利用者:逝苦己/sandbox
2017年、史上初めて発見された恒星間天体「オウムアムア('Oumuamua)」。太陽系の外から突如やってきた来訪者に、天文学界は大きく沸き立った。
発見された時点で、オウムアムアは地球から遠く離れた場所にあり、さらに遠ざかっていたため、いったいどんな天体なのかはほとんどわかっていない。
その謎を解き明かすため、英国の非営利団体「Initiative for Interstellar Studies (i4is)」は、オウムアムアを追いかけて探査する計画「プロジェクト・ライラ(Project Lyra)」を提案している。
- ヨーロッパ南天天文台によるオウムアムアの想像図 (C) ESO / M. Kornmesser
太陽系の外からやってきたオウムアムア
[編集]1I/2017 U1 オウムアムア('Oumuamua)は、2017年9月9日に発見された恒星間天体で、同年10月19日にその存在が発表された。
恒星間天体とは、太陽系の外の惑星系から、なにかの拍子に飛び出して漂流し、たまたま太陽系へやってきた小惑星や彗星などの天体を指す。こうした恒星間天体が太陽系にやってくることは理論的に予測されていたが、実際に発見されたのはこれが初めてだった。
オウムアムアとは、ハワイの言葉で「遠方からの斥候・使者」という意味がある。
発見された時点で、オウムアムアは太陽への最接近から40日が経過しており、すでに遠ざかりつつあった。地上からの見かけの明るさは21等級と暗かったこともあり、オウムアムアについては、全長100~1000mであること、岩石や金属などでできた密度の高い天体であること、そして天体は回転しているらしいといった、おぼろげなことしかわかっていない。そのため、研究者の間からは、形状や天体表面の活動、そして起源などをめぐってさまざまな説が提唱されており、異星人の乗り物ではないかという説まで飛び出している。
現在オウムアムアは、太陽に対して秒速約26kmという速さで飛んでおり、すでに土星の公転軌道を超え、このまま行けば2030年代後半には太陽系を抜け、星間空間に入ると予想されている。
プロジェクト・ライラ
[編集]いくら高速で遠ざかっているとはいえ、オウムアムアは、私たちの最も近くにある太陽系外の天体である。ワープエンジンで何光年も旅することなく、現代の技術で、太陽系外の天体について調べることができるかもしれない。
このまたとない機会に、英国の非営利団体「Initiative for Interstellar Studies (i4is)」は2017年、オウムアムアを追いかけて探査するプロジェクト・ライラを提案した。ライラとはこと座のことで、地球から見てこと座の方角からオウムアムアがやってきたことに由来する。
この計画はその後も検討が繰り返され、さまざまな軌道や探査機の案が示されてきた。そして2022年1月13日、その最新版の論文が発表された。
高速で飛び去っているオウムアムアを探査するには、それ以上の速さで探査機を飛ばし、追いつく必要があるが、ロケットエンジンだけでそのスピードを出すのは難しい。
そのため、2017年に発表された最初の検討では、天体の引力を利用して軌道を変えるスイングバイと、太陽で「オーベルト効果(Oberth effect)」による軌道変更を行うことで、必要なエネルギーを獲得することが考えられていた。
オーベルト効果とは、宇宙機が重力井戸の底、重力ポテンシャルが最も低い地点でロケットエンジンを噴射することで、それ以外の地点で噴射した場合と比べ、効率的に運動エネルギーを得ることができる軌道制御のことで、「パワード・スイングバイ」とも呼ばれる。たとえば太陽で行う場合は、太陽の近点(軌道の中で最も太陽に近づく点)でロケットを噴射することになる。
ただ、太陽の近くは灼熱であるため、探査機に頑丈な耐熱シールドを装備する必要があるなど、実現性に難があった。
その後、研究チームは軌道を再検討した結果、太陽でのオーベルト効果による軌道制御を使わずに、ほぼ同じ時間でオウムアムアに追いつける新しい軌道を発見。2022年1月13日にその成果をまとめた論文が「arXiv」に投稿された。
この論文では、2028年に打ち上げる場合の2つの軌道案が示されている。たとえば最短の案では、2028年2月9日に打ち上げ、2回の地球スイングバイと1回の金星スイングバイ、ロケットによる軌道変更、そして木星でのオーベルト効果による軌道変更を経て、打ち上げから22年後の2050年1月29日にオウムアムアに追いつけるという。
- 2028年2月9日……地球から打ち上げ
- 2028年6月23日……金星スイングバイ
- 2029年2月27日……地球スイングバイ
- 2030年1月24日……ロケット噴射による軌道変更
- 2031年2月9日……地球スイングバイ
- 2032年4月17日……木星でオーベルト効果による軌道変更
- 2050年1月29日……オウムアムアに到達、フライバイ探査
- 2028年に打ち上げ、2050年にオウムアムアに到達する軌道を示した図 (C) Hibberd et al.
