利用者:Gakushuin Jiro
経営戦略論(けいえいせんりゃくろん;strategic management, competitive strategy)とは「いかに競争に成功するか、ということに関して一企業が持つ理論」である経営戦略(以下「戦略」と呼ぶ)に関する研究を行う学問分野である。
かつては現役を退いた経営者がビジネススクールで授業を行い、そのなかで彼らの経験則を議論したり、経営の各機能(研究開発、オペレーション・マネジメント、マーケティング、会計などの機能分野)にそれらの経験則を応用してみたりといったものであったが、今日ではほとんどのビジネススクールの教員は経営学か関連分野での博士号を持ち、授業では学術的研究に裏打ちされたさまざまなモデル、概念、理論を議論したり現実のケースに適用したりする内容になっている。このことは、経営の人間的要素が授業から失われてしまった側面でもあり、これに対処するため、ビジネススクールでは「ケース」を用いる教育手法により、理論モデルを現実の世界で用いる場合に対処しなくてはならない社会的複雑性を擬似的に体験することで克服しようとしている。
経営戦略論は、経営関連諸学の進化プロセスにおいてもっとも未開拓であり、もっとも未熟な領域の1つである。財務(Finance)と組織行動学(Organizational Behavior)は1950年代までに厳格な学術領域として地位を固めつつあったし、マーケティング、会計、オペレーション・マネジメントの分野も1960年代までには同様の地位に達していた。
経営戦略論が学問として未熟な状態から現代の学術理論ベースの分野へと大きく進化した象徴的な出来事は、マイケル・ポーターのCompetitive Strategy (1980) (邦訳『競争の戦略』)と、リチャード・ルメルトのStrategy, Structure, and Economic Performance (1974) (戦略、企業構造、そして経済的パフォーマンス)の発表である。
戦略とは何か
[編集]戦略という概念の定義
[編集]戦略とは
[編集]戦略(strategy)とは「いかに競争に成功するか、ということに関して一企業が持つ理論」と定義される。成功のためのセオリーを選択肢実行することとは、つねに不完全な情報や知識に基づいている、つまり「ベスト・ゲス」(精一杯の推測)にすぎないということである。理論がどの程度成功するのかという評価は、そのセオリーをしばらく実行してみて初めてわかる場合が多く、事前にそのセオリーの成否を確実に判断することは出来ないのだ。だからこそ、戦略を理論、すなわちある因果関係を記述した命題、理論として表現することに妥当性があるのだ。
のちに述べるように、企業が成功するためには、戦略という単に競争に勝つ方法に関するアイデアだけでは不充分であり、そのアイデアが行動レベルに翻訳されねばならない。
競争優位とは
[編集]「競争に成功する」とは、他の企業よりも競争優位なポジションを構築することである。ここで競争優位(competitive advantage)とは、「その企業の行動が業界や市場で経済価値を創出し、かつ同様の行動を取っている企業がほとんど存在しない場合に、その企業が置かれるポジション」のことである。つまり、経営戦略論の目指すべきところは、企業が競争優位を獲得するための理論を研究することにほかならない。
戦略と企業ミッション
[編集]競争の理論としての戦略は、それぞれの企業のミッションに基づいていることがよくある。このミッション(mission)とは「その企業の根本的な目的と長期目標」という意味である。ミッションはミッション・ステートメント(mission statement)というかたちで文字で表現され文章化される場合もある。ミッション・ステートメントには自社の長期目標とその達成方法をはるかに越えた内容が含まれていることもある。つまり、その企業が奉じる核となる価値観(core value)や競争優位獲得のために自社が取るべき行動の具体的なリスト、具体的な財務上の数値目標が掲げられていることもある。これらの関係は以下の通りである。
- ミッション > 目標 > 戦略 > 戦術(施策)
創発戦略
[編集]企業はよく考えられたセオリーに基づいて事業を開始し、市場がそのセオリーの有効性を検証し、その結果を受けて経営者はより効果的に競争優位をもたらすように修正を加える。そのようにして「時間の経過とともに『出現、発現』してくるか、もしくは当初実行に移されたときからは原型をとどめないほどに変容した競争優位獲得のための理論」は創発戦略(emergent strategy)と言う。それに対し当初実行しようとした戦略は意図的戦略(intent strategy)と呼ばれる。当初の意図的戦略を非常に素早く修正したり、あえて迅速に捨て去ることによって創発戦略を乗り換えることが出来る能力は、企業にとって重要な競争優位になるであろう。
戦略と企業経営の環境条件
[編集]SWOT分析
[編集]創発的戦略か意図的戦略かにかかわらず、非常に成功した戦略は次の4つの条件を考慮したものである。その4つの条件とは、
- 企業の内部条件としての強み(strengths)
- 企業の内部条件としての弱み(weaknesses)
- 企業の外部条件としての機会(opportunities)
- 企業の外部条件としての脅威(threats)
である。この強み、弱み、機会、脅威という視点に基づいて、競争優位獲得のための自社のセオリーを評価するとき、SWOT分析(SWOT analysis)を行っていることになる。強み(strengths)とは、経済価値を(そして場合によっては競争優位を)創出する、経営資源のケイパビリティのことである。弱み(weaknesses)とは、企業の強みがもたらす経済価値の実現に困難になるような経営資源とケイパビリティ、もしくは戦略実行のために実際に用いられると、企業の経済価値を減じてしまうような資源とケイパビリティである。機会(opportunities)とは、企業がその競争上のポジションや経済的ぱフォーマンスを向上させるチャンスのことである。脅威(threats)とは、企業の外部にある、その企業の経済的パフォーマンスを減らす働きをするすべての個人、グループ、組織のことである。
上述した4条件を理解することが出来れば、企業は強みを生かし、機会をとらえ、脅威を無力化しようとする。競争優位を獲得する戦略はSWOT分析に含まれるこの4条件を考慮したものであろう。
SWOT分析 再考
[編集]SWOT分析が教えてくれることは、企業が追求している戦略を検討するとき、どのような質問を発すればよいか、ということだけである。しかしそれは「それらの質問に対しどのように答えればよいか」ということについては沈黙している。以下では、このSWOT分析が示唆する重要な質問に答えるために必要な、さまざまな理論やモデルを記述する。
パフォーマンスとは何か
[編集]戦略の定義とパフォーマンスの関係
[編集]- 戦略 =「競争優位を構築するために個別企業が持つ理論(因果関係を示す命題)」
パフォーマンス概念の定義
[編集]のちにパフォーマンスを定義するにあたり、まず組織を「経済的利益(economic profit; ET)を得るために、所有者の意思によって自発的に提供される生産要素(人間としての個人を含む)の集合体」と定義する。ここで言う「経済的利益」とは、「生産要素を用いて組織が実際に生み出す価値」と「生産要素の所有者が期待する価値」の「プラスの差」のことであり、経済レント(economic rent)とも呼ばれる。このとき、標準を上回るパフォーマンス(above-nomal performance)とは、「企業がっ創出する経済価値が、資源の所有者が期待する価値を超える水準である場合」のことを意味する。市場や業界で価値を創出する戦略を実行している企業があり、同じ戦略を採っている企業が他にほとんどいない場合、その企業は競争優位にあることはこれまでに述べた。つまり、標準を上回る経済的利益を生んでいる企業はその市場もしくは業界で何らかの競争優位を保持していると言える。
