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姉川氏
家紋
並び鷹の羽ならびたかのは
家祖 菊池武安
種別 武家
主な根拠地 肥前国神崎郡
著名な人物 姉川友安
姉川惟安
姉川信安
姉川房安
凡例 / Category:日本の氏族

姉川氏(あねがわ し)は、肥後国菊池郡を治めた菊池氏の庶家で肥前国神埼郡を本拠地としていた一族である。

概要

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姉川氏[1]は、正平15・延文5年(1360年)神埼郡姉川に姉川城を築城した菊池武安の後裔という。

永享6年(1434年)、横岳頼房が少弐氏再興のため東肥前の国人[2]に挙兵を求めた。姉川友安は挙兵に参加した後、少弐家臣となった。

姉川惟安は天正14年(1545年)、東肥前十九城主の一人して、水ヶ江龍造寺家と戦う。少弐氏滅亡後、竜造寺隆信に降伏する。元亀元年(1570年)の今山の戦いの際には、大友軍に寝返ったが、後に龍造寺に従った。









脚注

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  1. ^ 『姓氏家系大辞典』より肥前国神埼郡姉川より起る、此地方の名族にして南北朝の頃活動す。
  2. ^ 『北肥戦記』によると、頼房は永享5年の冬に東肥前に潜伏していた。翌、永享6年(1434年)正月に高木胤秋、千葉胤鎮、龍造寺家季、於保宗親、小田貞光、馬場資幸、江上常種、姉川友安らと、一族の宗、出雲、筑紫、朝日などと一味同心した。

出典

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  • 『北肥戦記』(九州治乱記)
  • 佐賀県教育委員会『佐賀県の中近世城館 第2集 各説編 1 (三養基・神埼・佐賀地区) 』佐賀県教育委員会、2013年3月、16~20頁。
  • 渡辺文吉『武藤少弐興亡史』 海鳥社、1989年、171~173頁。