釈 2]こともあって、運用される車両が全車更新された。各駅停車用には退避設備が存在しない路線事情から、急行や準急の間を待避せず走行するための高加速性能を持った車両として6600系12両を新造した[1]が、急行や準急用を主とした運用には、名古屋本線系統で使用されていた3770系や冷房車である3780系など22両に対し、A-A基準対応工事を施行して転用した。
転用された3770系と3780系は、愛知電気鉄道など名鉄の前身各社で製造された木造車や初期の半鋼製車の採用していた単位スイッチ式間接非自動制御方式 (名鉄ではHLと呼称)の走行装置を流用し、1957年(昭和32年)から1966年(昭和41年)にかけて全金属製車体を新造した系列に含まれる。これらは同じ吊り掛け駆動でも、自動加速制御方式を採用してAL車と呼ばれたグループに比べ、車体は新しかったものの搭載している主電動機がより古く低出力[注釈 3]であったことなどが起因して、走行性能が劣っていた[注釈 4]。瀬戸線への転用も名古屋本線など幹線系統と比較して駅間距離が短く、運行速度が低い[注釈 5]ことが大きな理由だった。
瀬戸線は栄町乗り入れなどにより大都市圏の通勤鉄道への脱皮に成功し、輸送需要が増大の一途を辿った。そこで2両編成を基本とした運用から4両編成での運用増に対応するため、3770系に加え同型の車体を持つ3730系も追加で転用され、HL車は合計40両体制となった。しかし1980年代に入ると時代の変遷や通勤ラッシュ時の混雑が激しくなるにつれて、新たな問題が生じていた。
- HL車グループは全車乗降扉が2扉・座席がクロスシートであったため、混雑時の対応にはロングシート車に比べて難があった。これに元々の走行性能の低さも相まって、特に通勤ラッシュ時の定時運行に支障をきたすようになった。
- 乗客サービス上冷房装置が地下鉄を含め鉄道車両にも常識[2]となりつつあったが、瀬戸線の車両は3780系を除けば、普通列車用の6600系[注釈 6]も含めて非冷房車だった。
名鉄もこれらの状況に対応すべく、6600系については冷房改造を1985年(昭和60年)から開始、3780系に対しては1985年5月から翌1986年(昭和61年)3月にかけて座席のロングシート化[3]を、3730系・3770系も瀬戸線転用車は全車ロングシート化するほか、車両限界(屋根高さ)の関係などで冷房化はしなかった[注釈 7]ものの補助送風機(ラインデリア)への改造を実施した。しかしHL車については、2扉車体によるラッシュ対応の難しさに加えて元々の製造から60年近く経過した電装品の老朽化も進み、車両更新の必要性も増していた。
一方、名鉄の本線系ではまだ多くが残っていたAL車について、1971年(昭和46年)に投入した車体更新車である7300系以降は純然たる新造車による置き換えを進めていたが、サービス向上や通勤ラッシュ対応を加速するため、7300系と同様に代替廃車となったAL車からまだ使用に耐えうる走行機器を流用し、6000系などに準じた3扉で冷房装置を搭載した新造車体を組み合わせた車両の投入計画が浮上していた。これに基づき、瀬戸線の喫緊の課題であった輸送力増強と冷房化率の向上を図るため投入されたのが本系列である。
車両概要
[編集]本系列はAL車であるが、電動車形式を3000番台、制御車・付随車形式を2000番台とする、名古屋鉄道の旧型車各形式における車両番号付与基準を踏襲せず、6600系の形式附番を踏襲した形をとっている。これは先行して同様の機器流用車として新造された7300系と同様である。
本節では以下、登場当時の仕様を基本として記述する。編成については、編成表を参照のこと。
6750系は1次車は2両編成、2次車は4両編成で登場し、系列中に4形式が存在する。
- モ6750形
- 6750系の編成において尾張瀬戸側の先頭車となる制御電動車 (Mc) 。
- ク6650形
- 6750系の編成において栄町側の先頭車となる制御車 (Tc) 。
- モ6780形
- 2次車のみに存在する、6750系の編成において中間に組み込まれる電動車 (M) 。栄町側に客室と仕切られた形で車掌台(簡易運転台機能も装備)が設けられており、中間車だが乗務員質扉も備えられている。
- サ6680形
- 2次車のみに存在する、6750系の編成において中間に組み込まれる付随車 (T) 。工場内での入換用に尾張瀬戸側に簡易運転台を装備する。
編成は6600系やその母体となった6000系と同様のMT比1:1で組成されるが、機器流用元の旧型車と同様に編成内の電動車と付随車の向き(連結順序)はこれらの新性能車と逆となっている。
本系列は1次車が登場した当時は、新性能車と同様に制御車の形式名から6650系という呼称がされていたが、車体の大幅な変更が行われた2次車を、1次車と区別して制御電動車の形式名である6750系との通称で呼ぶようになった[4]。後にこの6750系という呼称が正式呼称となり、1次車も6750系と称されることになった。