企業パフォーマンスの測定
[編集]企業のパフォーマンスを測定する方法は多いが、どれ1つとして完璧なものはない。したがって、複数のパフォーマンス基準を用いて戦略分析を行うことが望ましい。代表的なものは以下の4つである。
- 企業の存続期間
- ステークホルダー・アプローチ
- 純粋な会計数値
- 修正を施した会計数値
パフォーマンスの測定の尺度としての「企業の存続期間」
[編集]比較的長い期間にわたって存続している企業は少なくとも標準的な利益を達成している。
存続期間によるパフォーマンス測定のメリット
[編集]測定が容易と思われることはこの尺度の優れた点である。
継続期間による測定の限界
[編集]いつ企業が「死んだ」と判断するのか、また企業が長期間にわたり延命している場合などに対して厳密な定義を与えることが出来ないことは、の測定法の非常に深刻な弱点である。さらにこの測定法は企業のパフォーマンスが標準を上回るか否かについて何の示唆を与えない。総じて、この測定法はパフォーマンスを評価する重要な要素のひとつだが、これだけではとうてい不充分である。
ステークホルダー(利害関係者)の視点からのパフォーマンス
[編集]ステークホルダー・アプローチでは、企業のパフォーマンスはそこに資源を提供する複数のステークホルダー(利害関係者)の選好や欲求をどれだけ満たしているか、という基準で評価する。企業は各ステークホルダーに異なる資源を提供している。したがって、ステークホルダーによって評価が異なるという事態が想定され得る。
ステークホルダー・アプローチの限界
[編集]1つの組織に対して多数のパフォーマンスが存在することになるこのアプローチより、特定の利害得失があるものを優先した基準を採用する必要が出てくる。
単純会計アプローチ
[編集]会計上の基準は公に入手可能で、非常に多くの情報を提供してくれる。多くの場合「比率」分析を多用する。
会計上の利益の限界
[編集]会計上の尺度が抱える限界は以下の3つである。
- 経営上の裁量
- 短期利益重視のバイアス
- 目に見えない経営資源やケイパビリティの価値評価(intangible resources and capabilities)
会計的アプローチの限界が与えるインパクト
[編集]会計的アプローチの持つ限界がもたらす影響は事実として非常に大きい。企業のパフォーマンスを評価する手段として会計上の数値を用いる場合は、充分な配慮と判断力が求められる。
修正会計アプローチ
[編集]代表的な修正会計アプローチの指標は以下で述べる4つである。そのうちいくつかは、「期待されるパフォーマンス」の推定に対して資本コストの概念に強く依存している。資本コスト(cost of capital)は資本の提供者がその投資に対して期待するリターンを意味するからである。
会計的アプローチの限界が与えるインパクト
[編集]- 投下資本収益率(ROIC: return on invested capital)
- 経済的収益(EP: economic profit)
- 市場付加価値(MVA: market value added)
- トービンのq(Tobin's q)
企業パフォーマンスの他の測定指標
[編集]- イベント・スタディによる企業パフォーマンスの測定
- シャープ指標
- クレイナー指標
- ジェンセンのアルファ(Jensen's Alpha)
- 期待された利益以上の利益を実際に創出する企業は、標準を上回るパフォーマンスである。その標準を上回るパフォーマンスを生み出している企業は競争優位を保持している。パフォーマンスの測定指標はそれぞれ強みと弱みがあり、分析にあたっては複数の測定指標を用いるべきである。
脅威の分析
[編集]- 戦略 =「競争優位を構築するために個別企業が持つ理論(因果関係を示す命題)」
SCPモデル
[編集]脅威を分析するために、まずSCPモデルを導入する。SCPモデルとは「企業構造-企業行動-パフォーマンス・モデル」の3つの要素の関係を理解する方法論である。その研究は1930年代に始められた。SCPモデルの概略は以下の通りである。
- 「企業構造-企業行動-パフォーマンス・モデル」
- 業界構造(structure)
- 競合企業の数
- 製品の均質性
- 参入と退出のコスト
- 企業行動(conduct)
- プライス・テイカー(市場価格に応じた価格調整による需要変動への適応)
- 製品差別化
- 談合
- 市場占有力を背景とした諸行動
- パフォーマンス(performance)
- 企業レベル:「標準の」「標準を下回る」「標準を上回る」パフォーマンス
- 社会レベル: 生産と配分の効率性、雇用レベル、社会の進歩
企業は、経営活動を行っている業界の構造が持つ属性によって、その企業に与えられえる行動の選択肢の幅とその制約条件が決まる。SCPモデルは本来は競争レベルを高める方法を追求しようとしたのであるが、経営戦略論ではこれを逆手に取り、業界が完全競争よりも低い競争レベルとなるような条件を明らかにし、それによって企業が標準を上回る経済的パフォーマンスをあげる方策を発見する手助けとしてSCPモデルを活用するのである。
脅威を分析する5つの競争要因モデル
[編集]外部環境における脅威(enviromental threat)とは「企業の外部に存在する、その企業のパフォーマンスを押し下げようとするすべての個人、グループ、組織」のことである。SCPモデルに即して言えば、それは「業界の競争レベルを上昇させ、企業のパフォーマンスを標準レベルに押し下げようとする力」のことである。脅威をモデル化することで経営者はその脅威を分析し易くなり、脅威を無力化するような戦略をより効率的に策定出来るようになる。ハーヴァード・ビジネススクールのマイケル・ポーター教授によれば、企業が標準を上回る利益を維持したり創出したりする能力は、業界構造の属性によって脅威にさらされているという、このモデルは「5つの競争要因」として知られている。
- 脅威を分析する「5つの競争要因」モデル
- 新規参入(entry)の脅威
- 競合(rivalry)の脅威
- 代替品(substitutes)の脅威
- 供給者(サプライヤー;suppliers)の脅威
- 購入者(顧客;buyers)の脅威
新規参入の脅威
[編集]新規参入者(new entrants)とは、その業界でごく最近になって操業を開始したか、もしくはまもなく開始しようとしている企業のことである。SCPモデルに即して言えば、新規参入者の動機は、その業界の既存企業が享受している標準を上回る利益である。新規参入の脅威は参入コストによって決定される。また参入コストは参入障壁の有無とその「高さ」によって決定される。ここで言う参入障壁(barriers to entry)とは、参入コストを高くするような属性のことである。参入障壁とは具体的には以下の5つである。
- 業界への参入障壁
- 規模の経済
- 製品差別化
- 規模に無関係なコスト優位性
- 意図的抑止
- 政府による参入規制
参入障壁としての規模の経済
