利用者:Kickaha/作業用
ミライ博士のロボット
「お前は助手だ。お前の仕事は、ワシの命令に従う事だ」 それが、僕がこの世界で初めて聞いた言葉だった。 僕の前には、汚れた白衣を着た、白髪の小柄な老人が立っていた。老人は、僕に向けていた指を自分に向け直し、言葉を続けた。 「ワシはミライ博士。世界最高の天才科学者にして、お前の創り主じゃ。ワシがお前を作った理由は……、そう、あれは一週間前の事じゃった……」
一週間前の昼、ミライ博士はいつもの蕎麦屋に電話をかけ、天ぷら蕎麦を注文した。博士は天ぷら蕎麦が大好きなのだ。出前が届き、博士は机の抽斗から財布を取り出したが、財布に入っていたのは何枚かの小銭だけだった。銀行から今月の生活費をおろし忘れていたのだ。 「これでは、かけ蕎麦しか食べられませんねえ」 蕎麦屋の親父はそう言うと、蕎麦に載った天ぷらをパクリと食べ、かけ蕎麦になった元「天ぷら蕎麦」を博士に渡し、小銭を奪い取り出ていった。仕方なく博士はかけ蕎麦を食べたが、少しわびしい気分になった。 食後の散歩に出かけた博士は、途中で銀行に寄り預金をおろしたが、残高がずいぶん少なくなっている事に気付いた。若い頃から仕事もせず、屋敷で本を読んだり実験をしている内に、親から受け継いだ財産は残り僅かになっていた。 「この分だと、後10年もしたら、毎日かけ蕎麦しか食べられなくなってしまう。ひとつ金の儲かる発明でもするとしよう」 博士はこれまでも様々な発明をしてきたが、博士の趣味で作った物ばかりなので、「天ぷら蕎麦を美味しくする装置」とか「夢にオバケが出てこない枕」とかばかりで、高く売れそうな物は一つもなかった。 「そうじゃ。始めに頭の良くなる薬を発明しよう。それを飲めば、高く売れる発明を思いつく筈じゃ」 博士は研究を始めた。古今東西の書籍をひもとき、医学から魔術まであらゆる成果を取り入れて、薬を調合した。その薬を飲めば、24時間の間、頭が10倍良くなる筈だった。博士はさっそく薬を飲んだ。 さらに頭が良くなった博士は、屋敷にある材料で幾つかの発明品を作った後で、この薬の欠点に気付いた。薬が効いている間の様々な体験は普通の人間の頭では理解できないので、元に戻るとその間の記憶を失ってしまうのだ。 そこで博士は、最後に万能助手ロボットを発明し、発明した品物の使い方を急いで教え込んだ。それが僕だ。
早口で喋り続けていた博士は、発明品の説明を大体終えると、しばらく黙り込み、それから不思議そうに僕を見た。どうやら薬の効き目が切れたようだ。 「何じゃ。このロボットみたいな変な物は」 「僕は助手です。僕の仕事は、ミライ博士の命令に従う事です」 僕が喋るのを見て驚く博士に、僕は今まで聞かされていた話を、逆に説明した。 「……そして、あなたは最後に僕を作って、今の話を覚えさせました」 博士は今の日付と時間を確認し、丸一日の記憶が飛んでいる事を納得した。 「それで、薬を飲んだワシは、何か金の儲かりそうなものを発明したのか?」 「いいえ、頭の良くなった博士は、金儲けには興味がないご様子でした。……しかし僕は万能ロボットですので、お金なら幾らでも印刷できますが」 「それではワシがニセ札づくりになってしまう。もう一度薬を飲んでやり直そう」 博士はもう一度薬を調合したが、それを飲んでも何も変化しなかった。どうやら前回は、偶然うまくいったらしい。しかしもしうまく出来たとしても、本当に頭の良い人間なら、金儲けより人間全体の為にその頭を使おうとするんじゃないか、と僕は思った。 「それでは金の儲かる発明は、結局自分でするしかないな。いや、お前を作ったワシも自分なのだが、ワシならもっとワシの役に立つ物を作ればいいものを。仕方ない、昼飯でも食いながら何か考えよう」 僕ほど博士の役に立つ物はないのだが、薬が切れて普通の人間に戻った博士の頭では、それは理解できないらしい。しかし役に立たないと思われるのも癪だ。僕は台所にあった色々な材料を口に放り込み、体内で加工し天ぷら蕎麦にした。