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利用者‐会話:胡馬

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sandboxのカテゴリについて

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利用者:胡馬/sandboxについてですが、sandboxでもカテゴリを使用されますとCategory:3世紀中国の人物のように、当該ページがカテゴリに掲出されてしまいます。sandboxではカテゴリは除去するようにお願い申し上げます。--鳴海会話2024年1月31日 (水) 08:40 (UTC)[返信]

鳴海さん、はじめまして。
ご指摘ありがとうございます。ただいま該当部分を削除しました。
この度はたいへんご迷惑をおかけいたしました。--胡馬会話2024年1月31日 (水) 11:06 (UTC)[返信]

龐柔のカテゴリについて

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まず前提として、あまりこだわりません。こだわりはないのですが、個人的には龐柔の存在が龐徳にとって疑心を招き、また関羽に言及されている時点で、「漢中にいる」というのは一般人ではなく劉備に仕えていたことを意味するのではないかと。わざわざ上位カテゴリのCategory:後漢献帝期の人物を付すよりかは、Category:劉備軍の人物でいいんじゃないかなと思います。と思って加筆ついでに一度カテゴリを付し直しましたが、あくまで反対ということであれば"献帝期"にして頂いても構いません。--鳴海会話2024年3月28日 (木) 19:33 (UTC)[返信]

私が上位カテゴリのCategory:後漢献帝期の人物を付したのは、龐柔が劉備に仕えているか否かを妥当に判断しうる要素が少なすぎると自分には感じられたため、無理に断定して誤った(今件はそこまで深刻ではないにせよ)記述を載せるよりかは、断定を避けてそういった誤謬を犯す可能性を減らすべきではないかと考えたことに起因します。とはいえ、こちらもまた特に強いこだわりがあるわけではなく、また鳴海さんが提示された推論も道理があると思います。よって、Category:劉備軍の人物に分類しなおすことに異議はありません。今回の件も含め、カテゴリ関連で何度も不備を発生させてしまい、すみませんでした。--胡馬会話2024年3月29日 (金) 20:49 (UTC)[返信]
あ、いえいえ、今回の件は不備だとは思っていません。そもそもこのカテゴリ界隈は明確な正解がない(名目上の主君は献帝なので、劉備軍にせよ曹操軍にせよ定義はない)ことだと思いますし。それより昨今少なくなっているこの界隈に編集者がいらっしゃることを嬉しく思ってますので。今後ともご指導ご鞭撻のほど、宜しくお願いいたします。--鳴海会話2024年3月30日 (土) 00:16 (UTC)[返信]
ありがとうございます。もとより中国古典や史料読解に関しては全くの素人であるため、こちらこそよろしくお願い申し上げます。--胡馬会話2024年3月31日 (日) 10:57 (UTC)[返信]

五虎大将軍について

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胡馬さんこんばんは。先日はメッセージありがとうございました。別伝のページは趙雲のページだけに書いてあるのが勿体ないぐらいに凄く充実した内容になって良かったなと思いました。まだ関連書物を読めていませんが、お忙しい中、ありがとうございました。

今日は五虎大将軍についてなのですが、五虎大将軍って架空の名将なのに、正史がどうのとか、それぞれの官職の変化の記述って必要なのかなと以前から疑問に思っていました。どうせなら演義の五虎大将軍にまつわる話だけでいいのでは、と思っています(正史との混同を避けるために正史云々書いているのかもしれませんが…)自由に書けばいいじゃないかと言われそうですが、胡馬さんの意見を是非聴いてみたいと思い今回メッセージを送らせていただきました。宜しくお願い致します。--Npzqkbzk会話2024年6月22日 (土) 08:44 (UTC)[返信]