[編集]規模の経済(EOS: economies of scale)が参入障壁として作用するには、生産規模が最適レベルから正負どちらかの方向へ少しでもずれると、企業は非常に大きなコスト負担増をこうむることになっていなければならない。
参入障壁としての製品差別化
[編集]製品差別化(product differenciation)とは、ある業界の既存企業の製品には、あるレベルのブランド認知度や顧客ロイヤルティがあるが、潜在的な新規参入者にはそのような認知度やロイヤルティがない状態のことである。この場合に新規参入者は、業界で生産開始に伴う標準的なコストを負担するのみならず、既存企業が持っている差別化による優位性を克服するためのコストも負担しなければならない。このようにして製品差別化は参入障壁として作用する。既存企業の立場に立てば、参入抑制のコストが参入抑止によって守られる価値と同額だった場合、既存企業は参入の抑止に成功したにもかかわらず、標準的な利益しか得られていないことには注意が必要である。
規模に無関係なコスト優位性
[編集]さらに参入障壁には、既存企業が新規参入者に対して、規模の経済とは無関係なさまざまなコスト優位を保持していることがある。このコスト優位を潜在的な新規参入者がコスト劣位であると認識した場合、これらのコスト優位が参入障壁として作用する。代表的な規模と無関係のコスト優位は以下の5つである。
- 参入障壁として作用する、規模と無関係のコスト優位の源泉
- 自社独自の占有技術
- ノウハウ
- 原材料への有利なアクセス
- 有利な地理的ロケーション
- 学習曲線によるコスト優位
参入障壁としての意図的抑止
[編集]意図的抑止(contrived deterrence)とは、既存企業が新規参入の抑止を目的に取る行動のことである。これまでに述べた参入障壁は新規参入の抑止だけが目的ではないので、意図的抑止と区別して自然参入障壁(natural barriers to entry)と呼ばれる。意図的抑止は潜在的参入者に対し脅しのシグナルを発する。脅しは一般的に言ってそう効き目があるものではないが、意図的抑止のための投資が以下の3つの属性を持つ場合には、成功する可能性が高いことが知られている。
- 意図的抑止を成功させる可能性が高い3つの投資属性
- 「参入者受容」という経営判断を下す最良余地□をゼロにする戦略的行動オプションに限定すること
- 投資が特殊(specific investment)であること
- 投資が公開されたオープンな場で行われること
参入障壁としての政府規制
[編集]政府が特定業界への新規参入を制限する決定を下す場合も参入障壁になる。
参入障壁としての政府規制
[編集]その他の参入障壁もいくつか指摘されてはいるが、そのほとんどはこれまで議論した5つのうちのいずれか1つの特殊なケースである。それらは以下に示すものである。
- 「参入のために必要な資本投資」
- 顧客のスイッチング・コスト(customer-switching cost)
- 流通チャネルへのアクセス(access to distribution channels)
競合の脅威
[編集]競合の脅威とは、互いに直接競合する企業間の競争の激しさのことである。競合の脅威が大きい業界の特徴は以下に示すとおりである。
- 競合の脅威が大きい業界の特徴
- 競合企業が多数存在する
- それぞれの競合企業が同規模で、市場への影響力も同程度である
- 業界の市場成長率が低い
- 製品差別化が難しい
- 生産能力の増強単位が大きい
代替品の脅威
[編集]代替品(substitutes)の脅威とは、自社とほぼ同じ顧客ニーズを、異なる方法で満たすことである。代替品は多くの業界で、既存企業の潜在的利益を減少させている。
供給者の脅威
[編集]供給者(サプライヤー;suppliers)は供給価格を上げたり、供給物の品質を下げるなどして、供給先である既存企業のパフォーマンスに対する脅威となる。脅威を非常に高くする供給者の属性は以下のとおりだ。
- 供給者の脅威を示す指標
- 供給者の業界が少数の企業で支配されている
- 供給者の販売する製品がユニークか、あるいは高度に差別化されている
- 供給者が代替の脅威にさらされていない
- 供給者が前方向への垂直統合をするおそれがある
- 供給者にとって自社が重要な顧客ではない
購入者の脅威
[編集]購入者(顧客;buyers)が自社の収入を減少させようと行動するとき脅威になり得る。その可能性を示唆する条件は以下の通りである。
- 購入者の脅威を示す指標
- 自社の購入者が少数しかいない
- 自社から購入者に販売される製品は差別化されておらず、標準品である
- 購入者に販売される製品価格が、購入者の最終リストに占める大きな割合となっている
- 購入者が高い経済的利益を得ていない
- 購入者が後方垂直統合をするおそれがある
5つの競争要因と業界平均のパフォーマンス
[編集]5つの競争要因モデルは以下に示す3つの重要な意味を持つ。
- 5つの競争要因モデルの重要な意味
- 経営の外部環境に存在する最も普遍的な「脅威の源泉」を提示する
- 各業界における脅威を具体的に明らかにするために用いることが出来る
- 各業界の平均的パフォーマンスがどのれべるのものかを予測することが出来る
このモデルは1つの業界を経済学上の完全競争の状態へとシフトさせていくさまざまなプロセスを明らかにしてくれる。この種の業界では標準を上回る利益を獲得することは難しい。したがって、完全には競争的でない(not perfectly competitive)業界に身をおけば、平均として、完全競争の場合よりも高いレベルのパフォーマンスが実現出来よう。
5つの競争要因モデルの適用事例
[編集]製薬業界の分析
[編集]繊維業界の分析
[編集]国際環境における脅威
[編集]5つの競争要因モデルは、競争相手が競合のみにとどまらず、自社の経済的パフォーマンスを引き下げようとするいかなる個人やグループ、組織も、すべて競争相手と認識出来ることである。さらに、企業が直面する脅威の構造を完全に理解するためには、さらに広い範囲でこのフレームワークを適用することである。その1つの例が、企業が活動する国内市場の外に存在する脅威の源泉にもこのフレームワークを適用させることである。
機会の分析
[編集]機会とは、企業の外部にあって、企業がその競争上のポジションや経済的パフォーマンスを向上させるチャンスのことである。
業界構造と機会
[編集]以下ではそれぞれの業界における機会を検証していく。
市場分散型業界における機会
[編集]市場分散型業界(fragmented industries)とは、少数の小・中規模企業が存在するが、市場シェアの大部分や主要技術を占有するような企業がいない業界のことである。この業界での「機会」とは、少数の小・中規模企業を少数の企業に集約するような戦略を実施することである。これは集約・統合戦略(consolidation strategy)と呼ばれる。この戦略に成功すれば、その業界のリーダーとなり、それによる利益を獲得出来る可能性がある。
新興業界における機会
[編集]新興業界(emerging industries)とは、イノベーションや市場需要の変動、または新しい顧客ニーズの出現などにより新たに生まれた業界、またはいったん消えたが復活した業界のことである。この業界での「機会」は先行者優位(first-mover advantage)と言われる。すなわち、業界が発展していくごく初期に、重要な戦略的・技術的意思決定を下した企業が、それによる利益を享受出来るのだ。先行者優位の源泉は次の3つの要素である。
■ 先行者優位 □ 技術的リーダーシップ □ 戦略的に勝ちのある資源への先制確保 □ 顧客のスイッチング・コストの確立