腹の扉を開けて取り出し、博士に食べさせる。 「これは美味い。ロボットもなかなか便利な物だな。そうだ。お前を大量生産する事にしよう。天ぷら蕎麦を作れるロボットなら、みんな喜んで買うに違いない」 天ぷら蕎麦にそれ程の人気があるとは思えないが、それは黙っておく事にした。それよりも僕を大量生産できる、などと思っている事が、気に食わない。 「しかしお前はゴツゴツして不細工だな。全ての生き物の姿は、長年の進化の末に、それなりの合理性・効率性を持つように出来ておるのじゃ。ワシの作るロボットは、動物と区別がつかないくらいの、滑らかな姿でなければいかん。そうじゃ、どうせなら犬や猫の姿にして、ペットの代わりにもなるように作ろう」 僕の体がブリキのおもちゃのような姿をしている点は、僕にも少し不満だった。限られた時間で間に合わせの材料で作ったのだから、それは仕方のない事だが、作った相手から不細工と言われるのは不愉快だ。しかし僕は気を取り直し、助手の役目としてひとつの助言をした。 「本当に売れるかどうか、あの未来予測シミュレーターで調べてみたら、いかがですか?」 僕は、薬を飲んだ博士が作った、大型テレビのような装置を指差した。そして使い方を説明しながら、様々な条件を入力していく。 画面が明るくなり、シミュレーターの予測が、画面に表示されていった。
発売の三ヶ月後には、ペット型ロボットはそこそこ売れ、博士は毎日天ぷら蕎麦を食べていた。 三年後にブームが訪れ、やがてペット型ロボットの居ない家の方が珍しくなり、手間のかかる本物のペットはロボットに取って代わられ、博士はタキシード姿で天ぷら蕎麦を食べていた。 十年後には捨てられた野良ロボットの多さが社会問題化し、博士は天ぷら蕎麦片手にニュースのインタビューに答えていたが、野良ロボットは本物の犬や猫と区別がつきにくいので、あまり大きな問題にはならなかった。 そして五十年後、動物学者の調査により、本物の犬や猫が既に絶滅していた事が判明した。野良ロボットがたくさん居るので、誰もそれに気付かなかったのだ。博士は既に寿命を全うし、天ぷら蕎麦型の墓標の下で眠っていた。
「これでは、いくら毎日天ぷら蕎麦が食べられても、このロボットを発売する訳にはゆくまい。お前が居れば、天ぷら蕎麦は毎日食べられるのだから、それで良しとするか」 こうして博士は、ペット型ロボットの製作を諦めた。
次に博士は、未来予測シミュレーターの仕組みに興味を持ち、分解して調べ始めた。 「何だ、こりゃ。分度器やコンパスが詰まってるだけだぞ」 他にも、鉛筆削りや、粘土細工の人形など、色々な物が詰まっていた。この粘土は現代のコンピュータではメモリーに相当する物で、僕の体にもたくさん入っている。他の様々なパーツもそれぞれ超科学の産物なのだが、博士には理解できない様子だった。 「これで、あんな画像が映る訳はない。それどころか普通のテレビとしても使えそうにない」 不思議に思った博士は、次に僕を分解しようとした。壊されては、たまらない。僕は自分から作業台の上に横になって、パーツを分解し、構造が分かるようにしてみせた。人間は裸を見られるのを恥ずかしがるらしいが、僕にはそんな感情はない。人間とはおかしなものだ。誰でも同じような裸を持っているのだから、秘密にしても意味はないのに。 「お前も似たようなもんじゃな。目覚まし時計、ラジオ、靴下……、なんでこれで、ワシと会話ができるのじゃ。設計図はないのか?」 「ありません」 この博士では、僕の大量生産どころか、自意識を持つ人工知能を作るのは無理だろう。薬を飲んだ博士は超天才だったので、設計図など書かなくても、様々な発明品を作り上げたようだが。 しかし、もし設計図があったとしても、僕はそれを博士に教えなかっただろう。パーツを分解して構造を見せるぐらいなら何の問題もない。しかし、設計は僕のプライバシーだ。そう考えてみて、僕は人間が裸を恥ずかしがる気持ちが、少しわかったような気がした。