本節では1次車と2次車で異なる点が多い車体・内装についてはそれぞれを説明し、共通する点が多い主要機器についてはまとめて説明する。
車体
[編集]1次車も2次車も6000系を基本とした19メートル級普通鋼製3扉車である。ただし新造時期の違いによって基本とした系列が異なる。
1次車
[編集]車体の基本設計は、瀬戸線の運行条件に合わせて作られた6600系を基本としている。
「名鉄6600系電車」も参照
ただし6000系2次車の仕様を踏襲していた6600系に対し、それ以降の6000系の増備段階による変更点を反映するなどして、以下の点が変更されている。
- 方向幕は6600系同様に種別表示部と行先表示部の一体構造であるが、1979年に増備された6000系4次車からの仕様変更を反映し、面積がより拡大されている。
- 6600系の外観上の特徴でもあった先頭車前面の排障器(スカート)が省略された。
- 前面腰板部の標識灯及び周囲のデザインは、1985年に増備された6500系2次車・6000系10次車と同様に、発光ダイオード (LED) 式の後部標識灯・通過標識灯兼用の標識灯を左右1灯ずつ設置する形とした。
- 床面高は6000系4次車以降と同様に軌条(レール)面より1,110 mmとして6600系を含む従来車の標準値である1,150 mmより40 mm低床化し、駅プラットホームと床面との段差を縮小した。
- 側窓は6600系と同様に二段窓を採用したが、上段下降・下段固定式から上段バランサー式下降・下段上昇に変更されているほか、外枠の角の形状も異なる。
- 6000系4次車以降と同様に、客用扉の窓の大型化と固定連結側の貫通路扉の片開きへの変更が実施されている。また車内側をステンレスの地肌色が露出した無塗装仕上げとした。
2次車
[編集]車体の基本設計は、1989年に車体構造を大幅に変更して製造された6500系6次車・6800系3次車を踏襲し、瀬戸線の運行条件に合わせた変更を実施している。
「名鉄6000系電車#増備途上での変更点」も参照
1次車との相違点は次の通り。
- 前面のデザインは、6500系6次車・6800系3次車のそれに非常用貫通路を設けたこのグループ独自の形状となった。窓が拡大され、前照灯は標識灯と並べて腰板部に配置された。
- 本線系と同様の種別と行先が分かれた前面方向幕を採用した。
- 当時の瀬戸線の運用最大両数である4両編成で新造されたたため、前面貫通扉に幌枠・貫通幌が取り付けられていない。また前面貫通扉にはサボ受けがなく、ガラスが少し右側に寄っており左右対称ではない。
- 車体幅を10mm拡大した。
- 側面窓は連続窓風のスタイルに変更となり、一部の窓は一段下降窓とした。
- 側面に種別・行先表示器を設けた。
瀬戸線では既に4両編成が標準の組成となっていたため、4両固定編成となった。ただし、旧喜多山工場での検査作業上2両ずつに分割する必要があったことや、曲線が多い瀬戸線での運用において各駅のホーム部の視野を確保するため、中間車であるサ6680形には中間運転台が、同じく中間車であるモ6780形には車掌室(中間運転台付き)がそれぞれ設けられ、両車間で2両ずつに分割できるように連結器は密着自動連結器を採用している。
これらは喜多山検車区のピット延長が行われた[5]ことで検査時に分割する必要性がなくなったこと、各駅のホームへの監視モニターの整備などにより、使用されることはほぼなくなり、連結器も棒連結器に取り替えられた。
内装
[編集]6600系は車端部がロングシートで、客用扉の間はクロスシートを採用していたが、本系列は瀬戸線の利用状況に鑑み、通勤輸送に適したオールロングシートとされた。
主要機器
[編集]電装品など
[編集]前述のとおり走行機器は3850系・3900系・3400系の機器を流用しているため、主電動機はAL車における標準機種である、東洋電機製造TDK-528/18-PM直流直巻電動機を電動車1両あたり4基搭載している。駆動方式は吊り掛け式である。歯車比は運転速度の低い瀬戸線に合わせて61:19=3.21から63:17=3.71に変更したが、変電所容量の関係で限流値も下げたため、起動加速度は定員乗車時1.6km/h/sである。
制御装置については流用元で差があったが、
まず1986年に3900系の走行機器・台車などを流用した6650系という呼称で、2両編成2本(4両)が落成した(1次車)。そして1990年(平成2年)には、非冷房車である3730・3770系の置換を目的として、3850系・3900系・3400系の機器を流用し、仕様を大きく変えた車体を新造した4両編成5本(20両)が落成(2次車)し、この2次車によって瀬戸線は本線系統より先んじて100%冷房化が達成された。