成熟業界における機会
[編集]成熟業界(mature industries)の特徴は以下の通りである。
- 業界の総需要の成長スピードが鈍化
- 経験豊富なリピート顧客の存在
- 生産能力増加スピードの鈍化
- 新製品やサービスの導入頻度の鈍化
- 外国製競合製品の増加
- 業界の利益率の全体的な低下傾向
成熟業界での機会は、新興業界での新製品・新技術の開発からシフトして以下に示す3つのものがある。
- 現行製品の改良
- サービス品質の向上
- プロセス革新による製造コストの削減と品質向上
現行製品の改良
[編集]成熟業界でのイノベーションは、既存製品・既存技術の延長上で改良を加えることによって生じる。
サービス品質の向上
[編集]企業に新製品や新技術開発への投資余力がない場合、顧客サービスの向上へと製品差別化の努力がなされる。よい評判を得ることで優れた経済的パフォーマンスをあげる可能性がある。
プロセス革新
[編集]企業のプロセス(process)とは、製品やサービスを設計・製造・販売するために企業が携わるさまざまな行動のことである。プロセス革新(process innovation)とは、企業の現在のプロセスを改革・改良することである。業界発展の初期段階では製品革新が非常に重要となるが、時間の経過とともに製品革新の重要性は徐々に減少し、プロセス革新がより重要になってくる。プロセス革新はコスト低減と品質向上の双方に寄与する。
衰退業界における機会
[編集]衰退業界(declining industries)とは継続的に業界全体の売上規模が減少している業界のことである。衰退業界は多くの脅威にさらされているが、そのなかで認識すべき機会は以下の4つである。
- 市場リーダーシップ
- ニッチ
- 収穫
- 撤退
市場リーダーシップ戦略
[編集]市場リーダー(market leader)とは、その業界で最大の市場シェアを有する企業になっておくことである。衰退業界では、需要減少に伴い大規模な業界再編が起こるが、その後は脅威がほとんどなく機会が存在する比較的楽な環境を享受出来る。そこで市場リーダーの目的は、来るべき再編を乗り切れないと思われる企業の市場退出を促すことで、自社にとって有利な競争ポジションを可能な限り早く獲得することである。
ニッチ戦略
[編集]ニッチ戦略(nich strategy)とは、事業の範囲(scope)を狭く絞り、業界のある特定のセグメントに集中することである。数社かしかニッチを追及しなかった場合、業界全体の需要は縮小していても、有利な市場環境を享受出来るかもしれない。
収穫戦略
[編集]収穫戦略(harvest strategy)とは、長期間にわたってシステマチックかつ段階的に業界から退出しようとし、その間に可能な限り利益を刈り取ろう(収穫しよう)とすることである。リーダーシップ戦略とニッチ戦略は業界が衰退に向かっているにもかかわらずそこに存在し続けようという意思があるが、収穫戦略を採ろうとする企業は、その業界での存続は考えていない。企業が収穫戦略の実行へ動き出すのは、企業の経営幹部たちがこれまで長期間にわたってずっと誇りとしてきたものを捨て去れねばならない可能性があり、非常に困難な経営上の課題に直面する。したがって、収穫戦略を実行することを表明する企業はまずいない。
撤退戦略
[編集]撤退戦略(divestment strategy)とは業界からの退出を意味する。収穫戦略とは次の2点で異なる。
- 非常に短期間で終了する
- 業界の衰退パターンがはっきりした直後に実行に移される
国際業界における機会
[編集]国際化した業界の機会は次の3つのカテゴリーに分類出来る。
- マルチナショナル
- グローバル
- トランスナショナル
マルチナショナル戦略
[編集]国際業界でのマルチナショナルな機会(maltinational opportunities)とは、同時に複数国市場、または複数の地域市場(地域=国レベルの市場の一部分)で事業展開を行い、各事業はそれぞれ独立しており、各市場のニーズにどのように応えるかについては自由裁量が与えられていることである。世界市場を対象に販売するのではなく、その国の消費者のニーズを的確につかみ、それを満たすような製品をデザインし販売するのである。国や地域市場で変化する需要に対し迅速に対応出来ることや、何らかの特定の経営資源が必要不可欠になった場合に迅速に再配置出来ることが利点である。
グローバル戦略
[編集]グローバルな機会(global opportunities)を追求するには、事業展開にあたり生産、物流、その他の経営機能を全世界レベルで最適化しようとする。このとき、世界レベルでの調整能力が非常に重要になってくることや輸送費が高くなる可能性、各地域特有のニーズや機会、脅威に対応する能力を犠牲にせざるを得ないことが課題である。グローバル戦略は国や地域によって市場構造にばらつきが少ない場合、特に魅力的なアプローチとなり得る。
トランスナショナル戦略
[編集]トランスナショナルな機会(transnational opportunities)を追求する企業は、自社を「分散され、かつ相互に依存する経営資源やケイパビリティの統合ネットワーク」と捉え、グローバル・レベルでの統合とローカル・レベルでの適応をトレードオフにするのではなく、両者の利点を同時に追及しようとする。
ネットワーク型業界における機会
[編集]ネットワーク型業界(network industry)とは、製品やサービスの価値が少なくとも部分的に、それらの製品やサービスの販売量そのものによって影響を受ける業界のことであり、収穫逓増の業界(increawsing-returns industry)とも呼ばれる。この業界における主要な機会は先行者優位である。新興業界におけるそれとの違いは、先行行動により製品やサービスをデファクト・スタンダードにすることによって経済価値を創出することである。このとき先行行動の多くは勝者総取り戦略(winner-take-all strategy)となる。
超競争業界における機会
[編集]超競争業界(hypercompetitive industries)とは、競争状況の展開が不安定で予測困難な業界のことである。一見すると明らかな機会は存在しないように思われるこの業界にも、しかし以下の2つの重要な戦略機会が存在する。
- 柔軟性
- 先制破壊
柔軟性
[編集]柔軟性(flexibility)とは、ある戦略から他の戦略へ低いコストで切り替える能力のことをいう。新たな機会が出現したときに、柔軟性があれば、迅速に戦略的方向性を変更出来る。
先制破壊
[編集]先制破壊(proactive disruption)とは、業界構造が予測不能なかたちで進化するのをただ見ているのではなく、自らその業界の競争プロセスを支配し、競争の基本条件を左右するような戦略を追及することである。先行者優位との違いは、一時的競争優位(temporary competitive advantage)のみを期待していることである。この業界において先制破壊戦略を成功させる条件は以下の7つである。
- ステークホルダーの満足
- 戦略の予言
- 迅速さ
- 衝撃
- 競争ルールの変革
- シグナル
- 複数同時並行的な戦略的行動
コアなし業界における機会
[編集]コアなし市場(empty-core markets)とは、買い手・売り手の双方が最高の条件だと思える取引が永遠に成立しない市場のことである。コアなし業界で企業が直面する問題は、現実には取引を成立させないこと自体がコストとなることである。コアなし業界では以下の条件で破滅的競争(cutthroau competition)、すなわち平均コスト未満に価格が設定される競争が起こる。その損失が、取引がまったく成立しない場合の損失額に比べれば小さいからである。
