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利用者:近江 誠/sandbox



近江 誠

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 近江 誠(おうみ まこと1941年3月18日-)は、日本のスピーチコミュニケ―ション教育の専門家。南山短期大学名誉教授1967年フルブライト留学生日本コミュニケーション学会元会長。テーマは「ドラマ・スピーチ学の方法を使っての言語習得―言語パロール観へのパラダイム転換ー」近江メソッドはその中核。現在は近江アカデミー主宰として、英語教師対象にしたワークショップを名古屋と神奈川(葉山)で開催。令和元年瑞宝小授章。

 (島津さんーーテンプレートによる「人物情報」ページが入ります。例(内田樹」氏)

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経歴

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 1941年静岡市に生まれる。静岡大学附属静岡中学校時代あたりから顕著になる自称“学習障碍児“ぶりは、人と異なる習得過程を求めようとする天才的気質の裏返しなのだと冗談をいいながら0開き直っている[1][2]。 1963年南山大学英語学英文学科卒業後、愛知県立時習館高等学校英語教諭。在職中に言語の研究が文学か語学に二分されている状況に疑問を抱き, 第三の道ドラマ・スピーチ学を学ぶために1976年フルブライト大学院留学生として渡米。米国ボール州立大学、インディデアナ大学大学院ドラマ・スピーチ課程に留学(M.A.取得)。「一片の”書かれた”文章が実はドラマのセリフの様には背後に人がいる語り(パロール)である」という後年のパラダイム転換につながる言語観はこの時点ですでに芽生えていた。しかしこの研究には原体験が不可欠であるとの信念から学部レベルの実践科目である演技(Acting)、ディレクティング、音声解釈表現(Oral Interpretation=以下OI)、スピーチ、発声等の主だった科目を、院の特定2科目として読み替えを指導教授が提案してくれ、“後付ならぬ先付けとしての訓練を「わが身を臨床患者」”と見立てて受けることができた。さらに、修士号が目前の段階で、インディアナ大学大学院に学びの場を移し、そこでも同じ受講パターンをとって徹底を図った。この実践科目習得への執念こそ帰国後、余人をもって代えがたき近江誠の底力となって開花していった。1971年帰国後、南山大学、名古屋大学、中京大学の講師として教鞭をとる。この間、1974年に南山短期大学英語科専任講師、助教授を経て1984年教授となる。この間一時たりとも関心事はアメリカのスピーチ・ドラマ学の訓練システムをそのまま取り入れることではなかった。あくまでもその理論と方法を土台に言語パロール観による言語修得のシステムを構築していくことであった。

  記念すべき処女作の『オーラル・インタープリテーション入門―英語の深い読みと表現の指導』(1984年、大修館書店)は、日本におけるスピーチコミュニケーションの分野からの応用言語教育の事実上、初の書であり大きなインパクトを与える[10] [11] 。 従って後年、この書が入っている「英語教育叢書」の絶版事件は、そのまま我が国の言語研究者の言語「パロール」に対する無知、ソシュールですら乗り越えられなかった壁、今に続くコミュニケーション教育の慢性的不振の一つの象徴的なできごとであったと近江は述懐している[22]。  もちろんこのことで近江の教育研究が滞ることはなく、1970、80年代にかけて大学英語教育学会と日本コミュニケーション学会を中心に精力的に発表は続けていった。そして「オーラル・インタープリテーションを扇の要に置きながら、ドラマ、スピーチ、ディベートらのスピーチ学の各分野の方法を取り込んだ活動」の近江案を示した大著『英語コミュニケーションの理論と実際―スピーチ学からの提言』(研究社出版、1996年)[12][13]を上梓、同書は前著からの累積的業績として高く評価され1997年度の大学英語教育学会(JACET)実践賞を受ける。

