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馬引沢(まひきざわ)は、東京都多摩市の地名。多摩ニュータウン開発区域内に位置し、聖ヶ丘(ひじりがおか)地区、諏訪(すわ)地区、乞田川に囲まれた細長い形状をしている。 旧来からの住民などには「まびきさわ」あるいは「まびきざわ」と呼ぶ者もいる。もともとは大字連光寺地域の一部で、町名をつける際に連光寺の小字から採られた。
成り立ち
[編集]現在の馬引沢地区と小字馬引沢は完全に一致するわけではない。 小字馬引沢は現在の馬引沢地区の大部分と、 諏訪1丁目、3丁目、4丁目、聖ヶ丘2丁目〜4丁目のそれぞれ一部である。
連光寺では何回かに分けて区画整理が行われており、小字馬引沢で先に区画整理が行われた場所は 諏訪1丁目〜4丁目の一部となっていた。残りの場所についても、 小字諏訪坂(すわのさか)および小字諏訪越(すわのこし)などとともに区画整理が行われた。 多摩ニュータウン第4住区を含むこの区画整理事業区域の町名は「連光台」とする計画であった。
そして1977年に町名についての協議が開始されたが地元の意見はまとまらず、 結局1979年11月、第4住区部分は「聖ヶ丘」とし、馬引沢地域は諏訪へ編入することが計画された。 編入するにあたって馬引沢地域は「諏訪7丁目」となることが明らかになると、地元は 「7丁目」では問題がある[1] として、1986年10月、同地を諏訪1丁目へ編入もしくは「諏訪元町」とするよう要望した。しかし諏訪1丁目への編入は住居表示をやり直すことになるため現実には困難であること、諏訪元町ではすでにある諏訪地区と紛らわしいことから、同地の小字馬引沢から地名をとることになった。
こうして、1990年1月27日、馬引沢1丁目(連光寺小字諏訪坂、諏訪越、馬引沢)、2丁目(連光寺小字諏訪坂、馬引沢)が新設された。なお、同日に小字諏訪越の一部が諏訪1丁目に、小字馬引沢の一部が諏訪1丁目、3丁目、4丁目にそれぞれ編入されている。
地名の由来
[編集]小字沖ノ谷戸(おきのやと)から乞田川へ流れ込む沢[2]が この地域(小字馬引沢)のほぼ中央を南北に貫いており、沢沿いに黒川(くろかわ)方面へ抜ける道があったという。 この道が、馬を降り引いて歩かねばならない程険しい道であったことが由来と言われている。
また伝承では、馬引沢へ通じる道が連光寺小字本村(ほんむら)からの一本だけであった頃、この道の途中に金色の薬師如来が祭られており、 その薬師如来のそばまで来ると馬からおりて馬を引いて通った沢であったことが由来という[3]。 なお、この薬師如来像があったと思われる薬王寺は1966年に火災のため焼失しており、現在はすでにない。
参考文献
[編集]- 多摩市の町名(市制施行20周年記念),多摩市
- 歴史のさんぽみち,多摩市
- 馬引沢昭和史,馬引沢区画整理竣工記念事業推進委員会