- 大きな単位での生産能力の追加
- 回避出来ない多額の埋没コスト
- 製品差別化が出来ない
- 市場需要が予測不能
この業界における機会は以下のものがある。
- 談合(collusion)
- 政府規制(governmentregulation)
- 高度な製品差別化(product differentiation)
- 需要予測マネジメント(predicting demand management)
戦略グループによる脅威と機会の分析
[編集]これまでは業界を基本単位として考察してきた。考察の理論的根拠となっているSCPモデルが、業界を分析の単位としているからである。しかし以下の点で業界をその単位とするのはいくつかの限界がある。
- 業界の定義があいまいである
- ある業界内で各企業が直面する脅威や機会は複数の企業にとってまったく同じである
個別企業より広く、業界より狭い分析レベルが戦略グループである。
戦略グループの概念
[編集]戦略グループ(strategic group)とは、同一業界内において、他の企業とは異なる、ある共通の脅威と機会に直面している企業群のことである。業界と違うことは、同じ業界の他社とは異なっていることである。戦略グループで重要な概念は、業界分析における参入障壁に相当する移動障壁(mobility barriers)という概念である。これは戦略グループ間の移動を制限するものである。
戦略グループ概念の適用
[編集]クラスターも、戦略グループと同義の概念であると考えられる。
戦略グループ分析の限界
[編集]戦略グループは、業界の外部環境における脅威と機会の分析を補うツールとして重要な役割を果たしうる。しかし、戦略グループが事実本当に存在するかどうか判断することが出来ず、単に計算の結果得られた人為的カテゴリーにすぎないこともあるので、戦略グループ分析の結果を解釈する菜には非常に慎重でなくてはならない。
脅威と機会の分析におけるSCPモデルの限界
[編集]ほかのすべてのモデルと同様に、SCPモデルにも重大な限界がある。
企業利益と業界参入に関する前提
[編集]SCPモデルでは、ある業界への新規参入の頻度は、その業界の既存企業のパフォーマンスと正の相関関係があると考えられている。しかし、既存企業のパフォーマンスが高いことは、既存企業の戦略の効果や効率が著しく高いことを示し、参入動機を失わせるという見方もある。これは「ある業界への新規参入の頻度は、その業界の既存企業のパフォーマンスと負の相関関係がある」ということになる。
決定的な結論は得られていないが、業界の既存企業が寡占的・独占的行動ゆえに高い利益を得ているのだとすれば、その新規参入は魅力的な選択肢であり、 また既存企業の高水準のパフォーマンスがそれら企業自身が保有する競争優位によるものである場合、新規参入は相対的に魅力の低いオプションであると考えられる。
非効率的な戦略の役割
[編集]SCPロジックでは、競争優位を獲得し持続させる最高の方法は、既存もしくは潜在的競合企業よりもより効果的で効率的になることであるとされる。ところが、意図的抑止(上述)などでは逆に企業の戦略の効果やオペレーション効率を悪くすることによってパフォーマンスを最大化出来ると示唆しているように思われる。
一般に、企業の経済的パフォ-マンスを向上させるために自身の効率を低下させる戦略を実行することは、非常にリスクが高く、尋常ならざる状況においてのみ適用可能であるように思われる。現実には、企業の効率を犠牲にする行為は、新規参入を抑止するよりもむしろ誘発する。したがって、既存企業はさらに効率的・効果的に顧客ニーズに応える方法を習得しなければならないということになる。
限定された企業異質性の前提
[編集]SCPモデルには、業界内での各企業の個別異質性(heterogeneity)という概念があまり備わっていない。これはSCPモデルの分析単位が業界ということからもたらされており、当然である。
戦略選択の一般モデルには、外部環境(脅威と機会)の分析と、内部環境(強みと弱み)の分析の両方が含まれる必要がある。
企業の強みと弱み:リソース・ベースト・ビュー
[編集]デル、ウォルマート、サウスウエスト、ニューコアのように、あまりに多くの脅威に囲まれ、非常に限られた機会しか存在しない業界にあっても、非常に高いパフォーマンスをあげている企業が存在する。この事実は、業界の競争環境だけが企業の潜在的な収益性を決定する要因ではないことを示唆している。企業のパフォーマンスを理解するためには、企業の外部環境に存在する機会と脅威の分析を超えて、個別企業が保有する独自の強みや弱みを分析しなければならない。
企業の弱み・強みに関するこれまでの研究
[編集]外部環境のモデルはSCPパラダイムのみに依拠している(上述)が、企業の強みと弱みの分析は多岐にわたる研究の流れがあり、なかでも以下の3つは重要である。
■ 企業の強みと弱みの分析 □ 企業固有能力に関する伝統的研究 □ リカード経済学 □ 企業成長の理論
企業固有能力に関する理論
[編集]企業固有能力(distinctive competencies)とは「その企業がいかなる競合他社よりもうまくやることが出来る行動」のことである。企業の強み・弱みは企業固有能力に依拠しているとする研究である。この研究の流れは大きく2つに分類出来る。
■ 企業固有能力に関する理論 □ 経営者(general managers)を企業固有能力と考える流れ □ その他の組織的属性を競争力の源泉ととらえる考え方
企業固有能力の源泉としての経営者
[編集]経営者が企業固有能力の源泉だとする考え方は、経営者(組織において損益に決定的な責任を持つ経営管理者)が企業のパフォーマンスに大きなインパクトを持っていると仮定する。すなわち「経営者の質」が企業パフォーマンスを決定するという考え方である。この理論の限界は、「質の高い」経営者が持つべき特質・属性とは何なのか、特定することが難しいことであることと、経営者だけが組織の強み・弱みの源泉ではないことである。野球チームの監督のように、チームの成績がよければ過度によい評価を受け、悪い成績の場合は必要以上に悪い評価を受けるのは組織における経営者も同じである。
企業固有能力としての組織リーダーシップ
[編集]組織リーダー(institutional leader)は、組織のビジョンを創造し、それに整合するように組織の体制や構造を作り上げたうえで、自社独自の基本的価値観やアイデンティティー、すなわち組織ビジョンを内外の脅威から守ることに関心を向けるとされる。この考え方の限界は、企業の競争優位の究極の源泉が「組織リーダー」のみに限定されており、彼らが使うことが出来るツールが「組織ビジョンの策定」に限られていることだ。
リカード経済学
[編集]リカード経済学は「本来的に存在し、増産が不可能で、破壊も不可能な自然の恵み」がもたらす経済的影響を研究する。企業固有能力としてのリカード経済学は、マネジャーの役割をほぼまったく考慮せず、「土地の所有が」持つ経済的意味を研究した。土地という生産要素は「完全に非弾力的」であり、質の高い生産要素を保有している者は経済レント(economic rent、上述)を獲得出来る。この考え方の脅威は、市場の需要曲線が左下にシフトすることでレントが減少もしくは消失する可能性があること、また「土地」は供給が固定されているものの、「肥沃さ」の供給は固定されたものではなく、競争優位が減少する場合があることだ。しかしながら近年、企業が用いる非常に多くの経営資源は、その供給が非弾力的であり、経済レントの源泉になり得るという認識が広まってきている。
