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冷泉為久

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 
冷泉為久
冷泉為久肖像(高槻重起画)
時代 江戸時代中期
生誕 貞享3年1月11日1686年2月3日
死没 寛保元年8月29日1741年10月8日
官位 正二位権大納言
主君 中御門天皇桜町天皇
氏族 上冷泉家
父母 父:冷泉為綱
兄弟 為久日野光茂柳原光綱
正室:寂恩の娘[1]
為村
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冷泉 為久(れいぜい ためひさ)は、江戸時代中期の公卿歌人上冷泉家14代当主。

経歴

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貞享3年(1686年)、冷泉為綱の子として誕生。

官位正二位権大納言享保14年閏9月19日(1729年11月9日)民部卿に任じられる。また、武家伝奏享保19年(1734年)11月22日 - 寛保元年(1741年)8月29日)も務めた。

寛保元年(1741年)、薨去。家督は子・為村が継いだ。

系譜

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  • 父:冷泉為綱
  • 母:不詳
  • 正室:寂恩の娘
  • 生母不明の子女

脚注

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  1. ^ 本願寺。