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利用者:Heat1390/sandbox

「なめらかな社会」とは

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なめらかな社会とは、2004年頃に鈴木健によって提唱された未来の理想的な社会の概念である。その後、鈴木は「なめらかな社会とその敵」を日本語で2013年に出版し、伝播投資貨幣「PICSY」、分人民主主義『Divicracy』などを具体的な手法と共に、300年後の新しい社会システムをコンピュータテクノロジーで実現しようという構想を一冊の本で体系的に著した。

この本は、学術書でありながら、一般読者も含めて多くの日本の読者を獲得した。そこで提案されているCyberLangと構成的社会契約論は、2014年のイーサリウムの提唱によるスマートコントラクトの実装に先駆けていたため、日本においてはこれらの予言の書として若い読者に読まれている。

なめらかな関数

ここでいう「なめらかな社会」とは、多様性がありながら、二項対立に陥らない社会を意味する。なめらかな社会と異なる社会として、「フラットな社会」と「ステップな社会」をシグモイド関数を使いながら説明しよう。シグモイド関数のλというパラメータを変化させると、「なめらかな社会」「フラットな社会」「ステップな社会」それ自体がなめらかに変移する。


フラットな関数

「フラットな社会」は一様な社会で、どこもが同じで、多様性がない社会である。このような社会は自動的に成立するわけではなく、国家や権威などによる強い干渉により、人々の価値観を統一していこうという圧力がないと成立しない。


ステップ関数

「ステップな社会」は、多様性はあるものの、それらが混じり合うことなく、分離、対立している社会である。価値観が異なる人々をおいておくと、人々は自主的に分離し、対立するようになることもあれば、なんらかの意図をもって対立構造を生み出す勢力も存在する。


中間的な存在がむしろ多い社会であることから、なめらかな社会は「万人がマイノリティ」である社会であるともいえる。 そして、その中間的な状態を経由することによって、なめらかにいままでの自分と違う状態に変化することが許容されている社会でもある。

鈴木は「なめらかな社会とその敵」で、コンピューター・テクノロジーがどんなに発展しても、社会のもつ敵と味方に分かれるという性質を改善しなければ、どのような社会制度の進歩も砂上の楼閣となってしまい、ステップな社会かフラットな社会に落ちてしまうという。そのためには、社会のコアシステムである、貨幣システム、投票システム、法システム、軍事システムをテクノロジーで根本的にアップデートする必要があると論じられる。

「なめらかな社会とその敵」の構成

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「この複雑な世界を、複雑なまま生きることはできないのだろうか」という問いが主題とされており、そのためには社会システムを300年かけてアップデートする必要がある。

第一部 生命から社会へ

生命史に反復する膜と核

「なめらかな社会とその敵」では社会システムを論じるのに生命の起源からはじめる。社会が私的所有や敵と味方に分かれる性質をもつのを理解するためには、その起源が細胞にあるという事実からみなければならないからだ。そして、オートポイエーシス理論らをもとにして、世界が複雑性のネットワークであるにもかかわらず、核や膜の発生が反復することが述べられている。

また、認知限界がある人間がこのような社会を実現するためには、テクノロジーの力を借りる必要があるという。


第二部 PICSY(Propagational Investment Currency SYstem)

伝播投資貨幣は、価値が伝播する貨幣システムで、あらゆる取引が投資になる貨幣システムである。人々の日々の取引がある種の現物出資として考えられるなら、労働を含むあらゆる財が出資として扱われるため、取引ネットワークを遡って価値が伝播する性質が得られる。実際には、取引を行列として表現し、その固有ベクトルを求めることによって、社会全体への貢献度を計算し、その貢献度を株価のように扱い、貨幣として利用できるようにする。そのテクニカルな手法は、GoogleのPageRankアルゴリズムに近いが、鈴木は独自にその手法を着想したという。

PICSYの具体的な詳細については、 Ken Suzuki — PICSY : Proposing a New Currency System Using Social Computing, Introducing “Plural Money” from Japanese Complex System Researcher に詳しく記述されている。

第三部 Divisual Democracy: Divicracy

民主主義の意思決定の根幹には選挙があるが、人々の本来の意思や感覚がそのまま反映できるシステムになっていない。ひとりの人の中にはゆらぎがあり、異なる意見が葛藤をしたり、意見が時間によって変化することもある。そのような性質を鈴木はドゥルーズの分人という言葉を使って表現しているが、その分人性を表現できる投票システムを考えようというのが分人民主主義 Divicracyである。一票は分割できて投票できるのに加えて、政策に対しても人に対しても投票できる。また、委任された票を再委任することができたり、投票した票をいつでも変えることができるというものである。このシステムも、PICSYと同様行列計算を用いて実現される。

第四部 自然知性

自然知性とは、自然そのものがもっている計算能力を使って知性が実現されていることをいう。この考え方によれば、世界は人工と自然があるという二元的な世界観ではなく、自然の中に人工と人工でないものがあるという意味で、あらゆる知性は自然なものである。人工システムによって生み出された知性、たとえば人工知能もそういう意味では自然現象である。また、社会もある種の集合的知性であるといえる。