ペンローズによる社会成長の理論
[編集]ペンローズの著書The Theory of the Growth of the Firm(邦訳『社会成長の理論』、末松玄六訳、ダイヤモンド社、1980年)での目的は、企業成長のプロセスと企業成長の制約条件を理解することだった。彼女は企業が
- 企業とは「非常に多くの個人やグループによる行動をリンクさせたり調整したりする管理のフレームワーク」として理解すべき
- 企業とは生産資源(productive resources)の集合体(束)として理解されるべき
と主張した。これは新古典派のミクロ経済学の「企業というものは比較的単純な生産関数として適切にモデル化可能である」という仮定を問題視したからである。彼女によれば企業成長を制約する2つの要素とは
- 企業が支配する生産資源によって規定される生産の機会
- それらの生産資源の利用を調整するために必要な管理フレームワーク
だとされる。
組織の強みと弱みの分析
[編集]リソース・ベースト・ビュー(経営資源に基づく企業観;resource-based view of the firm)は、企業ごとに異質で、複製に多額の費用がかかる経営資源に着目し、そのような経営資源を活用することによって企業は競争優位を獲得出来るという考え方である。
リソース・ベースト・ビューの基本的前提
[編集]2つあり、まず経営資源の異質性(resource heterogeneity)という仮定である。これはペンローズの企業観(上述)がベースの、「企業は生産資源の集合体(束)であり、個別企業ごとにそれらの生産資源は異なっている」という認識である。もう一つは経営資源の固着性(resource immobility)である。これはセルトニックとリカードの研究(上述)をもとにした、「経営資源のなかにはその複製コストが非常に大きかったり、その供給が非弾力的なものがある」というものである。
例えば以下の条件の場合、その経営資源は企業の「強み」、すなわち競争優位の潜在的源泉となり得る。
- その経営資源を保有していることによって経営の外部環境に存在する機会を活用し、脅威を無力化出来る
- その経営資源を保有する企業がごく少数である
- その経営資源の複製コストが非常に高いか供給が非弾力的である
経営資源の種類
[編集]企業の経営資源(firm resource)とは、企業のコントロール下にあって、企業の効率と効果を改善するような戦略を構想したり実行したりすることを可能にするものである。経営資源は一般に次の4つのカテゴリーに分類出来る。
- 財務資本
- 物的資本
- 人的資本
- 組織資本
経営資源、ケイパビリティ、コンピタンス
[編集]戦略的に価値のある経営資源のことは、これまで単に経営資源と呼んだり(バーニー et. al.)、ドミナント・ロジック(支配的倫理;dominant logic)と呼んだり(プラハラッドとベティス)、コア・コンピタンス(core competencies)と呼ばれる(プラハラッドとハメル)。以下では、経営資源とケイパビリティという語を同義語として扱い、コア・コンピタンスという語は多角化戦略の概念化や実行に関する議論を行う際にのみ使用する事にする。
バリューチェーン分析による経営資源やケイパビリティの特定
[編集]バリューチェーン分析(value-chain analysis)によって、その企業に競争優位を生じさせる可能性のある経営資源やケイパビリティを特定出来る。ここでバリューチェーン(value chain)とは垂直的に連鎖する事業活動の総体のことである。一般的なバリューチェーンのモデルとしては、マッキンゼーのそれとポーターのそれとがある。
企業の強みと弱みの分析フレームワーク:VRIO
[編集]これまでの抽象度の高い議論に基づいて、企業内部の強みと弱みを分析するフレームワークはVRIOフレームワーク(VRIO framework)と呼ばれる。このフレームワークは、企業が従事する活動に関して発すべき4つの問いによって構成される。
■ 企業内部の強みと弱みを資源に基づいて分析する際の4つの問い □ 経済価値に関する問い □ 稀少性に関する問い □ 模倣困難性に関する問い □ 組織に関する問い
経済価値に関する問い
[編集]経済価値に関する問いとは、「その企業の保有する経営資源やケイパビリティは、その企業が外部環境における脅威や機会に適応することを可能にするか」というものである。
稀少性に関する問い
[編集]稀少性に関する問いとは、「その経営資源を現在コントロールしているのは、ごく少数の競合企業なのだろうか」というものである。
模倣困難性に関する問い
[編集]模倣困難性に関する問いとは、「その経営資源を保有していない企業は、その経営資源を獲得あるいは開発する際にコスト上の不利に直面するだろうか」というものである。
組織に関する問い
[編集]組織に関する問いとは、「企業が保有する、価値があり稀少で模倣コストの大きい経営資源を活用するために、組織的な方針や手続きが整っているだろうか」というものである。
VRIOフレームワークの適用事例
[編集]「価値があり、かつ希少性があり、さらに模倣コストが大きい」経営資源やケイパビリティは企業組織にとっての強みであり、持続可能な企業固有能力(sustainable distinctive competencies)である。
デルコンピュータ
[編集]購買と販売、サポートに一時的な競争優位があり、製品組立に持続的な競争優位がある。
アメリカのソフトドリンク業界における競争
[編集]市場シェアをめぐるつばぜり合いの競争は、必ずしも競争優位の源泉にはならない。
リソース・ベースト・ビューの意義
[編集]- 企業における競争優位の責任
競争優位は全社員の責任である
VRIOフレームワークの限界
[編集]他のフレームワークと同様に、VRIOフレームワークにも限界がある。その代表例を以下に3つ示す。
持続的競争優位と環境の激変
[編集]経営の影響
[編集]分析の単位
[編集]SCPモデルの分析の単位が業界であるのに対して、リソース・ベースト・モデルのそれ企業の内部であるが、企業内部の情報にアクセスすることは非常に困難である。
垂直統合
[編集]- 第Ⅱ部 = 事業戦略(business strategies)
- 事業戦略 = 「特定の市場もしくは業界」とることが出来る具体的行動
垂直統合の定義
[編集]- バリューチェーン = ある製品がサービスを設計し、生産し、販売し、配送するために必要な個々の活動の集合体
- 垂直統合度(vertical integration) = バリューチェーンのなかでどれだけのステージ(活動)に携わるか
- 前方垂直統合(forward-vertical integration) = 製品やサービスの最終顧客とよりダイレクトに接触する方向に進むように垂直統合度を高くすること
- 後方垂直統合(backward-vertical integration) = 製品やサービスの最終顧客から遠ざかる方向に垂直統合すること
- 売上高付加価値率(value added as a percentage of sales;売上高に占める付加価値の割合)によって垂直統合度のおおよその見当がつく
- 垂直統合度i ={付加価値i-(純利益i+法人税i)}/{売上高i-(純利益i+法人税i)}
- 付加価値=減価償却費+無形固定資産および繰延遺産の償却額+…
垂直統合の経済価値
[編集]- 垂直統合する意思決定は統治選択(governance choice;ガバナンス形態の選択)の一例
