利用者:Kzhr/仮名遣
仮名遣い(かなづかい)とは、日本語の表記における仮名の用字法ないし、それにおける規範である。歴史的には、複数の仮名字体の用法の問題として顕在しており、その性格は現代に受け継がれているが、契沖以降の理解では、語のただしい表記の問題とされ、一義的に定義することができない。仮名遣いとしてあつかわれるものには、上代特殊仮名遣、平安仮名遣、定家仮名遣い、歴史的仮名遣い、現代仮名遣いなどが挙げられるが、前述の理由により、それぞれ仮名遣と呼ばれる焦点は異なる。
性格
[編集]仮名遣いは、とりわけ近世以降、仮名のつかいわけと観念されてきた。ここにいう仮名のつかいわけとは、いろは四十七字のつかいわけであった。この点において、すべての仮名字体はいろは四十七字に還元されうるものでもあったということになる[1]。かかる仮名遣いの性質は、定家の行った仮名遣い、歴史的仮名遣い、現代仮名遣いなど、いずれも規範的仮名遣いにとりわけ顕著なことがらである。
それに対して、仮名もじ遣いや「平安仮名遣い」、定家仮名遣いなどでは、そのような性質を顕著に見せていないといえる。これらの仮名遣いでは、そのような仮名の所属を問わない用字法が、しかし一定の方向をもって行われていた。定家仮名遣いは、ある一定の表記群(ただしいろは四十七字にかならずしも拘束されない)をその成立の根拠とする[2]。
ただし、理解の便宜のために仮名遣いのうちに数えるけれども、仮名もじ遣いや平安仮名遣いについて、仮名字体はかならずしもいろは四十七字に還元されず、現に多様な仮名と、音韻と、書く行為のそれぞれが、それぞれの書き手とばあいに応じて、書きつづられてゆくのをあとから仮名遣いと呼ぶようにしたともみなしうる。じじつ、「平安仮名遣い」は、そのように提唱されたものの仮名遣いと認める研究者は多くない[3]。仮名もじ遣いも、仮名遣いとはふつうされないが[4]、歴史的仮名遣い以前には仮名もじ遣いと仮名遣いの境界は不分明であったというべく[5]、歴史的仮名遣いの成立も、仮名もじ遣いがまだ現に行われている世の中においてであった。
歴史
[編集]仮名遣いの起源は、仮名文の発生とともにあったとされる。仮名文は、万葉仮名の後裔のひとつであるが、漢字の仮借に端を発した万葉仮名がひとつの音韻に対し、複数の表記を用いていた性質をそのまま受け継ぎ、複数の仮名字体を有していた。このような状況下で、音韻が合一し、同時に仮名字体の領域が融合しはじめたことにより、仮名遣いのゆれと、おくれて規範化がはじまったと考えられている。ごく初期の平安仮名遣いとも呼ばれる一種の用字法と、いろは歌に影響を受けて、まず、定家仮名遣が成立する。これは、定家の用字法の一部に端を発するもので、定家のおしえを受けた源親行とその子孫の行阿によって家伝のものになった。
その後、定家仮名遣は歌学の世界で、多少の変動を持ちつつも安定して受け継がれた。そのいっぽうで、歌学の外では、平安仮名遣以来の、仮名もじ遣(仮名文字遣とも書かれるが、書名の『仮名文字遣』との区別から、かな表記されることがあり、ここでもそれに倣う)とも称される、仮名の字体選択に関する用法がゆるく伝わっていた。仮名もじ遣は、行や文節境界における字体の選び方として発達した。注意すべきは、この仮名もじ遣は規範ではないことである。なにか範とするものがあったわけではなく、自然と異体字の使い分けが行われていた。とはいえ、個人や書いたものの用途、時期によって、用字法が異なっていたのでもある。
古学への感心が高まった江戸時代、契沖によって、定家仮名遣への批判がなされ、文献学的な手法によって、いろは47字に仮名遣が整理し直される。いわゆる歴史的仮名遣とはこの後裔である。仮名遣は、古人の言語に近づくための要諦とされ、古人が音を超えて語義によって仮名を区別したとの理解から、その仮名遣を実践することが求められたのである。その後、本居宣長とその弟子らや、富士谷成章らの研究により、字音仮名遣や上代特殊仮名遣があきらかにされてゆき、古代語の音声理解は進んだが、かならずしも、いろは47字を基礎とする仮名遣のありようの反省と変革の実施にはいたらなかった。
幕末以降、いわゆる鎖国の解消と前後して、日本語の文字言語としてのありようにもおおきな変革が試みられた。これらのながれのうち、現代につながるものは、口語化と呼ばれ、仮名遣はそのなかでも重要な論点であった。
まず、歴史的仮名遣が明治政府の教育に用いられる仮名遣として定まる。これは、榊野ら国学派が教科書を策定する職務から音義派と呼ばれる、音にそれぞれ意味があり、それを組み合わせて語を作るとした国学の一派と、洋学派を追いやったことに由来する。洋学派は、音義派と主張の根拠こそ異なれ、内容としては近いものであった。
平安時代の仮名遣い現象
