利用者:Aoyajiro/sandbox/竜殺し
竜殺し(英語: dragon slayer)は、想像上の動物である竜(英: dragon)を殺す行為、および行為者を指す称号である。これを扱った民話や神話が世界中に見られ、物語の類型の一つとされる。
概要
[編集]竜殺しの物語は民話類型の中でもよく知られた代表的なものである。世界中の民話を分類したアールネ・トムソン・ウターの話型索引(ATU)では300番代「超自然的な敵」の筆頭(ATU 300: Dragon-Slayer)であるのみならず、上位カテゴリーである「魔法昔話」全体の筆頭でもある。ウターは、竜殺しの話型を下記のように帰納的に整理した。
若者が(例えば、交換によって)3匹の不思議な力を持った犬を手に入れる。若者が町に来ると、町では人々が喪に服している。若者は、(頭が7つある)竜が年に1度乙女を生け贄として要求することを知る。その年は王の娘が生け贄に選ばれ、王は娘を救った者に褒美として娘を与えることにしている。若者は指定の場所に行く。竜との戦いを待つ間に、若者は魔法の眠りに落ち、その間に姫は指輪(リボン)を若者の上に結びつける。姫の目からこぼれる涙の一粒が、若者の目を覚ます。若者は犬たちとともに、竜を打ち負かす。若者は竜の顎を切り落とし、下を切り取る(歯を取っておく)。若者は、1年(3年)たったら戻ると約束して、去る。
ペテン師(例えば、御者)が竜の頭を持って帰り、姫を救ったのは自分だと姫に無理やり言わせ、褒美として姫を要求する。姫は結婚式を遅らせるよう父親に頼む。まさに姫がペテン師と結婚しようとしているとき、竜を退治した男が戻る。男は犬たちに王のテーブルから食べ物をとってこさせ、結婚祝賀会に呼び出される。竜を退治した男は、そこで竜の舌(歯)を見せて自分が救済者だったことを証明する。ペテン師は死刑を宣告され、竜を退治した男が姫と結婚する。[1]
実際の各々の物語がなべてこの筋に従っているわけではなく、多くは、「竜との戦い」のモチーフ(引用太字部分、トムソンのモチーフ番号 B11:11[2])を中核として、他のさまざまな話型(3人のさらわれた姫、黄金の若者、恩に報いる動物たちなど)と組み合わされて語られる[3]。
分布と事例
[編集]竜殺しの物語は広く世界中に分布しており、ヨーロッパ、アジア、南北アメリカ、アフリカのすべての大陸で類話が見られる[3]。
以下は、各地の民話カタログ等から確認できる、竜殺しとされる物語の一覧である。
国・地域 | 竜殺しを担う人物 | 殺される竜 | 典拠 |
---|---|---|---|
コンテント セル | コンテント セル | コンテント セル | コンテント セル |
討伐者 | 伝承 | 国 | 倒したドラゴン |
---|---|---|---|
アシパトル | 民間伝承 | スコットランド | ストアワーム |
アポロン | ギリシャ神話 | ギリシャ | ピュトン |
アリョーシャ | ヴィリーナ | ロシア | トゥガーリン |
インドラ | インド神話 | インド | ヴリトラ |
ヴァハグン | 民間伝承 | アルメニア | ヴィシャップ |
ヴィシュヌ | インド神話 | インド | ラーフ |
ウクラサトノヌシ | 民間伝承 | 日本・沖縄県 | 7つの頭を持つ大蛇 |
ウベルディ | 民間伝承 | イタリア | ギーブル |
エウリュノメー | オルフェウス教 | ギリシャ | オピーオン |
オキクルミ・サマイクル | アイヌ神話 | アイヌ圏 | ラプシヌルクル |
カドモス | ギリシャ神話 | ギリシア | アレスの竜 |
クラクス | 民間伝承 | ポーランド | ドラゴン |
黒姫 | 民間伝承 | 日本・長野県 | 竜 |
ゲオルギウス | 聖ゲオルギウスの伝説 | グルジア | ドラゴン |
コティホローシュコ | 豆太郎 | ウクライナ | ドラゴン |
サーム | イラン神話 | イラン | 竜 |
ジークフリート | ニーベルンゲンの歌 | ドイツ | ファフナー |
シグルズ | 北欧神話 | 北欧一帯 | ファフニール |
ジム・パルク/ジム・パトック | 民間伝承 | イギリス | ナッカー |
シルヴェスター1世 | 民間伝承 | ローマ帝国 | ドラゴン |