- その取引を管理・統治する最も効率のよい方法は何か
- 取引の統治形態
- 市場による統治(market governance)
- 中間的統治(intermediate governance)
- 階層的統治(hierarchical governance;垂直統合のこと)
機会主義の脅威と統治コスト:取引コストの経済学
[編集]- 取引コストの経済学(transakution cost economies)
- ロナルド・コース、オリバー・ウィリアムソン
- 基本的主張 = ある経済取引が潜在的に価値を持つと見なされるとき、統治メカニズム(それが市場であれ企業であれ)の目的は、その取引において取引主体が不公平に搾取される脅威を、可能な限り低いコストで最小化すること
- 機会主義の脅威(threat of opportunism) = 取引主体間にだましたりごまかしたりする(cheat)インセンティブが働くこと
- 統治の目的 = 機会主義的行動を発見し、機械主義的に行動する取引主体に対して適切な制御策を行使出来る「制度的な枠組み」をつくり出すこと
- 中間的統治は市場による統治よりも広範囲の戦時的な機会主義的行動を管理出来、さらに階層的統治は中間的統治よりもさらに広範囲の潜在的な機会主義的行動を管理出来る
- 機会主義の脅威の最小化と、統治コストの最小化の両方を同時に実現しなくてはならない
機会主義の脅威の決定理論
[編集]- 何がある特定の経済取引における機会主義の脅威を決定づけるのか
- その経済取引における取引特殊な投資のレベル
- その経済取引が内包する不確実性と複雑性のレベル
取引特殊な投資と機会主義
[編集]- 取引特殊(transaction specific)
- 他のいかなる経済取引における同様の投資の価値よりもはるかに大きい、ある特定の経済取引に伴って行なわれる投資の価値
- 例)企業Aが企業Bとの取引でしか用いることの出来ない、ある特別な技術に投資を行なった場合
- このときの機会主義的行動とは、企業Bが企業Aを搾取すること
- 経営的階層構造が、経営権に基づく命令(managerial fiat)により機会主義の脅威をコントロール出来る
不確実性、複雑性、機会主義
[編集]- 取引の不確実性と複雑性のレベル > 機会主義の脅威のレベル > 垂直統合した階層組織へ
- 完全契約(complete contract)
統治メカニズムの類型
[編集]- 企業による取引統治のオプション
- 統治形態の類型
- 非垂直統合の統治メカニズム
- スポット市場契約
- 完備契約
- 逐次契約
- 関係性に基づく契約
- 垂直型統合の統治メカニズム
- 内部市場
- 官僚制
- クラン(身内意識による統治)
- 非垂直統合の統治メカニズム
スポット市場契約
[編集]- 市場に優良な買い手と売り手が多数存在する
- 市場での製品やサービスの品質が非常に安いコストで保証される
- スポット市場契約(spot-market contract)
- 製品またはサービスの取引量、その価格、取引時期に関する売り手と書いて間の単純な合意
- 原油市場
- 農作物市場
- ニューヨーク証券取引市場
- 市場で取引される製品やサービスの価格は期待される経済価値を完全かつ正確に反映して決定される
- 低コストで取引相手の変更が可能
- 相手が機会主義的に行動し始めたら他の取引相手にスイッチして機会主義を回避することが可能
- 製品やサービスの質を評価・確認することが容易
- 機会主義的行動を非常に低コストで察知出来る
完備契約
[編集]- 完備契約(complete contingent claims contracts)
- 取引において将来に起こり得るすべての事態を想定し、それら個々の事態に伴う取引主体の権利と義務を詳細に特定している契約
- 契約履行の詳細な監視(モニタリング)
- 取引主体が契約上の義務を果たさない場合に法的制裁などが科されるという脅威
- > により機会主義の脅威をコントロールする
- スポーツ競技のルール
- 将来の事態をすべて予測出来、それらの事態の正確な定義も可能な場合、完備契約は取引における機会主義の脅威をコントロールする非常に効果的かつ安価なメカニズム
逐次契約
[編集]- 逐次契約(sequential contracts)
- 契約と再契約が連続していくプロセス
- 将来起こり得る事態のすべてを取引開始時に明示的に定義しなくてすむ
- 契約と再契約のプロセスを繰り返すこと
- 契約の有効期間中に双方が相手の行動を詳細にモニターすること
- > により機会主義の脅威をコントロールする
- 雇用契約
- 供給契約
- ライセンシング契約
- 取引相手の実体験に基づく学習(learning by doing)による外部者に対して競争優位性
関係性に基づく契約
[編集]- 関係性に基づく契約(relational contracts)
- 信用、友情、倫理という人間関係上の属性
内部市場
[編集]- 内部市場(internal market)
- 「市場統治に似た」メカニズムを階層の組織のなかに組み込む
- 契約は仲介契約(mediated contracts)が、価格は市場価格より転移価格(transfar prices)が重要視される
官僚制
[編集]- 官僚制(bureaucracy)
- 政策(policies)、手続き(procedures)、規則(rules)、規制(regulations)によって取引を統治する
- 完璧な規則に基づく官僚制が存在しない
クラン
[編集]- クラン(clans)
- 共有された価値観、新年、信頼、友情により機会主義の脅威を消す
取引コストに基づく垂直統合モデルの実証研究
[編集]- 機会主義の脅威が経済取引の属性の大部分を決定し、取引主体はその機会主義の脅威を最小コストで低減出来る統治形態を選択する
ケイパビリティと統治の選択:リソース・ベースの視点
[編集]- 取引コストの経済学の「取引の統治コストを最小にしつつ機会主義の脅威を最小化にする」という考え方に加え、「企業間のケイパビリティの違いも統治選択を行ううえで考える」という考え方も考慮すべき重要な点である。資源ベースの観点から導出される命題は以下の2つである。
- 他の企業が、価値があり、起床で、模倣コストの大きい経営資源とケイパビリティを保有していて、その獲得コストが高すぎる場合、著しい機会主義の脅威が存在するにもかかわらず、非階層組織的統治を選択すべき場合がある
> 取引コスト理論と矛盾 - 企業は、自社が競争優位を有している事業機能で、垂直統合すべきである。
> 取引コスト理論と整合
- 他の企業が、価値があり、起床で、模倣コストの大きい経営資源とケイパビリティを保有していて、その獲得コストが高すぎる場合、著しい機会主義の脅威が存在するにもかかわらず、非階層組織的統治を選択すべき場合がある
重大な機会主義の脅威の下で非階層的統治を選択するケース
[編集]- サプライヤーのウォルマートの電子データ交換(EDI)システムへの投資は、著しく資産特殊性の高い投資であるが、行うであろう。このとき、取引コスト理論の言うように、機会主義の脅威は統治選択を決定する唯一の要因ではない。ケイパビリティの属性を考慮することが必要になってくる。
企業が競争優位の源泉を保有している場合に階層的統治を選択するケース
[編集]- 当該企業自身がBRIOな経営資源やケイパビリティを保有していれば、企業が現時点で競争優位を有している事業機能群で垂直統合するべきだ。