また、2028年3月7日に打ち上げ、26年後の2057年3月1日にオウムアムアに到着する案や、2023年8月22日に打ち上げ、一度木星を使って黄道面から離れ、その6年後にふたたび木星に戻り、オーベルト効果による軌道変更を行い、2051年8月15日にオウムアムアに到達する案も示されている。
打ち上げには、米国航空宇宙局(NASA)が開発中の巨大ロケット「スペース・ローンチ・システム(SLS)」を使うことを想定。また、前述のようにロケット噴射による軌道変更を2回行うため、2基の固体ロケット・モーターも装備する。使用するモーターは、ロッキード・マーティンが製造している既存の「スター48」など、複数の組み合わせが検討されている。
SLSには、ブロック1Bと、ブースターなどの改良により打ち上げ能力を向上させるブロック2があり、ブロック1Bを使う場合には115kg、ブロック2の場合には241kgの探査機を打ち上げることができるという。また論文には記載されていないが、スペースXが開発中の巨大ロケット「スターシップ/スーパー・ヘヴィ」も候補となろう。
探査機の設計は、冥王星を探査した「ニュー・ホライズンズ」(質量465kg)をもとに、必要最低限の機器のみ装備したようなものが有力としている。たとえばニュー・ホライズンズが冥王星をフライバイするために使用した「LORRI」という望遠鏡カメラは、そのままオウムアムアへの誘導、観測に使用できるという。
この新しい案は、太陽でオーベルト効果による軌道変更をする従来の案と比べ、木星が特定の位置にあるときに打ち上げる必要があるため、打ち上げウィンドウの幅が狭くなるという欠点はあるものの、耐熱シールドが不要になるなど、探査機の設計などの面で実現可能性が向上している。
また、従来案ではオウムアムア到達時の相対速度が約30km/sもあったが、今回の軌道では約18km/sと遅い。スピードが遅いということは、打ち上げから到達までに時間がかかる一方で、フライバイ時に観測できる時間が増えるという利点もある。
開発や打ち上げにかかる費用については、ニュー・ホライズンズのとほぼ同じ、約7億8000万ドル程度で実現できるとしている。
- 今回の検討で打ち上げロケットとして想定された、NASAが開発中の巨大ロケット「スペース・ローンチ・システム(SLS)」の想像図 (C) NASA/MSFC
このプロジェクト・ライラは、現時点ではi4isによる検討の段階であり、NASAなどの宇宙機関によって実現に向けた計画が進んでいるわけではない。
しかし、オウムアムアの正体を解き明かすためには、先日打ち上げられたジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡でも不可能であり、探査機で訪れて直接探査するほかない。
オウムアムアの探査は、i4isのほか、ケック宇宙研究所なども検討しており、原子炉を使う核熱推進や、強力なレーザーを照射してその反動で飛ぶレーザーセイルを使用する案なども出されている。
また、2019年には観測史上2つ目の恒星間天体「ボリソフ彗星」が発見されたこともあり、これからも新しい恒星間天体が続々と見つかり、その中により探査機を飛ばしやすい軌道の天体が見つかることも期待できる。
技術的に実現可能と示された以上、その好奇心に抗い続けることはできないだろう。そう遠くない将来、人類は星の海を渡らずして、その対岸に何があるのかを知ることができるかもしれない。
参考文献
[編集]・Project Lyra: A Mission to 1I/'Oumuamua without Solar Oberth Manoeuvre