また、テクノロジーの進展によって、未来の社会ではより人々がパラレルワールドの世界で生きていくようになることが論じられる。ここでいうパラレルワールドとは、同じ物理世界を共有していながら、主観的には別の世界を生き、コンフリクトが避けられている状態である。世界の複雑さを許容しながら、社会が成立するためにはパラレルワールド的な状況が必要である。

第五部 法と軍事

法システムをテクノロジーで強化するための機械と人間の共通理解言語として、契約を自動実行するCyberLangが提唱される。スマートコントラクトに近しい発想であるが、これを用いて、社会契約自体を実際に実装することが可能ではないかという提案が論じられる。

しかし、そのような社会においても、シュミットの友敵論でいうような敵と味方に分かれて戦うという問題を解決することはできず、軍事や暴力の管理をなめらかに行う方法が必要であるとする。この具体的な方法は本書では述べられておらず、未解決の問題である。

「なめらかな社会とその敵」執筆までの経緯

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ここでは、鈴木が「なめらかな社会とその敵」の構想から、13年越しに出版されるまでの経緯について記述する。この本が出版されたのは2013年1月であるが、その構想は2000年代に発展し、逐次発表されていた。

GETS

鈴木は2000年ごろに、地域通貨のLETSをインターネットで使えるようにしたGETSと呼ばれるシステムを開発したところ、後にバーグルエン哲学・文化賞を受賞した哲学者の柄谷行人から、社会運動のNAM(New Association Movement)でシステムを利用したいと提案され、NAMの貨幣システムの開発に関わった。柄谷がNAMに鈴木を誘って一度断られるものの、最終的に鈴木が関わるという経緯は、「NAM生成」で柄谷行人と浅田彰の対談に書かれている。

PICSY

修士課程まで、複雑系の文脈でリカレントニューラルネットワークを研究していた鈴木は、人工ニューラルネットワークの誤差逆伝搬法にインスピレーションを得て、2000年ごろマルコフ過程を使った貨幣システム(後のPICSY)を思いつき、NAM生成で「ネットコミュニティ通貨の玉手箱」という論考で発表した。2002年に、日本政府の経済産業省によるプログラマー支援プロジェクトのMitouにこの貨幣システムの開発が採択され、鈴木は2003年に国から天才プログラマー・スーパークリエーターに認定された。これらの内容を2004年に論文としてまとめたものが、SAINT 2004であり、この貨幣システムの研究で、鈴木は2009年に博士号を取得している。

生命から社会へ オートポイエーシス

2004年ごろ、鈴木は複雑系・人工生命の研究室である東京大学池上高志研究室で、飯塚博幸、鈴木啓介らとFransisco VarelaのPrinciples of Biological Autonomyの読書会を行い、生命の理論について深い洞察を得た。これが本書の第一部、「生命から社会へ」の執筆につながっている。

ISEDと「なめらかな社会」

柄谷行人の主宰するNAMに関わり2002年の未踏ソフトウェア創造事業で天才プログラマーに認定されたことによって、鈴木は日本のテクノロジー思想界で名を知られるようになり、2004年-2005年に哲学者の東浩紀が主宰する情報社会の研究会ISED(Interdisciplinary Studies on Ethics and Design of Information Society)のメンバーとして、「なめらかな社会」について語るようになる。この研究会をきっかけとして、勁草書房の編集者から本の出版の依頼を受け、「なめらかな社会とその敵」(2013)を出版した。

構成的社会契約論

鈴木は、2005年にInterCommunicationにて、「XMLの文体と新しい社会契約論」を表し、そこで、機械と人間がともに可読可能な法的言語CyberLangと、それによる構成的社会契約論の構想を発表した。当時はBlock chain技術はまだ発表されていなかったものの、イーサリアムの構想に先駆けること10年ほど前のことであった。

仮想制度研究所

スタンフォード大学名誉教授で経済学者の青木昌彦が主宰する東京財団仮想制度研究所の運営にステアリングコミッティーのメンバーとして2007年から関わった。仮想制度研究所の活動を通して、経済学や制度研究の発想が取り込まれることとなった。「なめらかな社会とその敵」の2013年の単行本には、青木昌彦からの推薦文が本の帯に掲載された。

分人民主主義 Divicracy

2009年に、東京大学の安田講堂で開催されたWeb学会では、分人民主主義 Divicracyを提案する。この研究は、「なめらかな社会とその敵」2013で日本語で紹介されているが、まだ英語で読める文献がない。現在、学術論文としての準備中である。

単行本 2013

これらの研究成果をまとめたものに加えて、描き下ろしも追記され、勁草書房から「なめらかな社会とその敵」が2013年の1月に出版された。数式もある学術書でありながら、異例の売れ行きで、一般の人々からも多くの読者を獲得した。

文庫版 2022

鈴木は、単行本の出版後、創業者であるてスマートニュースのCEOとしての仕事に専念して、「なめらかな社会」に関する研究活動の歩みがとまったが、ちくま学芸文庫からの文庫版の出版に伴い、2013年の出版から10年間の進展をまとめた補論を執筆した。そこでは、スマートニュースを通して蓄積したアメリカの分断への知見や、人工知能や意識研究の理論などの発展について論述されている。

また、ブックカバーには、アーティストで写真家の杉本博司による"海景"が使われている。