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北桔橋門 | |
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基本情報 | |
国 | 日本 |
所在地 | 東京都千代田区千代田1-1 |
構造諸元 | |
全長 | 約6m |
関連項目 | |
橋の一覧 - 各国の橋 - 橋の形式 |
北桔橋門(きたはねばしもん)は、天守北側と北の丸方面をつなぐ城門。
概要
[編集]天皇の宮殿、住居である皇居に位置する城門のひとつ。橋は約6メートルの土橋と木橋から成る。 日頃は木橋を跳ね上げていたが、有事の際には外部に逃げたり、交通を遮断出来るように出来ている。 高麗門の冠木には4つの吊るし金具がついていて、そこから滑車を吊るして跳ね上げる仕組み。 北の丸と本丸を直接つなぐことから、北の丸に居を構える御三卿の当主や将軍の出入りに使われたといわれている。 現在は、皇居東御苑へは大手門、平川門と同様に、北桔橋門からも出入りができる。
歴史
[編集]復元
[編集]北桔橋門は本来岩岐多聞と渡櫓門、乾二重櫓に囲まれた升形門だったが、現在は高麗門だけが復元されている。
給水所としての橋
[編集]北桔橋門から汲み上げられた水は、飲用水ではなく庭園用水が主な目的であったとされる。古写真には水道の桶が映っており、本丸内の給水所であった。
水源
[編集]万治2年時の絵図によれば、水は天守台の東と南をまわりこんで東西2本に分岐。東は大奥の池泉、御殿東の通路、御書院門を下って中之門に至り、西は奥の泉水から本丸御殿の床下をくぐって富士見櫓近くで蓮池濠に放出される。門を正面からみて左が平川濠、右が乾濠と分類。平川濠の水位は低く乾濠は高く、水戸違いになっている。
石垣
[編集]平川濠・乾濠に面した本丸北側の高石垣は、東の梅林二重櫓台から西の西桔橋まで、出角六・入角七が連続する屏風折れで、延長約550メートル。 この高石垣は1614(慶長19)年の第2次天下普請の際に、西国大名のすべてが動員されて築いたもの。 平川濠に面する北桔橋門東側の石垣は、高さ約21メートル。松平定行や立花宗茂をはじめとした、刻印石も多い。 北桔橋門の両側は高い石垣の上に築地塀(ついじべい)となっている。この石垣と往時には平川濠側に五十三間多聞という長大な多聞を配し、深い濠で本丸の背後からの攻撃を守った。