利用者:下北ソフィア/下書き2
儒学の官学化(じゅがくのかんがくか)とは、儒学が前近代の中国で国家の正統な学問に位置づけられたこと。儒教の国教化(じゅきょうのこっきょうか)ともいわれる。前漢の武帝の治世に董仲舒の献言により達成されたとする見解が定説であったが、20世紀中盤以降、日本の中国史学者が定説を否定する論考を多く出している。
董仲舒の献言
[編集]定説の根拠となっていたのが、『漢書』董仲舒伝に見られる董仲舒の建言、いわゆる「天人三策」である。
<天人三策の内容>
武帝期以前の前漢では法家や道家の活動が活発であり、皇室にもこの両家の思想を信奉する者がいるほどであった[1]。しかし、董仲舒の建言を受けた武帝が、儒家以外の諸思想を排して五経博士を設置したことによって、儒家思想の優位を確定させたとされる。
研究史
[編集]平井正士と福井重雅の問題提起
[編集]この定説に対して、1940年代から1960年代にかけて、平井正士や福井重雅が異議を唱えた。両者は『漢書』に記載されている董仲舒の建言の中に疑問点や矛盾点が多数見出されることを指摘し、更に福井は、五経博士の設置が『史記』にはなく『漢書』のみに記載されている点も指摘した[2]。
平井と福井はこれ以降も自説を補強する論考を発表している。平井は、釈古的な解釈で『漢書』を分析したほか、公卿層の中の儒家官僚の割合を調査した。これによると、武帝期の儒家官僚の割合は1.9%と低かったのに対し、元帝期には26.7%まで上昇している[3]。
一方で福井は、「儒教の国教化」を宣帝と元帝の間の時期であるとした上で[4]、疑古的に『漢書』を追及し、「五経」という語句が用いられはじめたのが前漢末期であり、それ以前は「六経」、「六芸」という語句が用いられていたことなど[5]、『漢書』の記述の信憑性の低さを指摘した。その原因については、編者の班固が漢堯後説、漢火徳説、『春秋左氏伝』、図讖を信奉していた点に求めている[6]。
時期をめぐる諸説
[編集]元帝期説
[編集]平井正士と福井重雅 「五経」という用語、博士官制度の定着がともに宣帝期以降である。 儒家官僚が王朝内に浸潤した。
王莽期説
[編集]西嶋定生 「国教化」は儒家的な祭祀への改革と「皇帝」の儒家教説への取り込みの実施により完成する。双方が達成されたのは王莽の時期である[7]。
光武帝期説
[編集]板野長八[8] 「国教化」は儒教が皇帝自身までもを拘束することで達成されるものである。董仲舒の対策は民衆統治のためのものであり皇帝を縛るものではない。儒教的な図讖に従い即位・政策実施が行われ、図讖を宣布した光武帝期が国教化の時期といえる。
章帝期説
[編集]渡邉義浩[9] 以下の4指標を満たすことで「儒教国家」が成立する。
- 思想内容としての体制儒教の成立
- 制度的な儒教一尊体制の確立
- 儒教の中央・地方の官僚層への浸透と受容
- 儒教的支配の成立
章帝期の白虎観会議によってすべての指標が満たされ、「儒教国家」が成立した。
脚注
[編集]- ^ 例えば、武帝の祖母の竇太后は道家の黄老思想を好んでおり、彼女の晩年にあたる武帝期初期には趙綰、王臧、竇嬰、田蚡といった儒家官僚を排斥している。(『史記』魏其武安侯列伝)
- ^ 『漢代儒教の史的研究 : 儒教の官学化をめぐる定説の再検討』汲古書院、2005年3月1日、28-33頁。ISBN 978-4762925597。
- ^ 『漢代儒教の史的研究 : 儒教の官学化をめぐる定説の再検討』汲古書院、2005年3月1日、106頁。ISBN 978-4762925597。
- ^ 『漢代儒教の史的研究 : 儒教の官学化をめぐる定説の再検討』汲古書院、2005年3月1日、49-53頁。ISBN 978-4762925597。
- ^ 『漢代儒教の史的研究 : 儒教の官学化をめぐる定説の再検討』汲古書院、2005年3月1日、160-170頁。ISBN 978-4762925597。
- ^ 『漢代儒教の史的研究 : 儒教の官学化をめぐる定説の再検討』汲古書院、2005年3月1日、424頁。ISBN 978-4762925597。
- ^ 西嶋定生『秦漢帝国 中国古代帝国の興亡』講談社 1997年 392頁
- ^ 福井重雅 42頁
- ^ 渡邉義浩 126頁
参考文献
[編集]- 板野長八『儒教成立史の研究』岩波書店 1995年
- 佐川修『春秋学論考』東方書店 1983年
- 鄧紅「日本における儒教国教化論争について―福井再検討を中心に」(『北九州市立大学国際論集』第12号 103-126頁 北九州市立大学国際教育交流センター 2014年)
- 鄧紅「日本における儒教国教化論争について(二)―「儒教国家論」批判―」(『北九州市立大学国際論集』第13号 55-80頁 北九州市立大学国際教育交流センター 2015年)
- 西嶋定生『秦漢帝国 中国古代帝国の興亡』講談社 1997年
- 平井正士「漢代に於ける儒家官僚の公卿層への浸潤」『歴史における民衆と文化』国書刊行会 1982年
- 平井正士「漢代儒学国教化の定説の再検討」『杏林大学医学部教養課程研究報告』4 杏林大学医学部教養課程1976年
- 福井重雅『漢代儒教の史的研究―儒教の官学化をめぐる定説の再検討』汲古書院 2005年
- 渡邉義浩『王莽―改革者の孤独』大修館書店 2012年
- 渡邉義浩『後漢国家の支配と儒教』雄山閣出版1995年
- 渡邉義浩『儒教と中国』講談社 2010年
- 渡邉義浩編『両漢の儒教と政治権力』汲古書院 2005年