スサノオ | 日本神話 | 日本 | 八岐大蛇 |
ストイシャ | 民間伝承 | セルビア | 三体の竜 |
デュードネ・ド・ゴゾン | ロードス騎士団 | フランス | ロードス島のドラゴン |
テスカトリポカとケツァルコアトル | アステカ神話 | メキシコ | トラルテクトリ※1 |
ドブルイニャ・ニキチッチ | ブィリーナ | ロシア | ズメイ |
トリスタン | アーサー王伝説 | イギリス | ドラゴン |
哪吒太子 | 封神演義 | 中国 | 東海竜王の三男 |
ハイメ | ディートリッヒ伝説 | ドイツ/北欧 | ドラゴン |
ハッディング | 北欧神話 | 北欧 | 海竜 |
バルウ | アフリカ民話 | コートジボワール・部族不明 | 黒い河の竜 |
ファリードゥーン/スラエータオナ※2 | イラン神話 | イランなど | アジ・ダハーカ/ザッハーク |
フィン・マックール | ケルト神話 | アイルランド | ドラゴン |
プルリヤシュ | ヒッタイト神話 | トルコ | イルルヤンカシュ |
ブルンツヴィーク | 民間伝承 | チェコ | ミツ首のドラゴン |
ベオウルフ | ベオウルフ叙事詩 | イギリス | ドラゴン |
ヘラクレス | ギリシャ神話 | ギリシア | ラードーン |
マウイ | ポリネシア神話 | ポリネシア文化圏 | 大ウナギのトゥナ※3 |
マサトガ | イリニ族の伝承 | アメリカ | ピアサ |
マルガリータ | 民間伝承 | トルコ | ドラゴン |
マルタ | 民間伝承 | フランス | タラスク※4 |
マルドゥク | メソポタミア神話 | イラク | ティアマト/ムシュフシュ/ムシュマッヘ |
ミカエル | ヨハネの黙示録 | キリスト教圏 | 黙示録の竜 |
陸遜 | 三国志民間伝承 | 中国 | 蒲圻州・雋水の黄龍 |
ムウィンド | 民間伝承 | コンゴ | キリム |
ヤーノシュ | 民間伝承 | ハンガリー | 24の頭を持つドラゴン |
ヤマトタケル | 民間伝承 | 日本・千葉県 | 鹿野山の九頭龍 |
ユーウェイン | アーサー王伝説 | イギリス | ドラゴン |
預言者ダニエル | ダニエル書 | イスラエル | ドラゴン |
ラムトン家の跡取り | 民間伝承 | イギリス | ラムトンのワーム |
わらしべ長者 | 熊本県の昔話 | 日本 | 泉の竜 |
フィンランド 〇〇 〇〇 ラウスマー『フィンランドの昔話』 フィンランド系スウェーデン Hackman1917 エストニア アールネ1918 リーヴ Looritz1926 ラトヴィア Arajs/Medne1977 リトアニア Kerbelyte1999 ラップ Qvigstad1925 リーヴ、ヴェプス、ヴォート、リュディア、カレリア、コミ Kecskemeti/Paunonen1974 スウェーデン Liungman1961 ノルウェー Hodne1984 デンマーク Grundtvig1854 Holbek1990 フェロー Nyman1984 スコットランド Aitken/Michaelis-Jena1965 Briggs1970 アイルランド OSullivan/Christtiansen1963 Baughman1966 イングランド Baughman1966 Briggs1970 Bruford/MacDonald1994 フランス Delarue1957 スペイン バスク カタルーニャ ポルトガル オランダ フリジア フラマン ワロン ドイツ オーストリア ラディン イタリア コルシカ島 サルデーニャ マルタ ハンガリー チェコ スロバキア スロヴェニア セルビア ルーマニア ブルガリア ギリシャ ソルビア ポーランド ロシア、ベラルーシ、ウクライナ トルコ ユダヤ ジプシー オセチア アディゲア、チェレミス/マリ チュヴァシ、タタール、モルドヴィア ヤクート ブリヤート、モンゴル グルジア シリア、レバノン、パレスチナ、ヨルダン、イラク、カタール、イエメン アフガニスタン パキスタン インド ビルマ 中国 朝鮮 インドネシア 日本 イギリス系カナダ フランス系カナダ 北アメリカインディアン アメリカ スペイン系アメリカ メキシコ ドミニカ、プエルトリコ ブラジル チリ マヤ コロンビア 西インド諸島 カボ・ヴェルデ 北アフリカ、エジプト、チュニジア、アルジェリア、モロッコ 東アフリカ スーダン コンゴ、西アフリカ、マダガスカル ナミビア
