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利用者:Gynaecocracy/プロジェクト:LGBT/ガイドライン

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の人物記事への貼り付けについて|プロジェクト‐ノート:LGBT § 

の人物記事への貼り付けについて]]

全体の構成について

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全体の目次・構成についてはここで議論しましょう。(それぞれの節の内容については、節を改めて議論しましょう。)

まずガイドラインの内容は、大きく「どのような場合にその人物がLGBTQ+のどれかであると記述・分類できるか」という方向と、「記述・分類できたとして、記事を書くときに何に気を付ければよいか」という方向の二つを含むものになると考えています。そこで、今の英語版の翻訳のガイドラインを、ひとまず以下のような目次に整理することを提案します。

  1. 基本原則
  2. 人物記事をLGBTQ+と分類・記述する時の注意点
    1. 存命人物や近年まで存命だった人物
    2. 歴史上の人物
    3. インターセックスの人物
  3. LGBTQ+の人物の記述上の注意
    1. 前名について
    2. 表現や語彙について

数日後に、上の目次に沿って内容を整理します。構成について改善案があればここで議論しましょう。


歴史上の人物

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プロジェクト‐ノート:LGBT § 歴史上の人物で既に議論されたことがありますので、そちらを参考にしながら、前提を整理しておきます。

性自認・性的指向についての語彙が成立する前の人物については、自分の性自認や性的指向について、当人による自己言及や自認の表明があることはほとんどありません。LGBTQ+の概念が成立する前の人物を、無造作にLGBTQ+に当てはめるのは慎むべきで、歴史上の人物をLGBTQ+のどれかであると明言したり分類したりするのは避けるべきだと考えられます。なお、歴史上の人物をLGBTQ+の分類に直接結びつけることの問題点については、杉浦鈴「クィアな死者に会いに行く:前近代のジェンダー/セクシュアリティを問うための作法」(『療法としての歴史〈知〉:いまを診る』方法論懇話会編, 森話社, 2020)に詳しいです。

ただ、信頼のできる情報源のなかで、その人物がLGBTQ+のどれかの傾向を示していたことが言及されることはあり、これを注釈付きで記事に書くのは、Wikipediaの方針上許容されるものと思います。たとえば藤原忠通Category:日本出身のLGBTの人物にするべきではなく、記事の中で「藤原忠通は両性愛者だった」と書くべきでもないと思います。一方で、「藤原忠通には~~という記録があり、研究者の○○は、藤原忠通は両性愛の傾向を持っていたと指摘する」という記法ならば、原則としては可能ということになろうかと思います。

以上の内容をまとめて、「歴史上の人物」節に書き加える予定ですが、いかがでしょうか。数日待って作業を行います。

表現や語彙について

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この節は、主に差別的な語彙・表現を使わないということを注意する内容になると思います。現状の内容は英語版の記述を引き継いでしまっているので、現代の日本語の使われ方に照らして書き直さなければなりませんね。具体例は置いておいて、原則としては、以下のような具合でいかがでしょうか。

  • 差別的な語彙を使わない。
  • 差別的な表現をしない。
  • ただ、本人が自認を示した直接の言葉として、以上のような表現が使われていた場合、注釈付きで用いることはできる。



基本原則

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性自認や性的指向は、その人が誰であるかということに深く関わりますが、その人の私生活や仕事にどのような影響を与えるかは場合によります。Wikipedia:中立的な観点に従い、記事全体の中でこれらのことに過度な記載がなされないよう、細心の注意を払わなければなりません。その人のキャリアや人生にどのような影響を与えたかに結びつけられない限り、「~~はゲイであることを公表した人である」といった記述で十分です。ある人がカミングアウトしたという事実自体に特筆性がある場合もありますが、記事の中で冷静かつ中立的に書く必要があります。「○○年○月、△△のインタビューで、~~はトランスジェンダーであることをカミングアウトした」というように、特にその人自身の発言に即して文脈を付け加えると、読者に有益でしょう。

ウィキペディアは百科事典であり、新聞ではありません。存命人物の伝記に従い、ウィキペディアの記事は、その対象者の人間としての基本的な尊厳を尊重すべきです。

ウィキペディアは良い百科事典であることを目指しており、扇情的であってはなりません。ウィキペディアの記事は、直接的であれ間接的であれ、その対象を嘲笑・中傷することを目的としてはなりません。たとえば、ウィキペディアの記事をアウティングの場として使ってはなりません。ウィキペディアの記事は、ミラーリングされ、世界中に配信されるので、ここに我々(記事に書かれた人の友人や家族であったとしても)が書いたことはその人の人生に悪影響を与え得ます。このことは、他人の行為の被害者であることが特筆性の要因となっている個人を扱う場合、特に重要です。 ウィキペディア編集者は、意図的であろうとなかろうと、被害者への加害に加担したり、それを長引かせたりするような行為をしてはいけません。自由にコンテンツを作成し配布するというウィキペディアの目標にとっては、正しいバランスを常に追求し、最高の倫理基準を満たすことが重要です。