[編集]平仮名は、当初、音韻との一対一の関係にあった。しかし、ア行やハ行のワ行化や、/m/と/b/の二度にわたる交替などにより、仮名と音韻の対応関係は崩れる。その結果として、既存の文献の用法とに齟齬がきたすようになる。これが仮名遣いのゆれ、ないし、みだれとされる[6]。しかし、すべての用法にゆれがひとしなみに起こったわけではない。音韻の変化じたいがそのようなものではないからである。
音韻の変化に対して、仮名の用法の変化がつよく意識されるものとされないものがあったようである。ア・ハ・ヤ(江/je/のみ)・ワ行音の合一は、語頭以外の位置から起ったものであるが、語中の「え・江」と「お・を」の別が保持されたいっぽう、それ以外の用字については、ハ行に書かれやすいということが起こる。語中の「え・江」と「お・を」が保持されたことについて、語の活用などから、その語はかく書くべきであるとの意識の発生と見、馬淵和夫は「平安仮名遣い」と名づけた[7]。
馬淵の論について、迫野(1975)は、単に音にしたがって仮名を宛てていたものが、語の表記を意識するように移り変わったのにすぎないとして、
定家の仮名遣い
[編集]定家仮名遣いの成立
[編集]中世の仮名遣い
[編集]中世における音韻変化
[編集]古学の時代
[編集]字音仮名遣いの確立と上代特殊仮名遣い
[編集]国学音義派と洋学派
[編集]博言学と国語調査委員会
[編集]現代仮名づかいの実施
[編集]現代仮名遣いの実施
[編集]仮名遣い概観
[編集]いわゆる仮名遣い
[編集]定家仮名遣い
[編集]歴史的仮名遣い
[編集]表音的仮名遣い
[編集]現代仮名遣い
[編集]仮名もじ遣い
[編集]字音仮名遣い
[編集]注
[編集]- ^ 大野 (1977, p. 303); 山内 (1972, pp. 534-541); 迫野 (2005)。
- ^ 福島 (2008, ch. 9)。
- ^ 伊坂 (2005, pp. 140-141); 迫野 (2005, p. 154)。
- ^ 迫野 (1975, pp. 40-41)。
- ^ 遠藤 (2008)。
- ^ 大野 (1977, pp. 303-305); 迫野 (2005, pp. 153-154)。
- ^ 馬淵 (1959, pp. 110-112; 1969); 山内 (1972, pp. 546-561)。
文献
[編集]- 伊坂淳一 (1988)「藤原俊成の用字法・試論: 自筆本『広田社歌合』における機能的用字法」『学苑』577, 179-189, 578, 59-71
- 伊坂淳一 (2005)「書記法の発達(2)」林 (2005), 123-146
- 遠藤邦基 (2008)「仮名遣書と読み癖: 仮名遣書に於ける「〜ト読ム」の意味」『国文学』92, 277-296
- 大野晋 (1950)「仮名遣の起源について」『国語と国文学』320, 1-20
- 大野晋 (1977)「仮名づかいの歴史」『文字』(岩波講座日本語8, pp. 301-339) 岩波書店
- 加藤良徳 (2001)「藤原定家による仮名文書記システムの改新」『國語學』52 (1), 31-41
- 木枝増一 (1933)『仮名遣研究史』賛精社
- 釘貫亨 (2007)『近世仮名遣い論の研究: 五十音図と古代日本語音声の発見』名古屋大学出版会、名古屋
- 小松英雄 (1981)『日本語の音韻』(日本語の世界7) 中央公論社、1981
- 今野真二 (2001)「定家以前: 藤末鎌初の仮名文献の表記について」『国語学』52 (1), 59-73
- 迫野虔徳 (1975)「「仮名遣」の問題」『語文研究』39・40, 36-45
- 迫野虔徳 (2005)「仮名遣の発生と展開」林 (2005), 147-70
- 月本雅幸 (2005)「表語文字から表音文字へ」林 (2005), 76-95
- # 時枝誠記 (1932)「契沖の文献学の発展と仮名遣説の成長及びその交渉について」『日本文学論纂』明治書院
- 築島裕 (1986)『歴史的仮名遣い: その成立と特徴』(中公新書810) 中央公論社
- 沼本克明 (1995)「字音仮名遣いについて」『日本漢字音史論輯』(pp. 91-120) 汲古書院
- 林史典(編) (2005)『文字・書記』(朝倉日本語学講座2) 朝倉書店
- 福島直恭 (2008)『書記言語としての「日本語」の誕生: その存在を問い直す』笠間書院
- 古田東朔 (1978)「音義派「五十音図」「かなづかい」の採用と廃止」『小学読本便覧1』(pp. 373-396) 武蔵野書院
- 馬淵和夫 (1959)「定家かなづかいと契沖かなづかい」『表記編』(続日本文法講座2, pp. 110-145) 明治書院
- 馬淵和夫 (1969)「平安仮名遣について」『佐伯博士古稀記念国語学論集』(pp. 425-446) 表現社
- 安田章 (2009)『仮名文字遣と国語史研究』清文堂、大阪
- 山内育男 (1972)「仮名遣の歴史」『音韻史・表記史』(講座国語史2, pp. 531-620) 大修館書店
- 山田孝雄 (1929)『仮名遣の歴史』宝文館
- 山田孝雄 (1937)『国語史文字篇』刀江書院