Npzqkbzkさん、こんばんは。別伝の件ではいろいろとお世話になりました。正直、周囲の記述と比べると浮いていると自分でも思ったのですが、別伝という史料に対する理解の助けになれていたなら良かったです。五虎将に関する資料に多少目を通してから返事をしようと思っていたのですが、読んで情報を整理する余裕ができず、結果的に遅くなってしまいました。わざわざ意見を聞いてくださったのに、妙に時間が空いた返事になってしまって申し訳ないです。しかも時間がかかった割には大した返答にもなっていないので、重ねて謝らせてください。
肝心の五虎将についてですが、自分が目を通した論文に限った範囲では、文学(物語論もあり)の観点から論じられていました。「演義(物語)」なので当然といえば当然ですけれども。個人的に面白いと思ったのだと、関張趙馬黄にはそれぞれ「忠義・無鉄砲・英雄・家柄・弓の名手」という役割分担があり、『水滸伝』の五虎将もそれに対応しているだとか(wikiだと『水滸伝』は独立した節になってますけど)、五虎将という存在は「曹魏や孫呉に勝るとも劣らない、蜀漢の有する強大な軍事力」という演出のためだとかいった分析がありました。あといわゆる「演義とは違って史実では〜」的言説はほぼ皆無でした(演義と史実の混同に対する歴史学側からの苦言は少し見かけました)。
五虎将はあくまで「史書の記述をもとにして創作された架空の称号」でしかないので、史実をそこまで大々的に持ち出す必要性はあまり大きくないというのが私の印象です。むしろ演義を中心にした記述のほうがより適当だと思います。過去の自分が五虎大将軍のページに「群雄との関わりを書く意味がわからない」みたいなコメントをしていますが、今見ると役職の変遷も特にいらないですね。とはいえ素人の一見解にすぎないので、あしからず。
お詫びというわけでもないですが、林盈翔「論臺灣趙雲信仰的經、史、文底蘊」(2022)という、趙雲の人物像に関する論文(オープンアクセスです)があったので、勝手ながら紹介させてください。題名に「台湾」とありますが、台湾と中国両方の研究を取りあげているので範囲の狭い論ではなかったです。また否定的ではありますが別伝の話もしてました。長めの論文なので、気になる部分を拾い読みするだけでも問題ないと思います。私自身そうしたので。以上、ずいぶん長文になってしまいましたが、どうぞお納めください。--胡馬会話2024年6月30日 (日) 12:53 (UTC)[返信]
胡馬さんこんばんは。お忙しい中、返信ありがとうございました。私も返信が遅いことがありますので、お気になさらないでください。お気遣いありがとうございます。先程リンク先の論文を読ませていただきました。最近AI翻訳を使い始めたのですが、そのお蔭で(完璧に翻訳できる訳ではないですが)すぐ全文に目を通すことができました。実は丁度台湾の西海岸側に集中している趙雲廟などの宗教施設を調べようとしていた所でした。中国での民間伝承などをいくつか調べていると、大体が演義の内容から誕生した伝承で、信仰も同じように正史と演義が融合して形成されていっているみたいなので、本当に興味深く面白いなと思いました。教えてくださって本当にありがとうございました!
五虎将についていろいろと調べてくださったみたいで、重ねてお礼申し上げます。私は水滸伝はまったく知らないのですが、張飛をモデルにした人物は、当初は張飛のようなビジュアル設定だったのが、趙雲的な性格を付与されてからビジュアルが美形になったという話は聞いたことがあります(笑)。五虎将の役割分担、面白いですね。趙雲に青釭剣を持たせたのはそういった役割分担からなのかと考えると納得できますね。演義でも正史のように五人が揃って戦う場面がなかったのは残念に思います。馬超は正史よりも寿命が延びていますが、それを生かしてもっと活躍する場面があれば面白かったんですけどね。
群雄との関わりや役職の変遷は私もやっぱりあまり必要を感じないですね。正史では人間関係がギスギスしていたような感じを書くと、なんだか夢のない称号だなと思いますし(笑)。五虎将について調べていた時に、中華民国空軍五虎将の一人とされた人物(劉粋剛)を知ったのですが、こういった話なんかも五虎将のページにあったら面白いのかな、とかちょっと思いました。(ミリタリー系はまったく詳しくないですが)胡馬さんのご意見を参考にして、時間がある時に編集できたらいいなと思います。
今回も長文失礼いたしました。またお話できる機会があればうれしいです。それでは失礼いたします。ありがとうございました。--Npzqkbzk会話2024年6月30日 (日) 14:59 (UTC)[返信]