解釈
[編集]カオスカンプ
[編集]比較神話学では、インド=ヨーロッパ、中東、北アフリカの神話に広く見られる、英雄が怪物と戦うモチーフを、秩序と混沌の闘争を象徴するものとしてカオスカンプ(ドイツ語: Chaoskampf、混沌との闘争)と呼ぶ。この怪物は、大海(混沌を象徴する大水)に住まう大海蛇(英語: sea-serpent)、またはこれと同様に長大な生物として観念される竜であることが多いことから、より直接的にドラッヘンカンプ(独: Drachenkampf、ドラゴンとの闘争)ということもある。
三機能仮説
[編集]神話学者のジョルジュ・デュメジルは、インド・ヨーロッパ語族話者において、英雄や戦闘神が怪物と戦う神話に、若者戦士結社(Männerbunde)の儀礼に由来する共通の構造が見られると主張した(ギリシア、ローマ、インド、イラン、アイルランド、北欧に対応神話があるとする)。この仮説を宗教学者のブルース・リンカーンが別の観点から発展させ、次のような祖形があるとした。
- 英雄「第三」が
- 怪物「三重」=蛇・ドラゴンを
- 神の助けを得て殺し
- 財を獲得する
この説ではギリシア、ローマ、インド、イラン、アルメニア、そしてゲルマン(図像のみ)が当てはまることになる。
詩学
[編集]また、言語学者のカルヴァート・ワトキンスは、インド・ヨーロッパ語族の竜殺し神話をうたう叙事詩などにおいて、「英雄が蛇を殺す」という一定の詩の形式が見られると主張した。しかし比較言語学的に明確な対応が見られるのはインド - イランに限られている(ヴリトラ殺しのインドラ、アジ・ダハーカ退治のスラエータオナ/ウルスラグナ)。
受容
[編集]竜殺しの類型は後世の創作においても広く受容され、特に空想上の存在を扱うファンタジーなどのジャンルにおいて非常に強力なモチーフとされている。
スマウグとバルド[ソースを編集]
[編集]J・R・R・トールキンの児童文学『ホビットの冒険』に登場する火の息を吐くはなれ山の悪竜スマウグは、背中を堅い鱗で、柔らかい腹を宝石で覆っており、いかなる刀も貫くことはできなかった。しかし、左胸にあった隙間をギリオンの子孫バルドの黒い矢に射抜かれて退治された。
トールキン作品では他に祖竜グラウルング、黒龍アンカラゴン、大長虫スカサなどの大龍が『シルマリルの物語』などに登場している。グラウルングは竜殺しのトゥーリン・トゥランバールと黒剣グアサングに、アンカラゴンは空飛ぶ船ヴィンギロトと大鷲、ヴァラールの援助を受けた航海者エアレンディル、スカサはエオセオドのフラムにそれぞれ退治された。その他、『農夫ジャイルズの冒険』に登場する長者黄金竜Chysophylax Dives は噛尾刀(こうびとう)と呼ばれる、非常に強力な竜殺し専用の業物で無力化されている。
注
[編集]- ^ ウター 2016, p. 148- 文中のモチーフ番号は割愛した。太字は筆者。
- ^ Thompson 1955, p. 354.
- ^ a b ウター, 2016 & 『国際昔話話型カタログ――分類と文献目録』, p. 148.
参考文献
[編集]Uther, Types of International Folktales, vol. 1, p. 174.
- Stith Thompson, Motif-Index of Folk-Literature: A Classification of Narrative Elements in Folk-Tales, Ballads, Myths, Fables, Mediaeval Romances, Exempla, Fabliaux, Jest-Books, and Local Legends, rev. and enl. edn, 6 vols (Copenhagen: Rosenkilde and Bagger, 1955–58).
Creation and Chaos: A Reconsideration of Hermann Gunkel's Chaoskampf