利用者:遡雨祈胡/下書き9
ストーカー(英: stalker)は、ストーキングを行う人物を示す[1]。NPO法人ヒューマニティ理事長の小早川明子は、対象に過剰な関心と接近要求を持ち、それによって対象に拒絶されたにもかかわらず接近する人物と定義している[2]。
語義
[編集]オックスフォード英語辞典で「ストーカー」は1997年に定義された[3]。「こっそり行く」(steal along)を意味する古英語「bestealcian」の一部「-stealcian」から来ており、「後をつける」ことを「繰り返しこっそり行う」ことから「嫌がらせ」の隠喩となっている[4]。長い間ストーカーは人間や動物による狩猟のための隠密の尾行に用いられたが、当時から犯罪性や恐怖という意味合いを持っていたとサリー大学教授のブラン・ニコルは述べている[5]。1424年にストーカーの意味は「法に背いてものを追いかける人、密猟者」に変わり、その後1508年には「盗みを目的に歩き回る人」となった[5]。ストーキングで追いかけられる対象が動物から人間に明確に変わったのは1970年代で、パパラッチと連続殺人が影響を及ぼした[6]。ロウニーとベストの1995年の著作によると、1980年から1988年のストーキングは雑誌上で「心理的レイプ」や「度を越えた付きまとい」として扱われていた[7]。ニコルによると、ストーカーが人に追いかけ繰り返し嫌がらせをするという意味合いになったのは、レベッカ・シェイファーがロバート・ジョン・バルドに殺害された事件だとされる[8]。この事件はアメリカの法律、警察機構などに影響を及ぼし、ストーキングがモラル・パニックの対象として扱われるようになった[9]。1980年代のストーカーは「スター・ストーキング」と呼ばれる、著名人に対するファンの執拗な付きまとい行為を示す言葉だった[10]。しかし、この付きまとい行為の対象は一般人にまで拡大した[10]。1992年から1994年、ストーキングは分かれた元恋愛関係にあった男性による暴力という、流行り病とみなされるようになった[11]。2019年現在では世界中で発生する社会問題と化した[10]。2017年現在では、インターネットの発展によってサイバーストーカーなどの形で、被害は拡大している[12]。
動機
[編集]上智大学教授の福島章は、ストーカーの心理が多様であると述べている[13]。しかし、共通点として精神的に未熟なまま大人になった人間の性質が見られるとも述べている[13]。ストーカーは被害者との関係を母親に対する乳児のように絶対的に依存するものを望み、自身の要求が満たされない場合、被害者を攻撃する[14]。この関係は、ギブアンドテイクを前提とする大人同士の関係において成立しない[15]。これらは幼い時に十分に甘えられなかったことや、現代人の欲求不満への耐性の減少が影響していると福島は考えている[16]。その一方で、福島はストーカーは被害者への想像力が欠落しているとも述べている[17]。併せて、2者間の関係では強く出るが、第三者や権威に弱い人間も多いと指摘している[18]。心理カウンセラーの荒木創造はストーカーの性格について、他責の傾向が強い他、自身の不全感から逃避し続けていると述べている[19]。ミューレンたちによると、ストーカーはストーキングについて「目的達成のための手段」と言い逃れをしている[20]。
NPO法人ヒューマニティ理事長の小早川明子は、カウンセリングの経験を通して、「ストーカーは何も考えていない」と断言している[21]。これは被害者への接近欲求が理性を上回り、ストーカーの発言内容にかかわらず、無意識の欲求に隷属している状態だと説明している[22]。また、テレビプロデューサーの田淵俊彦によるストーカーへのインタビューにて、小早川は法的には揉め事の中で最初に名乗りを上げた方が被害者になれると述べている[23]。しかし、心理的には離れることを望んだ方が被害者で[23]、仮にストーキングをしなくとも相手が自身の監視下でもがき苦しむ様を眺望するのはストーカー的な心理と変わらないと述べている[24]。
分類
[編集]病による分類
[編集]1989年のメロイによる分類
[編集]エロトマニアを2種類に分類した。
1993年のゾーナによる分類
[編集]ゾーナは[注 1]、ストーキングを脅迫的ハラスメントと定義して、3つに分類した[29]。
1995年のカートによる分類
[編集]以下の2つに分類した。
1996年の影山による分類
[編集]- 誇大自信過剰型 … 好かれているはずだと思い込む。
- 未練執着型 … 別れた恋人や配偶者にストーキングする。
- ファン型 … 有名人にストーキングする。
- 妄想型 … 一方的な恋愛感情や被害者意識。
- 中核型 … 相手を支配しようとしたり、相手の心の中に『巣くおう』とする。最も現代的な型。
1996年の町沢による分類
[編集]- ボーダーライン型
- 自身に向けられる嫌悪に敏感で、憤怒をすぐ攻撃に転換する。
- 妄想障害型
- 自分が嫌われていないと盲信し、いつまでも被害者を追いかけ続ける。
1997年のレスラーによる分類
[編集]ロバート・K・レスラーは、以下の形でストーカーを分類した[32]。
関係性による分類
[編集]2003年の秋岡による分類
[編集]「ストーキング被害者の会」を設立したノンフィクション翻訳家の秋岡史は、被害の種類を4種類に分類した[34]。
- 片思い型
- DV型[35]
動機による分類
[編集]複合した要因による分類
[編集]精神科医の福島章は、著書『ストーカーの心理学』にて、ストーキングを行う者の心理を以下の5つに分類して考察している[38]。
- 精神病系
- 精神病によって抱く恋愛妄想、関係妄想によってストーキングを行う[39]。現実には自分と無関係の、スターにつきまとうようなタイプが多い[40]。警察庁の統計によれば、ストーカーに占める精神障害者の割合は、0.5パーセントである[41]。
- パラノイド系