 一方、日本コミュニケーション学会(当初は太平洋コミュニケーション学会)主催「文学作品音声表現フェスティバルとセミナー」では毎回学生たちを都市圏の四年生大学の学生の中に混じって優勝、入賞させ、「巡回トロフィーは南山においておいたら」といわれたこともある。,結局そのトロフィーは現在、南山大学に陳列棚に置かれ、はからずも南山短期大学英語の往時の勢いを伝えているまた1979年より20年間、ジャパンタイムズ主催、文部省後援の「テープによるレシテーションコンテスト」の最終審査員を歴任したり、各地方自治体、教育委員会、出版社などが主催する中学校・高等学校教員を対象とした研究会の講師を数多く務めた。さらに一般書としての、『感動する英語!』(文藝春秋、2003年)、『挑戦する英語!』(文藝春秋、2005年)がベストセラーの仲間入りを果たし、その教育方法の有効性は世に広く知られることとなった。なおこの機に「近江メソッド」という語の告知が、「週刊文春」12/18号やNHK「当世キーワード」を通してなされている”[20]。 本務校においては、英語科長、学長補佐などの役職にありながらも、一貫して学生の英語指導に尽力し、英語の南山の信頼・定評を世間から得る中心的な役割を担った。特筆すべき教育活動に、1981年から2011年毎年2回行われたオーラル・インタープリテーション・フェスティバル(朗読会)がある。その場を共有した者の多くの人々の度胆を抜いた、ラスボス感の伴う活動にまつわる話は近刊『アナログ教育の復権!あることば訓練の舞台裏 思い出の朗読会』(朝日出版社2019)[17]に詳しい。ページからは、1)近江のグループや個人を対象にした手取り足取りの知的、情緒的、審美的の渾然たる一体となったコミュニケーション訓練の様子、2)現代社会的な制約とは無縁の鬼気迫る別次元の様相が伝わってくる。そして何事によらず「外注」で済まそうとする高等教育への強烈なアンチテーゼともなっている。 また、高校生対象のオーラル・インタープリテーション・コンテストを1995年から開催し、その運営を退職まで行った。本コンテストは現在南山大学外国語学部英米学科が中学、高校を巻き込んだコミュニケーション教育の一躍を担おうと引き継がれている。近江は1971年に日本初となるコミュニケーション学の学会である日本コミュニケーション学会の創生期の運営に貢献し、日本におけるスピーチ・コミュニケーション学の黎明期から精力的にコミュニケーション研究を遂行してきた。また、1989年から1992年、2003年から2007年と2回計7年間日本コミュニケーション学会会長を務めた この間、1988年には米国のコロンビア大学客員研究員としての再渡米をしている。これはEFLやESL(第二言語/・外国語としての英語教授法)が, 結局は「言語ラング観的な発想から出てくる「コミュニケーション」であり、スピーチ・ドラマ学の応用言語修得観の優位性には太刀打ちできるものではないという当初の予想を再確認できた、有意義な”敵陣“での生活体験であったと語っている[19]

 近江の人となりを表す話はきりがない。その優れた指導を求めて同学園の四大から短大に編入してきた学生たちの話、その厳しい指導で一流企業に内定した学生でも落第させたことが逆に企業から感謝され次年度から大勢採用してきた話[18]。その熱い心が、講演の講師に招かれていった際、それに先立って行われていたスピーチ・コンテストの審査結果に合点がいかずに泣きじゃくる生徒と、おろおろしている先生に呼び止められ、結局、山奥の高校にタクシーを乗り継いで無償でその生徒と先生たちのために出かけていった話等々。「夜気が頬に冷たかった」と振り返っている。こうして数々の逸話を残し2011年に定年退職、南山短期大学名誉教授となる。同時に近江アカデミーを立ちあげる。並行して京都外国語大学大学院博士課程ではオーラルインタープリテーションの訓練を基盤にした「英語教育学演習Ⅰ」を担当、院生のみならず同大の講師なども聴講する授業をであった[20]。そして令和元年の秋、「教育研究功労」により令和元瑞宝小授章を受賞。使命を全うする為にめげそうになる心に陛下よりテコ入れをいただいたと受け止めている。