本系列24両すべてが吊り掛け駆動・AL車(間接自動制御車)である。その後、名鉄では3300系(2代)やモ510形などが退役したため、本系列が唯一の吊り掛け駆動電車となった。その後、日本の大手私鉄においては、東武鉄道の5050系や西日本鉄道の300形・313形といった吊り掛け駆動電車の旅客営業運転が2007年(平成19年)までに終了したため、その後は1067mm以上の一般的な軌間における車両としては大手私鉄唯一の吊り掛け旅客車となっていた。また、名鉄最後の自動空気ブレーキ車でもあった。
1次車
[編集]高性能車の試作的要素など、独自要素の多かった3900系第4編成を種車に1986年竣工。同年3月28日から運転を開始した。
また当初から6000系5次車以降と同様に、能力10,500kcal/hの集約分散式冷房装置を2基搭載している。しかし同様の冷房機2基搭載の6000系列で装備されている熱交換換気装置は省略された。結果として冷房能力が他車よりも低く、夏季は朝夕のラッシュ時にしか運行されないことが多くなった。標識灯はLED式である。自動放送装置は当初取り付けられていなかったが、後年の改造で取り付けられた。
台車は、種車のFS16ペデスタル式コイルバネ台車をそのまま転用した。運転速度の低い瀬戸線に合わせて歯車比を61:19=3.21から63:17=3.71に変更したが、変電所容量の関係で限流値も下げたため、起動加速度は定員乗車時1.6km/h/sである。
電動空気圧縮機 (CP) および冷房電源などを供給する静止形インバータ (SIV) は新造された。また、主制御器は3900系でも第4編成のみの独自仕様であった電制付きABFMを廃棄して標準品のES-568Aに変更し、主幹制御器も同様に小型ハンドルのものとなった。
ブレーキは従来から名鉄で投入されてきた吊り掛け駆動車の機器流用車と同様に自動空気ブレーキ、制輪子は鋳鉄シューのまま存置されている。ただしFS16台車は新造時からブレーキシリンダが台車枠に内蔵された構造で、名鉄の旧性能車では唯一の台車ブレーキである。
旧ダイヤでは
2次車
[編集]1990年6月竣工。前面が貫通型なのは1次車と共通するが、
先頭車前面部は窓が拡大されて本系列固有の形状となり、6000系が本線系から転属されるまでは瀬戸線で唯一種別と行先が分かれた方向幕を持っていた。
側面は6500系6次車以降に準じた連窓構造になった。4000系が導入されるまでは瀬戸線で唯一側面に方向幕が装備されている車両でもあった。座席は1次車と同じロングシートではあるが、これも後に登場する6500系8次車や3500系の先行仕様になっていて、化粧板はクリーム色で扉周りの立席スペースを広く取っている。ただし、扉間の座席はそれらよりも1人分長い。サ6680形の中間運転台に隣接する1席は座布団が独立して脱着可能となっている。当初の座席モケット色はアーバンストライプパープルと称するライトパープルだったが、褪色が激しいため濃パープルやブラウンパープルに取り替えられた。なお冷房装置は1次車の2基搭載に対し、6500系5次車以降に倣い3基搭載となっている。自動放送装置は落成当初から取り付けられている。
台車は3850系・3900系・3400系(サ2450形)のものを流用し、栄町方先頭車のク6650がFS13(ペデスタル式)、その他はFS107(ゲルリッツ式)を装着したが、サ6680形6683 - 6685は1996年(平成8年)7月に3780系の廃車発生品流用のFS35(ペデスタル式)に交換した[6]。主電動機出力112.5kW、歯車比3.71、主制御器ES-568Aは1次車と同様の仕様となっている。ただし、ブレーキは車体ブレーキである。
また、1次車と異なる点としてカルダン駆動方式・電磁直通空気ブレーキへの改造が可能となっており、新性能化にも対応していた。
- ^ 狭軌未満の軌間を含めると、近畿日本鉄道が新造した260系が吊り掛け駆動方式である。
- ^ 栄町駅 - 東大手駅間の地下線区間が、地下鉄用の建築限界を採用して建設されたため。
- ^ AL車の主電動機と比較すると、端子電圧750 V時の定格出力が約2/3程度。
- ^ 名鉄も出力の問題から投入当初は当初全電動車方式を採用していたが、ローカル運用に数多く残っていた老朽木造車の早急な淘汰を進めるため、途中からコスト面から種車に対しM車の比率を下げた、制御電動車+制御車(1M1T)の2両編成を基本とする形に変更せざるを得なかった。
- ^ HL車在籍当時の瀬戸線は、最高時速をHL車の平坦均衡速度に合わせた85km/hと、本線に比べてかなり低く設定していた。しかしこれでも600V時代よりはスピードアップしていた。
- ^ 駅間距離の短さや乗車距離の短さから、冷房装置を搭載せずラインフローファンのみを設置して就役した。
- ^ 3780系は屋根上に冷房装置を搭載する都合上、車体高が3770系までのHL車車体更新グループよりも低く設計されている。
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