利用者:Asmin satidam bhavati/sandbox3
志向姿勢
志向的姿勢...デネットが志向性の問題を論じる文脈において持ち出した概念。われわれが人間(あるいは一般に知性をもつ存在者)の行動を解釈し予測する際に用いるとされる戦略のこと。これを説明するために、デネットは他の二つの戦略と対比させている。[物理的姿勢][設計的姿勢]
↔物理的姿勢:
・問題となる対象が単なる物理的事物と見なされる場合にとられる。
・対象の物理的性質に専ら焦点が当てられ、物理法則に依拠してその振る舞いが予測される。
・原理的にすべての物理的事物に対して適用されうるという点で、最も基礎的かつ普遍的。
例:放り投げられた石は放物線を描いて落下するだろう、という予測
↔設計的姿勢
・対象が何らかの目的のために設計されているとみなされる場合、あるいは設計されていると見なしたほうが効率的に動きを予測できる場合にしばしば適用される。
・対象に備わっているとされる機能に基づいて予測される。
・意図された設計どおりに動かなかったり、そもそも実は設計されたものではないという場合があるので設計的姿勢に基づく予測は外れるリスクが大きくなる一方、対象の物理的姿勢に基づいて物理的な細部をふまえた複雑な計算をするよりはるかに簡単かつ効率的な場合が多いため、少なくとも設計による振る舞いについては設計的姿勢をとるほうが理に適っている。
例:アラームがセットされているならば、あらかじめセットされた時間になるだろう、という予測
☆志向的姿勢
・対象が様々な刺激に対して柔軟な対応することが想定される場合にとられる
・対象を合理的存在者として見なす
・
例:チェスのコンピュータはゲームに勝つために合理的に動くから、次はこの手を打ってくるだろう、という予測する。コンピュータチェスを可能にしている物理的なハードウェアやプログラムの次元で予測するよりはるかに効率的。
チェスの例で考えると設計的姿勢と志向的姿勢の違いがよく分からない。チェスのコンピュータは「ゲームに勝つ」という目的の達成に最適な動きをするだろう、その目的のためには次はこの手を打ってくるだろう、と予測するのは設計的姿勢じゃないの?
この主の議論を踏まえてデネットは、人間の志向性はその動きを予測する解釈者が帰属させるかぎりでの実在性にすぎない、と主張する。言ってみれば、人間には志向性などなく、志向性という概念は人間の行動を予測するのにベンリな道具にすぎないのだ、ということ。