教育観

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英語教育現状

'「英語が使えるように持っていけなかっただけではない。英語を学ばせることで、日本人そのものが壊されてきている 」ーー'「コミュニケーション重視の」英語教育に対して多大な危機意識を持っている[20]。たとえば1994年、華々しく「高校オーラル・コミュニケーション」が登場した当時、我が国の少数のスピーチ・コミュニケーション学者である石井敏、ジェームズ・バワーズ、岡部朗一や近江は内外からこれに関わった。しかし近江は「オーラルの2文字が付いているということはオーラルの外にオーラルにならざるものがあるという幻想の裏返しであり、やがてはほころびが出る」と当時より警告していた。果たせるかな「オーラルを導入したあたりから日本の学生の英語能力が停滞、退化していった」とい横浜国立大学の「斉田論文」などでが証明している[20]。にも拘らず「オーラル」の十分なる検証・総括もないままに、令和に入った現在、種々の “改革案”が実行されている。「オーラル」が落ちて「英語コミュニケーション」になっていることは前進であるが、中身に何を持ってきたらいいかは大方の関係者の経験則にはない。それ以外の「小学校英語」「TOEIC」「英検」「四技能均等」「文学か論理の二択」とかも本質を外れており、これらに沿った教育活動の貧弱さは思考力の衰退、言語的感性のほころび、人格変容、性格破綻、文化的不感症の方向に日本人を誘導させる方に機能しまっているようであるが「プロとしての実感」であるといっている[22].

 要因はいろいろあれど行き着くところは大半の言語学者や英語教員が、「言語ラング観」―くことばの「意味」というものは、人間(語り手)とは関係なくそのことばの中に<決定済み>のものとして内在すると

考え「プライベートビーチからひと泳ぎすれば膨大なる言語素材、止めどもなき大洋のみに通ずるパロールの海原にで出てけるのだと」いう発想ができないからであるといっている[22]。この状況を打破するためには、一大学際的分野であるコミュニケーション学、それも言語の訓練と密接につながっているスピーチ、演劇、レトリック学分野の知見が必須なのだが、理想的にはそういう訓練を受けたーあるいはそういう言語感覚を持ったー専門家が我が国には実に少ない。その意味で「コミュニケーション重視」の英語教育界はまさに「とりなき里のこうもり」状態であるという[22]。しかしこの状況はのソシュールが「パロール理論」をもって臨みながらも打破し切れなかった近代の呪縛でから脱却できるかどうかにかかわっているから至難の業である。

 

言語パロール観と―オーラル・インタープリテーション

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 近江は、日本の英語を含む言語教育の進むべき道は、「(1)言語能力獲得と共にその過程で(2)学習者がより日本人らしくなり人類社会に貢献する日本人と真正コミュニケーション能力を育んでいけるように機能させていくことである」といっている。具体的にはまずは「(1)言語ラング観への偏重を是正しつつ、(2)語句の中に内在している本来の意味以上に、語り手がその時、その場で与える意味のほうが大きいとする「言語パロール観」(時枝誠記の「言語過程説」と基本的に同じ)へのパラダイム転換を計っていくことであると説いてきた。そして「スピーチ・ドラマ学こそパロール観が全開の領域であり、その中でもっとも中心的な訓練はオーラ・インタープリテーション(以下OI)でこれを言語教育の核に据え読解と現訓練との相補補完性を図っていくの教育を定着させることがいっている[2][21]。OIはプレゼンテーション/パフォーマンスなどではない。「強いてそれをいうのなら、それは詩、散文、戯曲、物語、随筆、評論文などの背後の「語り手のプレゼンテーション/パフォーマンス」であり、OIは作品の語り手の思考形式や心に同化したり異化しながら理解を深めていく受信という行(ぎょう)である」という立場をとっている。つまりパフォーンス自体は「目的」ではなく、「文学作品音声解釈表現」という訳語(川島)の示す通り、1にも2にも「読み」の訓練である。しかもこの読みとは従来的な、もっぱら「内容」を問う読みではない。あくまでも「コミュニケーション的視座」で読む「コミュニケーション的精読」、Interpretive Readingである。すなわち(1)どういう語り手が(2)どういう聞き手に向かって、(3)いつ(4)どういう空間から、↵(5)どういう目的で、↵(6)どういう内容を、↵(7)どのように <すなわちどのような論理構造、感化構造、空間構造>をもって展開しているかなどの「7つのポイント」で総合的に読み、最終的に語り手の表現意図はどの程度達成されているか、全体の表現の巧拙を判断する「批判的味読」」「表現よみ」「レトリック批評」「分析批評」とも重なる批判鑑賞法的読解である。↵過程において声出しをし身体も動かす。しかしその狙いはまずは、語り手に成り代わることで、(1)観念的理解を情緒的理解でしかなかったものを絶えざる同化と異化の往復の中で弁証法的に理解を深めていく手段として、そして最大のものは、(2)日本人英語学習者の悲願である表現力の基礎である豊かな言語入力の獲得の手段としての声だしなどがある[12][16][22].