  1. セクシュアリティジェンダー・アイデンティティ性的特徴は、互いに置き換えられるものではない。しかし、それらはしばしば交差しており、それぞれの影響を定義することは不可能ではないにしても難しい場合があります。
  2. wikipedia:スタイルマニュアルでは、トランスジェンダーの個人の名前や代名詞について、その人が自分を認識する時の名前・代名詞を使うように勧めています。
  3. 人物の同一性の確認とその分類は、wikipedia:存命人物の伝記に従います。人物の宗教・セクシュアリティ・ジェンダーに関する記述を追加するためには、wikipedia:信頼できる情報源が必要です。その上で、下記のことに注意しましょう。
    1. 存命人物は、その人自身が公表している場合のみ、レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダーなどに分類されます。
    2. ジェンダー・セクシュアリティ・医学的状態については、特有のカテゴリーのルールが適用されます。
    3. 故人が、文書に記録された形で、同性または異性との特筆すべき関係にあった場合、レズビアン・ゲイ・バイセクシュアルに分類されることがあります。
    4. インターセックスは、身体的な性的特徴に結びついた生物学的な状態で、通例は医学的な事実であり、信頼できる情報源を必要とする。インターセックスの人は男性・女性・ノンバイナリー・Aジェンダーなどの可能性があります。また、インターセックスであることが自分の性別に関連すると認識する人もいれば、そうでない人もいて、医学的なものと認識する人もいれば、そうでない人もいます。インターセックスにはLGBTもいれば、異性愛者、シスジェンダー、バイセクシャルの人もいます。よって、LGBTの記事とインターセックスの記事との相互関係は制限するように配慮されています。

トランスジェンダー・ノンバイナリ―の人の記事をどう書くか

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wikipedia:スタイルマニュアル/人物伝にあるように、トランスジェンダーやノンバイナリーの人の出生時の名前や旧姓は、カミングアウト前に特筆性がないのなら、リード文に含めてはなりません(これは、中傷を避け、情報に過度ではなく適切な重要性を与えるという原則に合致します:wikipedia:中立的な観点)。

そうではなく、たとえば「○○は出生時に男性に割り当てられたが、それが自分を反映すると感じたことはなく、家族から独立するとすぐに移行した」というように書き、「若年期」の節に入れ込む方がよいかもしれません。理想的には、その人自身の発言によってその人が当時の自分をどのように見ていたかを示すのがよく、これによってその人自身に語らせることができます。

前の名前がアウティングされた結果としてのみ知られている場合、編集者は、それを記事に含めるのは中立的な観点に反していると感じるでしょう(その後信頼できる情報源で広く報道されたのでない限りは)。しかし、ウィキペディアが循環ソースとなることで、意図せずして前名の流布に加担してしまう事態を避けるため、よりいっそうの注意が必要です。たとえば、2014年、あるトランスジェンダー女性の出生名が、ある情報源によって明らかにされたという理由でウィキペディアの記事に追加されました。しかし、その情報源は対象者のプライバシーを尊重するため、すぐに記事を取り下げました。この時、この名前を記事に残すため、編集者が新たな情報源を探したのですが、彼女の出生名に関する新たな情報源はすべて、オリジナルの記事ではなく、Wikipediaの記事から得たものであると判明しました。

「トランスジェンダー」は形容詞であり、よって「○○はトランスジェンダーの女性である」(また「トランス女性である」)と言う。名詞としての使用(「スミスはトランスジェンダーである」「この映画には2人のトランスジェンダーが出演している」など)は、しばしば侮辱的とされ、いくつかのスタイルガイドや辞書では推奨されておらず、避けるべきである[1][2] 。同様に、「トランスセクシュアル」も形容詞で、名詞として使うべきではない。「Transgendered」も侮辱的な表現で、スタイルガイドでは推奨されていない(ただし、直接の引用は変えてはならない:should not be altered[3][4]

「レズビアン」「ゲイ」と「ホモセクシュアル」の語

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存命人物の記事の場合、その人が自分の性的指向について明かした希望の書き方をデフォルトとして使用すべきである。自己記述が入手できない場合、存命人物の記事では、「ホモセクシュアル」よりも「ゲイ」や「レズビアン」の表記が優先される。これらのアイデンティティの語が広く一般に用いられる以前(おおよそ1970年以前)の歴史的な記事については、対象を表す正確な形容詞として「ホモセクシャル」を使ってもよい。一般的に、「ホモセクシュアル」の語は、性的活動や臨床治療の指向に関する記述に限定すべきである。

スタイルガイドの例を下に示す。

  • (英語版のスタイルマニュアルの例なので省略)

「ゲイ」から「ホモセクシュアル」への文面の変更(またその逆)は重大なもので、明確なコンセンサスが必要である。さもなければ、破壊的な編集とみなされる可能性があります(wikipedia:腕ずくで解決しようとしない)。

参照

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  1. ^ Reuters Handbook of Journalism, "transgender": "Do not use transgender as a noun; no one should be referred to as 'a transgender.'"
  2. ^ GLAAD Media Reference Guide, "Transgender Issues":

    "Problematic: 'transgenders,' 'a transgender'

    Preferred: transgender people, a transgender person

    Transgender should be used as an adjective, not as a noun. Do not say, 'Tony is a transgender,' or 'The parade included many transgenders.' Instead say, 'Tony is a transgender man,' or 'The parade included many transgender people.'"
  3. ^ NPR Ethics Handbook, "'Memmos': Memmott's Missives & Musings, from the Standards & Practices Outbox": "Someone is 'transgender.' Do not write or say 'transgendered.'"
  4. ^ GLAAD Media Reference Guide, "Transgender Issues": "Problematic: 'transgendered'. Preferred: transgender. The adjective transgender should never have an extraneous '-ed' tacked onto the end. An '-ed' suffix adds unnecessary length to the word and can cause tense confusion and grammatical errors. It also brings transgender into alignment with lesbian, gay, and bisexual. You would not say that Elton John is 'gayed' or Ellen DeGeneres is 'lesbianed,' therefore you would not say Chaz Bono is 'transgendered.'"

関連項目

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