- ある一群の事業機能が持続的競争優位の源泉となる可能性が低い場合には、それらの機能への投資に非階層的統治を用いるべきだ。
不確実性と統治選択:リアルオプションの視点
[編集]- オプション(option)
- 特定の資産を事前に定めた価格で事前に定めた期日に売買する権利(義務ではない)
- 金融オプション(financial option)
- 株式などの金融資産に関して設定されたオプション
- ストック・オプション(stock option)
- ある特定の株式を、事前に定めた価格で事前に定めた期日に売買する権利
- リアルオプション(real option)
- 工場設備、流通ネットワーク、または技術といった実物資産に設定されるオプション
- ある特定の投資が最終的に価値を有するかどうかが非常に不確実である場合、戦略的柔軟性(strategic flexibility)を最大化する統治選択を考慮する。
- 例)バイオ薬品業界の小規模バイオ企業との戦略的提携
垂直統合の意思決定に関する3つの視点の統合:取引コスト、経営資源とケイパビリティ、リアルオプション
[編集]- 垂直統合の意思決定に関する「統合された実践的理論」は次のとおりである。
- (当初の条件)取引特殊な投資が大きい、また機会主義について予測出来ず、不確実性と複雑性が高いとき
>(統治の課題)機会主義の脅威がある
>(統治形態の選択)階層的統治 - (当初の条件)価値があり稀少で模倣コストと獲得コストが大きいケイパビリティを他の企業が所有しているとき
>(統治の課題)他の企業がコントロールする特別なケイパビリティへのアクセスが獲得出来るか
>(統治形態の選択)非階層的統治 - (当初の条件)投資の価値に不確実性が存在するとき
>(統治の課題)柔軟性を保つ必要がある
>(統治形態の選択)非階層的統治
- (当初の条件)取引特殊な投資が大きい、また機会主義について予測出来ず、不確実性と複雑性が高いとき
垂直統合と持続的競争優位
[編集]垂直統合戦略のための組織
[編集]コスト・リーダーシップ
[編集]コスト・リーダーシップの定義
[編集]- 基本戦略(generic strategy)
- コスト・リーダーシップ戦略と製品差別化戦略
- コスト・リーダーシップ戦略(cost leadership strategy)
- 事業の経済的コストを他の競合企業を下回る水準に引き下げることによって競争優位を獲得すること
コスト優位の源泉
[編集]企業の大きさと規模の経済
[編集]- 規模の経済(economies of scale)
- 規模の経済の主な源泉
- 生産規模と専用機械
- 生産規模と工場や設備のコスト
- 生産規模と従業員の専門化
- 生産規模と間接コスト(オーバーヘッドコスト)
- 規模の不経済(diseconomies of scale)
- 規模の不経済の主な源泉
- 効率性を維持出来る生産規模の物理的限界
- マネジメント上の不経済
- 従業員のモチベーション
- 市場および原材料への距離
経験の差がもたらす学習曲線による経済性
[編集]- 学習曲線と規模の経済
- 学習曲線とコスト優位
- 学習曲線の名称
- 学習曲線と競争優位
生産要素への差別的で低コストのアクセス
[編集]規模と無関係の技術上の優位
[編集]経営政策の選択
[編集]コスト・リーダーシップの経済価値
[編集]コスト・リーダーシップと参入の脅威
[編集]- コストに基づく参入障壁を創出することは新規参入の脅威を無力化することに役立つ
- 新規参入者は多額の事前投資や製品差別化などを実行して参入してくるかもしれない
コスト・リーダーシップと競合の脅威
[編集]コスト・リーダーシップと代替の脅威
[編集]コスト・リーダーシップと供給者の脅威
[編集]コスト・リーダーシップと購入者の脅威
[編集]コスト・リーダーシップと持続的競争優位
[編集]コスト優位の源泉の稀少性
[編集]稀少性の高いコスト優位の源泉
[編集]稀少性の低いコスト優位の源泉
[編集]コスト優位の源泉の模倣可能性
[編集]複製が容易なコスト優位の源泉
[編集]模倣コストが大きいコスト・リーダーシップの源泉
[編集]複製コストの大きなコスト優位の源泉
[編集]コスト優位の源泉に対する代替
[編集]コスト・リーダーシップ実行のための組織
[編集]コスト・リーダーシップを実行する上で最も効果的な組織構造はU型組織(CEOを中心とした機能別組織)である
組織構造
[編集]- 少ない階層の報告構造
- 単純な報告関係
- 少数の本社スタッフ
- 特定の機能分野への集中
マネジメント・コントロール・システム
[編集]- 厳格なコスト管理システム
- コスト数値目標
- 労働者・原材料・在庫およびその他のコストに対する詳細なモニタリング
- コスト・リーダーシップの価値観
報酬制度
[編集]- コスト削減に対する報奨金
- あらゆる従業員へ与えるコスト削減へのインセンティブ
製品差別化
[編集]製品差別化の定義
[編集]- 製品差別化(product differentiation)
- 市場が認知する他社の製品・サービスの認知上の価値に対して、自社の製品・サービスの認知上の価値を増大させることにより、企業が競争優位を獲得しようとする事業戦略
- デザインや性能など
- ロレックス
- メルセデス
製品差別化の源泉に関する理論的説明
[編集]- 製品の特徴
- 機能間のリンケージ
- タイミング
- 地理的ロケーション
- 製品の品揃え
- 他企業とのリンク
- 評判
製品差別化の源泉に関する実証研究
[編集]- 実証的に導き出された製品差別化要素
- 特定顧客に合わせてカスタマイズした製品
- 製品の複雑性
- 消費者マーケティングへの傾注
- 異なる流通チャネル
- アフターサービスとサポート
製品差別化と創造性
[編集]- 製品差別化とは、究極的には企業に存在する個人やチームの創造性の発露である
製品差別化の経済価値
[編集]製品差別化と経済的パフォーマンス
[編集]製品差別化と外部環境における脅威
[編集]製品差別化と外部環境における機会
[編集]製品差別化と持続的競争優位
[編集]製品差別化の稀少性
[編集]製品差別化の模倣困難性
[編集]製品差別化実行のための組織
[編集]- 一方で創造性を助長し、他方で秩序を追及する
製品差別化とコスト・リーダーシップの実行
[編集]低コストと製品差別化の同時追求は企業パフォーマンスを悪化させる
[編集]- スタック・イン・ザ・ミドル(stuck in the middle)
低コストと製品差別化の同時追求は企業パフォーマンスを向上させる
[編集]差別化、市場シェア、低コスト
[編集]- 製品差別化に成功することが、コスト低減、コスト・リーダーとしての地位を可能にする
組織要請上の矛盾を解決
[編集]柔軟性
[編集]- 高い不確実性の下では、いかなる戦略でも重要な属性は柔軟性(flexibility)である。
戦略の選択におけるリスクと不確実性の概念
[編集]- リスク
- 企業や業界の特定の属性が将来とり得る値をただ1つ予測することは不可能だが、将来とり得る複数の値の確率分布は明らかである場合
- 不確実性
- 企業や業界の特定の属性が将来とり得る値をただ1つ予測することは不可能で、かつ将来とり得る複数の値の確率分布すらも不明な場合
柔軟性とオプションの定義
[編集]柔軟性の持つ経済価値
[編集]- 柔軟性が価値を持つのは高い水準の不確実性とリスクが存在する場合
柔軟性と持続的競争優位
[編集]- リアルオプションの行使が経路依存的ならば持続的競争優位の源泉となり得る
--Gakushuin Jiro 2005年9月24日 (土) 07:02 (UTC)