  さらに近江メソッドには「モード転換」という概念/訓練[12]が不可欠である[12]。まずはOIが、それを通しての「深い理解を伴った入力(”comprehensible input”)であるからこそ「受肉」されるが、作品のレトリックである「胎児」が、モード転換により「立ち位置を変化させて語ってみる」ことでダメ押し入力となり、自分自身の英語表現となって出せるようになるのである[21]」といっている (言語を言語形式としかみない当今のシャドウィングへのアンチテーゼでもある。)モード転換はこれら外にも教育や研究のいろな局面で効果を発揮する奥深くいもので、NHKのリスニング講座の講師柴原智幸が、まさにその点に特化して近江の門を叩いている[24]。きわめつけは特定の文化現象を立ち位置を変えて蘇らせコミュニケーション行動に反映させる道も開いていて、「日本人を育てる英語教育」につながってくると主張する[1]。近江メソッドとはこれらを通して遠い古代ギリシャ、ローマ時代からのレトリックの遺産を土台に、近代が引き剥がした人間とことばの関係を、ふたたび旧約の世界に引き戻さんとする世直しの方法である[22]。それは四技能が別々の世界ではない。読めれば話す方につながるし、話す感覚が育っていく。それに従って読解も深まる。まさに西田哲学の一即多一の世界である。

著書[単著]

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・『オーラル・インタープリテーション入門英語の深い読みと表現の指導』、(大修館書店 1984)

・『頭と心と体を使う英語の学び方』 (研究社出版 1988)

・『頭と心と体を使う英語の学び方』 (研究社出版 1988)

・『英語コミュニケーションの理論と実際―スピーチ学からの提言』 1996年 3月(研究社出版1996)、*1997年度大学英語教育学会[JACET]実践賞

・『感動する英語!』 (文藝春秋 2003)

・『挑戦する英語!』 (文藝春秋2005)

・『間違いだらけの英語学習―常識38のウソとマコト』、(小学館 2005) *108頁~118頁が、国立国語研究所『現代日本語書き言葉均衡 コーパス』に採録

・『アナログ教育の復権!あることば訓練の舞台裏 思い出の朗読会』 南山短期大学フラッテン奨学金 (朝日出版社2019)

共著、分担、編著

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『日本人のための異文化コミュニケーション』、(北樹出版 1990)9

『英語音声学と英語教育―島岡丘教授還暦記念論文集』、開隆堂 1992

『英語科教育実践講座第6巻(全18巻) ―スピーチ・コミュニケーションの指導』 (ニチブン株式会社 1992

『日本コミュニケーション学会基本図書第3巻―英語コミュニケーションの理論と実際』、(桐原書店 1993

『日本社会とコミュニケーション』 三省堂 2000

『現代のエスプリ:特集:パフォーマンス』 (志文堂 2001

『職研修総合特集:子どもの対人関係能力を育てる』 (教育開発研究所 2002

『応用言語学事典』(2003年度大学英語教育学会賞学術賞:日本コミュニケーション学会年次大会辞書・事典・データベース部門受賞対象著作)共編著(筆頭:小池生夫)、(研究社 2003)

『歴史に残る大統領の就任演説』 佐藤幸男 田中武人(翻訳) (小学館 2010)

『プロシード英和辞典』  (福武書店 1988)

    教科書等(検定高校教科書)

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Hello, there! Oral Communication A共著 東京書籍

・Hello, there! Oral Communication C 東京書籍

・Go, English! 1、2共著 以上1994~1995 東京書籍

・Hello, there! Oral Communication B共著 (大学教科書) (1995)