- 妄想によりストーキングを行うが、妄想の部分以外は正常で、言動は論理的で[42]、行動は緻密であることが多い[43]。現実の恋愛関係の挫折によるつきまとい行為もあるが、現実には自身と無関係の相手につきまとうタイプが多い[40]。
- ボーダーライン系(境界人格障害)
- 性格は外交的・社交的[44]で、「『孤独を避けるための気違いじみた努力』が特徴」で[44]、病気ではなく[45]、人格の成熟が未熟で、自己中心的で、他人・相手の立場になってみてものを考えることが出来ないタイプで[45]、このタイプの人は精神医学の専門家でない人が想像するよりも世の中に多いという[45]。人間関係は濃く[44]、相手を支配しようとするところに特徴がある[46]という。
- ナルシスト系(自己愛性人格障害)
- 自信・自負心が強く、拒絶した相手にストーキングするものが多く、行動的な分類からは『挫折愛タイプ』に属するものが多い[47]。現実の人間関係は深い[44]。
- サイコパス系(反社会的人格障害)
- 被愛妄想を持つ(相手が自分を好きであると信じる)のではなく[48]、自分の感情・欲望を相手の感情と無関係に一方的に押し付けるタイプで、性欲を満たすための道具として相手を支配するものが多い[49]。「凶悪・冷血な犯罪者」「典型的な犯罪者」というイメージが特徴で、人間関係は強引で、「相手に『取り憑く』能力を持っている」ことが特徴であるという[50]。いわばサイコパスにあたる。
- ネット系(回避性人格障害)
- ネットが全てと思い込み既存の人間をネットで追いかけるタイプ。指殺人。
福島章の『新版 ストーカーの心理学』(2002年)によれば、すべてのタイプのなかで、男女を問わずストーキングを受けた者が最も困難に陥れられるタイプは、ボーダーライン型であるという[51]。DSMで、境界人格障害(ボーダーライン系)・演技性人格障害・自己愛性人格障害(ナルシスト系)・反社会性人格障害(サイコパス系)は『不安定なグループ』に分類される[52]。福島は、ストーカー一般の特徴として、『被愛妄想(エロトマニア)』という言葉を挙げている。福島は、自分が相手を好きという感情は、どんなに強くても恋愛感情であって恋愛妄想ではない、妄想とは、証拠・根拠がないのに相手が自分を好きであると信じる、逆に相手が自分を嫌っている証拠・根拠があっても相手が自分を好きであると信じる、信じて疑わないことである、と述べている[53]。また、ストーカー一般の特徴は、拒絶に対する過度に敏感な反応であり[44]、すべてのタイプに共通するところは、相手の感情に想像力を働かせない、甘え、思い込み、欲求不満を攻撃に替えて解消する、というところだという[54]。
治療
[編集]ストーカー加害者の心理への取り組みはアメリカ、イギリス、オーストラリアなどでは2006年以前より行われており、国によっては義務となっている[55]。日本では2016年から、警察がストーカーに精神科医による治療を推奨し始めた[56]。最初の追跡調査では治療が完了したストーカーによるストーキングの再発は見られなかったものの、母数が少ないため効果の評価が難しいとされている[56]。また、治療中と治療の中断時に再発が確認できた[56]。治療はストーカーの7割が拒否しており、受診の働きかけが続けられている[56]。臨床心理士の中村大輔は、明確な病気であるケースを除いて、考え方の偏向や罪悪感の欠如がある状態で事案を病のせいにすることは、認識の誤りに繋がると述べている[57]。2017年11月、京都府警察が「京都ストーカー相談支援センター」を設立した[58]。ここでは被害者支援だけではなく加害者の臨床として、加害者がカウンセリングを受けられることが特徴に挙げられる[58]。性障害専門医療センター代表理事を務める福井裕輝は、ストーカーは病気の一種で加害者を治療しない限り被害者が増え続けると、加害者治療の意義を述べている[59]。逗子ストーカー殺人事件被害者の兄である芝多修一は[注 2]、過去のストーカー殺人の加害者の末路を踏まえて、厳罰化による犯罪抑止が難しいと述べている[61]。
加害者の治療では投薬よりも、臨床心理学におけるカウンセリングが主となる[62]。認知行動療法や解決志向アプローチ[63]、条件反射制御法などが用いられる[64]。
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ 秋山千明『女性に対する暴力 被害者学的視点から』(初版)尚学社、2019年1月10日、192頁。ASIN 4860311566。ISBN 978-4-86031-156-8。 NCID BB2764812X。OCLC 1083559981。JAN 9784860311568 全国書誌番号:23155583。
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参考文献
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- 福島章『ストーカーの心理学』(第1版)PHP研究所〈PHP新書〉、1997年5月6日。ISBN 4569555942。 NCID BA70531843。OCLC 675931632。全国書誌番号:97075433。
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- 守山正『ストーキングの現状と対策』(初版)成文堂、2019年3月20日。ISBN 978-4-7923-5272-1。 NCID BB28038270。OCLC 1091229104。全国書誌番号:23202759。
- 影山任佐『心の病と精神医学』ナツメ社〈図解雑学〉、2007年10月。ASIN 4816344098。ISBN 978-4-8163-4409-1。 NCID BA83455147。全国書誌番号:21309112。