・『モデル英作文(Model-based Writing)』 朝日出版    

・編著 『カトリック小説考―グレアム・グリーン、遠藤周作を中心に―』(今川憲次遺稿集)南雲堂

論文

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「オーラル・インタープリテーション―「教養英語」と「実用英語」の接点」、『南山短期大学紀要』第2号(1974)

「オーラル・インタープリテーション(2) ―意味的単位と模倣作文」、『南山短期大学紀要』第3号(1975)

「Oral Interpretation (3) ― Moby Dickの含む問題点、『南山短期大学紀要』第4号 (1976)

・「The SLE Structures for Interpretive Analysis」、日本コミュニケーション学会機関誌『Speech Communication Education』(1987)

・「アメリカの朗読教育」、1987年12月、明治書院『日本語学』12月号 (1987)

・「パフォーミング・アーツからみたコミュニケーション・コンピテンス」、日本コミュニケーション研究者会議『PROCEEDINGS』 (1993)

・INTENTIONAL LANGUAGE INPUT through Oral Interpretation and Mode Conversion、『南山短期大学紀要』27号 (1999)

・グローバル化時代の外国語教育を考える単著、社団法人日本繊維機械学会誌『繊維機械学会誌』第53巻第1号(617号)(2000)

・「文学作品を生きた言葉としてーオーラル・インタープリテーションから変身劇へ」(上)(下)単著、研究社出版「英語青年」1,・2月号(2001)

・「パフォーマンスAB×陰陽同時進行の構造-オーラル・インタープリテーションと変身劇による能力開発―」、2002年12月、国際パフォーマンス学会『パフォーマンス研究〈Journal of Performance Studies: Japan〉』No.9 (2002)

・「戦争とレトリック―インタープリテーションの視点から」、『日本コミュニケーション研究者会議 プロシーディングズ』 (2004)

・「なぜわたしはスピーチ・コミュニケーションを専攻したか」(共同テーマ) 2009年5月、『日本コミュニケーション研究者会議プロシーディングズ』 (2009)

・「コミュニケーション学と演劇」共同、日本コミュニケーション学会『ヒューマンコミュニケーションスタディーズ』 (2009)

・「コミュニケーション的精読=批判的味読指導の素描:君は「神」など見ていない!ただ「紙」をみているだけだ!-「主の祈り」〈The Lord’s Prayer〉から「誰が為に鐘は鳴る」(For Whom the Bell Tolls)の目線の違いと声の大きさの意味すること」、『南山短期大学紀要』36号(創立40周年記念号) (2008)

・「オーラル・インタープリテーションとは何か?何のためにするのか?」 『南山短期大学紀要』第37号(2009)

・「仮想レトリカル・スピーチ訓練」 『南山短期大学紀要』第37号 (2009)

・「ことばの力、ことば以外の力]  リレーコラム コミュニケーションの能力認定委員会 (2012)

・「スピーチ―間断なきコミュニケーション線の中で捉えよ」 リレーコラム コミュニケーションの能力認定委員会 (2013)

・ 「朗読訓練で培うコミュンケーション能力」 リレーコラム コミュニケーションの能力認定委員会 (2014)

・〈巻頭論文〉「声と体を使う意義―“英会話“は幻にして実体ではないこと」特集:声に出して学ぶ英語、2016年10月、三友社出版『新英語教育』10月号 (2016)

・「フルブライトを挟んで―英語と私」The Fulbrighter in Nagoya No.28 (2020)

親族

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 近江誠の教育観を語る上において忘れてはならないのは、特に父方の環境から受け継がれた感覚のルーツである。南山大学名誉教授の今川憲次は、近江一族を覆う力に対して「ミューズの神の祝福」といういい方をしている。[4] 父が近江晃、東京芸大(当時東京美実学校)卒業の工芸家[4][5]。 その母、治子、近江の祖母)は文展(今の日展)の出品作家でその絵が照見皇太后がお買い上げている夭折の閨秀日本画家。治子の祖父、小林古径は徳川時代末期の武州の書道家である[4]。 一方、祖父の近江湖雄三(おうみ こおぞう)は東京・阿佐ヶ谷に医院を構えていた一大の通人で当時よりレコード吹込みなどもしていた産婦人科医師、日本の無痛分娩の創始者。医学最初の患者はドイツ国ミュンヘン大学留学中に知り合った与謝野晶子の五男の健を順天堂大で取り上げている [6][7] 湖雄三の後妻、近江満子は晶子の親友の歌仲間。晶子の『冬柏』は晶子亡き後は近江病院が版元となって、満子の死後は「晶子なく第二の晶子またゆきぬ/誰れつぐべきか斯かる大名」(西島元甫)の追悼歌が詠まれている[8]。満子の子供たちはカトリック修道院長、日本舞踊の家元の妻、そして近江自身の先妻、クラシックバレエの市川せつ子、長女の奈央はドイツのプリマバレリーナ。近江家の根底に流れる「知、情、審美」は一本化して強大なる力になるという姿勢が、近江の教育者、研究者の数々の業績の中に伺うことができる。近江の父親の「絵描きだから彫刻のことは知らないという考えは誤りである」は近江メソッドの根底に流れているのか<読みが得意だから話せないというのは、本当には読めず、話せるが読みは苦手というのも本当には話せてはいない>という多即一、一即多の思考法につながっている[21].。


参考文献・脚注

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1. 近江誠『頭と心と体を使う英語の学び方』 研究社出版

2. 近江誠「フルブライトを挟んで―英語と私」(The Fulbrighter in Nagoya No. 29)

3. ワークショップ「私の授業5」―VTRによる授業公開とディスカッション―、1985年10月、大学英語教育学会第24回年次大会(於:椙山  女学園大学)

4. 今川憲次「ジゼル公演を駕す」市川せつ子バレエ団第24回定期公演プログラム、1981年

5. 近江晃「漆器の発展史」『ふるさと百話』10静岡新聞社、1973年

6. 奥村俊之(北里大学病院)「わが国の無痛分娩第Ⅰ例目は与謝野晶子の分娩?麻酔第60巻10号別冊

7. 平子恭子 年表作家読本『与謝野晶子』 河出書房新社 1995年 

8.香内信子『与謝野晶子 昭和期を中心に』,P.152 ドメス出版 1993年

9. 南山短期大学部データ

10. 近江誠 『オーラル・インタープリテーション入門--英語の深い読みと表現の指導』、大修館書店 1984年、

11. 原岡笙子(書評) 『オーラル・インタープリテーション入門--英語の深い読みと表現の指導—-』、JACET通信53号書評 大学英語教育学会 1994年

12. 近江誠 『英語コミュニケーションの理論と実際―スピーチ学からの提言』、研究社出版、1996年

13. 『現代英語教育』(書評)研究社出版

14. 近江誠 『感動する英語!』文藝春秋

15.近江誠 『挑戦する英語!』、文藝春秋 2005年

16.近江誠 『『間違いだらけの英語学習―常識38のウソとマコト』 2005年 小学館館                              

17.近江誠 『アナログ教育の復権!あることば訓練の舞台裏 思い出の朗読会』 2019年 朝日出版社

18 J.シューベルト神父(南山短期学元学長) 「令和の春を祝う会」来賓挨拶

19. 講義概要参考文献データベース「英語教育:京都外国語大学

20..名村さえ「カリスマ英語教師のマル秘テキスト公開:スピーチ英語で学ぶ近江メソッド」『週刊文春』 平成15年12月18日号

21. 近江メソッドを語る…外山恩さん(葉山教室と宮崎菜摘さん(名古屋教室) 

22. 鈴木基伸近江先生にきく」(インタビュー記事)(「近江アカデミ ー」HP)

23. 近江Blog 03 「コミュニケーションよもやま」コミュニケーション批評 

24. 近江アカデミーH.P.   


外部リンク

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・「フルブライトを挟んでー英語と私」 The Fulbrighter in Nagoya No.29 ISSN 2188-0638

・近江アカデミ-YouTube近江誠先生の英語コミュニケーション教育講座シリーズ

・Blog 01 音読・レシテーション・スピーチ指導

Blog 02 英語教員スピーチ・コミュニケーション講座

Blog 03 コミュニケーションよもやま

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